おわりに_資本主義はなぜ民主主義を捨てるのか

◎資本主義はなぜ民主主義を捨てるのか――権威主義への静かな変異◎

おわりに

民主主義がいかに脆いか。資本主義がいかに冷酷に「自由」を切り捨てうるか。

2026年現在、世界を覆っているのは、議論を無駄と断じ、強権的な決断に喝采を送る「効率性という名の狂気」に他ならない。かつて自明であった「法の支配」や「個人の尊厳」は、いまや瓦礫の中に埋もれ、制度は内側からハッキングされ続けている。

しかし、この凄惨な現実を直視し、深い絶望を感じること自体が、我々が持ちうる最後にして最大の「希望」の種となる。大澤真幸が説くように、自由が失われゆく「痛み」を自覚できるのは、我々がまだ自由の真価を、その手触りを知っているからである。

本当の絶望とは、自由が奪われていることにすら気づかず、システムに飼い慣らされることにある。効率性や即断即決の誘惑に抗い、あえて「まどろっこしい対話」を選び、見返りのない「他者への信頼」を捨てないこと。その一見無力に見える倫理的な決断こそが、権威主義という冷淡な回路に対する決定的な「バグ」となり、システムを内側から揺り動かす楔となるのだろう。

 

ふたつの資本主義

◎資本主義はなぜ民主主義を捨てるのか――権威主義への静かな変異◎

■目次構成

はじめに_資本主義はなぜ民主主義を捨てるのか
第1回 双子の離別:資本主義が自由を捨てるとき
第2回 星条旗の亀裂:トランプが仕掛ける政治革命
第3回 自由の衰退:フリーダムハウスが鳴らす警鐘
第4回 資本主義の脆弱性(=権威主義への転換しやすさ)」の正体
第5回 民主主義の死に方:合法的に殺されるシステム
第6回 2025年の悪夢:民主主義のハッキング
第7回 ベネズエラの激震:2026年1月、侵攻の真実
おわりに_資本主義はなぜ民主主義を捨てるのか