■風邪が三番目の対応法になるかも 新型コロナに対して

世界の人々が新型コロナについて感染を防ぐ方法に関心を持っています。しかし新型コロナは「新型」ゆえわかっていないことが多く厄介なのです。まるで忍者のよう。ところが最近になって、免疫応答(免疫獲得プロセス)に関するあたらしい知見がアメリカとドイツから発表され、研究者の間に希望と安心感が生まれています。


・アメリカ・ラホヤ免疫学研究所からの論文について
Targets of T Cell Responses to SARS-CoV-2 Coronavirus in Humans with COVID-19 Disease and Unexposed Individuals: Cell https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(20)30610-3
・ドイツ・シャリテ医科大学からの論文について
T cells found in COVID-19 patients ‘bode well’ for long-term immunity | Science | AAAS https://www.sciencemag.org/news/2020/05/t-cells-found-covid-19-patients-bode-well-long-term-immunity


簡単に言うと、過去にかかった「風邪」が新型コロナに対する免疫力を保証してくれるかもしれない、というのです。これは新型コロナに対して風邪が三番目の対応法になる可能性を示唆しています。それもふたつの意味で。

 

1.そもそも新型コロナとは 7番目のウイルス

新型コロナは恐ろしい病気です。「新型」ゆえ、特効薬もありませんし治療法が確立してもいません。そのため病気になりそれが重症化すると、死に至る可能性があります。私が死ぬかもしれない、そういう恐ろしい病気が新型コロナです。

他方病気への対応法には治療を施すという、他力的な方法以外に、自力(地力)で直す、つまり私たちの身体が持っている免疫力(メカニズム)があります。ただしここでも「新型」ゆえ、免疫力で直せる可能性は低い。とつい最近まで想定されていました。

まず「そもそも新型コロナとは」、そして「免疫力」とは、と順を追って考えてみましょう。

新型コロナウイルス感染症というのは、正式には「COVID-19(コビッド・ナインティーン)」という名称で、これは病気の名前です。ウイルスの名前ではありません。

感染症には細菌性のものとウイルス性のものとがあり、新型コロナのウイルスの名前は「SARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2)」です。SARSを起こすコロナウイルス(SARS-CoV)によく似ていたことから命名されました。コロナウイルスの中で7番目に見つかった、人に感染するウイルスになります。

コロナウイルスというのは、いわゆる風邪(普通の流行性感冒=上気道の急性の炎症)を起こすウイルスのひとつです。風邪を引き起こすウイルスには他に、ライノウイルスなどたくさんあります。ウイルス以外の原因による風邪もあります。

他方コロナウイルスにはこれまで6つの種類がありましたが、そのうちの4種類が普通の流行性感冒(風邪)の主な原因になります。風邪のうち10%~35%はコロナが引き起こしていています。

この4種類とは別に2種類、「重症急性呼吸器症候群(SARS)」、「中東呼吸器症候群(MERS)」がありました。コロナウイルスの中で7番目に見つかったのが新型コロナのウイルスです。

 

2.そもそもウイルスとは

感染症の病原体には細菌とウイルスとがあります。細菌は生物の一種ですが、ウイルスは生き物ではありません。細菌は生物なので、遺伝子複製機能とタンパク合成機能を持っています。しかしウイルスはそれを欠いた、単なる感染性を有する粒子に過ぎません(もっとも21世紀に入り、この複製・合成機能を生物の基本とみなす生物観そのものがウイルスの側からひっくり返される、ということが起きていますが、それはまた別の機会に)。ウイルスは宿主であるヒトの細胞内に侵入し、その細胞の働きを利用しない限り数を増やすことができません。ヒトの細胞に侵入しなければ何もできない物質に過ぎない(と、ひとまずここでは定義)のです。

・ウイルスは自分の遺伝子、それを保護するタンパク膜、宿主の細胞に付着するためのタンパク分子のみで構成される

(新型コロナウイルスと免疫の重要性 https://www.jrj.co.jp/about/covid-19/)

ではどうやって病気を感染させるのか。

感染の成立:ウイルス粒子が私たちヒトの細胞内に侵入するにはまず細胞の表面に付着する必要があります。コロナウイルスの場合、そのためのスパイクという突起物を備えています。スパイクによって細胞表面に付着したウイルス粒子は細胞のなかに取り込まれ、感染が成立します。

感染の広がり:ヒトの細胞内に侵入したウイルス粒子はヒト細胞の遺伝子複製機能を利用して自分自身の遺伝子をコピーします。さらにヒト細胞のタンパク合成機能を利用し膜タンパクを合成し、それらを組み合わせて多数の新しいウイルス粒子をヒト細胞の内部で作り、増殖します。それらが私たちの細胞をけ破って細胞外に出ます。そしてそれぞれがまた新しい細胞に侵入して同じように細胞内でウイルス粒子を増やしていくことになります。

・ウイルスは宿主の細胞内に入り込み、宿主細胞の遺伝子を利用して自分の遺伝子をコピーし、必要なタンパクを宿主の細胞に作らせることで多数のウイルス粒子を宿主の細胞内で合成する。

(新型コロナウイルスと免疫の重要性 https://www.jrj.co.jp/about/covid-19/)

 

3.実は免疫力(メカニズム)に二通りがあります

病気を治すのは、特効薬か確立された治療法、あるいは自身の免疫力(メカニズム)です。免疫とは病気から免除されているという状態を指し、私たちの免疫力(メカニズム)は、過去に闘ったことのある病原体に対して、生体防御反応を見せて病気に対処します。つまり免疫力(メカニズム)は過去の記憶を頼りに発動されます。

この過去の記憶に二種類があり、そこから免疫メカニズムがふたつに分類されます。すなわち、

自然免疫:先天的に持っている抵抗力。病原体の侵入に対し速やかに生体防御する。
獲得免疫:後天的に獲得される抵抗力。体外からの病原体に感染して初めて、病原体を攻撃する抗体や特殊なリンパ球が産生される。

「過去の記憶を頼りに」とは、病原体共通の構造パターンを認識する物質が細胞表面上にあり、病原体の感染により、いち早くこの物質が病原体を認識して、攻撃する物質(サイトカイン)を細胞から分泌させる機構が人間に備わっているからです。

ここで獲得免疫が「抗体」とリンクしていて、自然免疫は「抗体」と関係がないことを確認しましょう。

 

4.抗体検査と二通りの免疫力(メカニズム)

さあ、ここからが話の核心です。

日本で厚労省が6月16日、日本での新型コロナウイルスの抗体保有率を発表しました。

東京都で0.10%、大阪府で0.16%、宮城県で0.03%

他にソフトバンクが調べた社員らの抗体保有率は0.43%、その前に東京都が独自に調査した結果も0.6%。海外と比べ異様に低かったのです。

ちなみに世界の抗体保有率は

アメリカ・ニューヨーク州が20.0%、
スウェーデン・ストックホルムで7.3%、
イギリス・ロンドンで17.0%、
ロシア・モスクワで12.5%

(コロナ抗体保有率、東京0・1%、大阪0・17%…第2波に向け危険な数値 https://news.yahoo.co.jp/articles/955d9ee7dde6b123cd69a4a8cb420124670b36b3

しかしこの非対称性はどうしてもおかしい。海外では強制的な外出禁止であり、対して日本は強制力のない外出自粛なのであって、結果、人の動きは海外の方がドラスティックに変化、減少している。日本ではもっと感染が拡大していてもよさそうなのに、という反応が専門家の間で一般的でした。

・人出の縮減率(東京・大阪と海外との比較:米グーグルデータより)

(経済チャートで見る 新型コロナショック:日本経済新聞 https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/coronavirus-economy/#sectionMobility

新型コロナの感染者数と死者数について、日本と欧米、さらにアジア諸国と欧米の間に大きな乖離があることはかねてより、「日本の謎」「アジアの謎」として指摘され、京都大学山中教授も「ファクターX」の存在を指摘されています。

ここで抗体検査の結果から二通りの免疫力(メカニズム)へ補助線をひきます。

具体的には風邪の話しです。

人類の歴史の中でヒトと風邪の付き合いは長く、風邪は自然免疫で対処されます。つまりそこで「抗体」は作られません。

ここで大胆な仮説を立てます。新型コロナのウイルスが、風邪のウイルスと構造がよく似ていて、人の免疫力(メカニズム)上、新型コロナがやって来たら、それと認識できる能力をすでに私たちが持っているとしたらどうでしょう。新型コロナは「自然免疫」で処理され、「抗体」はできないことになります。

しかも風邪のウイルスや新型コロナには土着性、地域性がある可能性が指摘されています。

思い出してください。

コロナウイルスにはこれまで6つの種類がありましたが、そのうちの4種類が普通の流行性感冒(風邪)の主な原因になります。風邪のうち10%~35%はコロナが引き起こしていています。

つまり欧米の風邪と日本の風邪の、ウイルスの分布に違いがあり、アジアで風邪を引き起こすウイルスは新型コロナのウイルスと近い構造をしていて、欧米がそうでないとしたら。

あるいは日本や東南アジアでは、新型コロナのウイルスも認識できるような構造の風邪のコロナウイルスの流行が過去にあって、欧米や南米では、そうしたコロナウイルスの流行が無かったのだとしたら。

感染症のアカデミックな世界で、こうした似たものを認識する現象を「交差反応」と呼んでいます。つまりヒトの身体が保有する免疫機能は「過去の記憶を頼りに」、病原体共通の構造パターンを認識しますが、よりメタな認識ができるため、別種ではあるが似たものを同定し、免疫を作ってしまう、というわけです。

そしてこの一見おとぎ話のようなことが、決して「大胆な仮説」ではないことを証明する研究結果、論文が出てきたのです。

 

5.二つの論文

アメリカ・ラホヤ免疫学研究所では、過去にさかのぼった検体対象から「交差反応」を確認しました。風邪と新型コロナとの間に、です。

新型コロナのパンデミックが始まる前に集めていた、風邪の病原体であったコロナウイルスに感染した11人の血液サンプルを調べました。そうするとその半分(40~60%)から、今年の新型コロナのウイルスを防ぐ免疫作用を持つ「T細胞(免疫システムの中心的な存在)」が検出されたのです。

ドイツ・シャリテ医科大学は現在の検体対象から「交差反応」を確認しました。

新型コロナに感染していない68人を調べたところ、34%から新型コロナに関連する免疫にかかわる「T細胞(免疫システムの中心的な存在)」が見つかった、というのです。

新型コロナは、

A:感染者の8割は無症状~軽度の上気道炎症状で終始し、1週間程度で治癒する感染症であるが、
B:2割において重症化が起こり、うち5%の人が死亡する
C:その重症化は宿主免疫の暴発(サイトカインストーム)であり、その原因は未だ解明されていない

このうちAの現象に多くの医療従事者、研究者が戸惑っていました。が、ふたつの研究により、風邪のウイルスに感染してできた免疫が新型コロナウイルスにも交差的に反応することが、その理由のひとつである可能性が示唆されたと言えます。

つまり、風邪の場合人により家で安静にし3,4日のうちに病状を回復させ普段の生活に戻ります。自己の免疫力で生体防御反応を見せて病気に対処したわけですが、新型コロナでもAの8割の中に、「交差免疫」で似た回復経路をたどる人がいる可能性があるということです。

またSARSを起こすコロナウイルス(SARS-CoV)によく似ていたことから新型コロナのウイルスに「SARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2)」と命名しました。そこでSARSから対処法を研究するアプローチが行われています。ところがこの研究からはなかなか確たる成果が出ていませんでした。獲得免疫応答(免疫獲得プロセス)がよくわからず、このままではワクチンができないのではないかと悲観する向きさえありました。

が、このふたつの論文から、研究者の間に希望と安心感が生まれているのだそうです。

 

6.まとめ

これまで、新型コロナの終息には、ふたつの道しかないと言われてきました。すなわち

・ワクチンが開発される
・6割程度の集団免疫が獲得される

ここに、「風邪のウイルスに感染してできた免疫が新型コロナウイルスにも交差的に反応する」道が三番目に現れました。

あるいは、世界の人々が新型コロナについて感染を防ぐ方法に関心を持っています。今のところ、

・手指衛生(自己防衛)と
・social distancing(集団防衛)

のふたつが重要でした。

ここに、「(アジアに固有な)風邪のウイルスに感染して自力で直すこと」が三番目の方法として浮上する、ということなのかもしれません。

そして最後に、日本での新型コロナウイルスの抗体保有率の低さも、「抗体」ができない「自然免疫」ゆえの現象なのかもしれないのです。

つまり、アジアの謎や日本の謎は、「なぜアジア(日本)で感染者数や死者数がすくないのだろう」と疑問を持っていたわけですが、それはPCR検査や抗体検査で計測した「感染者数」と「感染後の死者数」が前提です。

そしてこれらの数値を追いかける目的は、感染状況を把握すると同時に、集団免疫の獲得状況も知りたいという点にもありました。

ここで風邪による「交差免疫」から産生する、新型コロナの免疫獲得がある程度の確度で推測可能なのだとすると、アジアや日本は、新型コロナに対しある程度の集団免疫獲得があらかじめなされていた(自然免疫の「過去の記憶」)がゆえに、死者数が少ないのだと言えるのかもしれません。まだまだ検証すべき点が多い研究成果、論文の内容ではあるでしょうが(例:サンプル数が圧倒的に少ない)、希望が持てる報告ではあります。

・人口1百万人あたり感染者数/死者数 国別 2020年6月20日更新)

(新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の最新情報まとめ:患者数(感染者数)、死亡者数(2020年6月20日更新) | MEDLEYニュース https://medley.life/news/5e390f2d6158e140a8122862/

 


■関連URL

●新型コロナ、日本の低い死亡率は“幸運”だから? :日経メディカル https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/t344/202006/565988.html

●新型コロナ:「過去の風邪」記憶した免疫 死亡率の差、第3の仮説  :日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO60554520Z10C20A6000000/

●「普通の風邪」による免疫が新型コロナウイルスを撃退する? 新たな研究結果が意味すること(WIRED.jp)  https://news.yahoo.co.jp/articles/cfb1f7c5a59223d0cbe8f4562f09e27aad61e8a8