◎資本主義はなぜ民主主義を捨てるのか――権威主義への静かな変異◎
社会学者・哲学者である大澤真幸氏は、現代の資本主義が直面している危機と、それがなぜ「権威主義(オーソリタリアニズム)」へと傾斜してしまうのかについて、非常に鋭い洞察を行っている。
大澤氏の議論の核心は、「資本主義の究極的な限界」と「人々の不安」の相関関係にある。
1. 「外部」の消失と資本主義の暴走
資本主義は本来、常に新しい市場や資源といった「外部」を食いつぶすことで成長してきました。しかし、グローバル化が極限まで進んだ結果、もはや地理的な「外部」が存在しなくなった。
・フロンティアの消滅: 投資先や成長の余地がなくなると、資本主義は自分自身のシステムを維持するために、労働者の権利や福祉、環境といった「内部」を削り取り始める。
・過剰な流動性: あらゆるものが商品化され、伝統的な共同体や価値観が解体されることで、人々は強い不安定感(アノミー)にさらされる。
2. 「大きな物語」の不在と自由の重荷
大澤氏は、近代社会において人々を導いていた「進歩」や「民主主義の勝利」といった大きな物語が機能を失ったと指摘。
・自由の逆説: 人々はかつてないほど「自由」になったが、それは同時に「すべてを自分の責任で選ばなければならない」という過酷な自己責任論を意味する。
・実存的な不安: 羅針盤を失った人々は、この耐えがたい自由と不安から逃れるために、強力な指導者や、明確な敵味方を分けてくれる「権威」を無意識に求めるようになる。
3. 「決定」への渇望と権威主義
資本主義が高度化・複雑化しすぎると、民主的な手続き(議論や合意形成)には膨大な時間がかかり、問題解決が追いつかなくなる。
・スピード感への誘惑: まどろっこしい民主主義よりも、トップダウンで物事を決めてくれる権威主義的な体制の方が、資本主義の要請に応えやすいという「効率性の罠」が生じる。
・「例外状態」の常態化: 経済危機やパンデミックなどの緊急事態において、法や権利を一時停止して「決断」するリーダーを、民衆が熱狂的に支持してしまう危うさ(ポピュリズムとの結合)を大澤氏は警告している。
4. 資本主義と民主主義の「離婚」
かつて、資本主義と民主主義はセット(自由民主主義)であると考えられてきた。しかし、大澤氏は現在の状況を、「資本主義が民主主義を必要としなくなった状態」と見ている。
「資本主義を最も効率的に回せるのは、実は民主主義国家ではなく、中国のような強権的な体制ではないか?」という問いが現実味を帯びている。
これが、「資本主義の脆弱性(=権威主義への転換しやすさ)」の正体である。
・『この世界の問い方』

(朝日新聞出版 最新刊行物:新書:この世界の問い方)
この世界の問い方
■目次構成
はじめに_資本主義はなぜ民主主義を捨てるのか
第1回 双子の離別:資本主義が自由を捨てるとき
第2回 星条旗の亀裂:トランプが仕掛ける政治革命
第3回 自由の衰退:フリーダムハウスが鳴らす警鐘
第4回 資本主義の脆弱性(=権威主義への転換しやすさ)」の正体
第5回 民主主義の死に方:合法的に殺されるシステム
第6回 2025年の悪夢:民主主義のハッキング
第7回 ベネズエラの激震:2026年1月、侵攻の真実
おわりに_資本主義はなぜ民主主義を捨てるのか






