■日本の第一波はピークを過ぎている 専門家会議の資料からは

 

まるで忍者だ

新型コロナは誠に厄介だ。もともとウイルスは目に見えないが、新型コロナは他の感染症と異なり発症前に長い潜伏期間がある(しかも発症前も感染性が高い)ことや、肺の奥に居ついているとPCR検査でもX線画像でも見つからないことがある。まるで忍者だ。

フランスでは最初の感染例が報告される数週間も前から、じつはパリに新型コロナがいた、と最近分かった。
・フランスで昨年末に新型コロナ患者 医師らが検出 https://www.cnn.co.jp/world/35153330.html
(追記:5月7日
・新型コロナ、人への感染は19年終盤から 英大学が遺伝子分析 - https://jp.reuters.com/article/health-coronavirus-evolution-idJPKBN22I2MR

また京都大学の研究結果として、検査陽性報告数の時系列だけからでは真の「ピーク」を判定できない可能性があること、ある程度の検査数の規模が必要なことが発表されてもいる。

・ ⽇本の新型コロナウイルス報告数は、流行初期に流⾏を反映していなかった可能性がある。
・ ⽇本での検査数の増加により、報告数による流行状況の把握を可能にした。
・ 流行初期の解析には報告数だけではなく発症日等の情報も併せて利用すべき。
・ (流行抑制には)発症日ベースの報告数の時間変化のデータ、入院者数、重傷者数、死亡者数の時間変化のデータ等、複数のデータを用い流行を解析する必要がある。
(新型コロナウイルス報告数は流行を反映しない可能性を示唆 https://tiisys.com/blog/2020/05/02/post-65330/)

この京都大学の提言の最後に登場する「発症日ベースでの流行曲線」が実は、5月1日の政府専門家会議の資料に登場している。また安倍晋三総理が、全国一律の5月31日までの緊急事態宣言の延長を決め、発表した5月4日にも、重要なデータが含まれる資料を政府専門家会議は提供している。

ふたつの資料(「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言(以下 「状況分析・提言」)」)からは、日本において新型コロナ第一波が、すでにピークを過ぎていることが強く示唆される。

 

現状認識と医療崩壊への懸念との間で揺れた結論

ところで「新型コロナウイルス対策ダッシュボード」を見れば、医療現場の切迫度が確認できる。これは東京都の新型コロナ対策サイトの作成に関わった、ソフトウエア開発会社「jig.jp」の創業者福野泰介氏の公開サイト。入院患者数と準備されている対策病床数の対比で対策病床使用状況が把握できる。

黒塗りのたとえば東京などは4月27日時点、一種の「医療崩壊」の様相を呈しているように見える。
・4月27日時点 47都道府県ごとの「対策病床使用状況」

現在患者数 / 新型コロナ対策病床数(4月27日時点)
東京   2690/2000
大坂   1047/1239
千葉    573/247
埼玉    765/411
北海道   398/290
富山    169/100


(COVID-19 Japan - 新型コロナウイルス対策ダッシュボード #StopCOVID19JP https://www.stopcovid19.jp/

こういった医療現場の疲弊は各都道府県の医師会を動かし、それが医師会本部独自の国民向けの訴えへにつながった。当然後手に回りがちな政府への働きかけも、医師会は怠っていない。
・横倉義武会長から医療崩壊を招かないためのお願い/新型コロナウイルス感染拡大防止に向けた日本医師会メッセージ動画 - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=FtLf7nue0YY

日本医師会の横倉義武会長は4月29日、安倍首相と官邸で会い、新型コロナの感染拡大を防ぐため、PCR検査の拡充やガウンなど防護具の確保について要望。あくる4月30日に自民党本部で岸田文雄政調会長と会談。その後、記者団に対して医療崩壊への懸念から緊急事態宣言の全国的な解除は困難、と表明した。

横倉会長は外国人特派員協会での講演で次のように述べていた。

「5月6日で緊急事態宣言を解除することはできないだろうと思います。特に東京を中心とした関東一円や愛知県、そして大阪を中心とした近畿、そして福岡あたりはまだ感染者数が増加していますので、(全国)一斉に解除はできないと思っています」
・日本医師会の横倉義武会長の影響力 https://news.yahoo.co.jp/byline/azumiakiko/20200503-00176629/

政府専門家会議は感染症対策において、本来サイエンスによる分析を担当している。つまり感染症対策が経済へ与える影響や、医療現場への手当てなどは、政府マターのはずだ。

サイエンスによる分析に限るなら、日本の第一波はピークを過ぎている、と強く示唆される。にも拘わらず、データを分析した当の政府専門家会議が「状況分析・提言」において、「当面、(緊急事態宣言)の枠組みは維持することが望ましい」と結論付けたのは、いわゆる「忖度」の要素がはいってのことだったかもしれない。

ちなみに東京の医療現場の切迫度は、感染患者を受け入れる病床の増強と併せて軽症者をホテルへ移すなどの施策を小池都知事が果断に実行したことから、事態は急速に改善している(5月4日時点)。

現在患者数 / 新型コロナ対策病床数(5月4日時点)
東京   2950/4800
大坂    794/2639
千葉    552/773
埼玉    498/562
北海道    485/530
富山     154/200

・5月4日時点 47都道府県ごとの「対策病床使用状況」

全国的に見ても、病床の空きの方が目立つ。むしろ沖縄などでは「来院自粛」による「逆病院崩壊(来院減少からくる収入不足で家賃が払えない)」の訴えが出てくる不思議な様子になってきてさえいる。
(一般病院、患者激減 コロナ減収も補償対象外 地域医療の崩壊懸念 /沖縄 https://mainichi.jp/articles/20200504/rky/00m/040/006000c

 

発症日ベース流行曲線と実効再生産数の推移

5月1日、4日のふたつの資料(「状況分析・提言」)からは、日本において新型コロナ第一波が、すでにピークを過ぎていることが強く示唆される。

ふたつの数値に注目したい。発症日ベースでの流行曲線と実効再生産数の推移だ。

発症日ベースでの流行曲線

新聞、テレビで目にする「新規感染者数」。これは「報告日」ベースの数字だ。一方政府専門家会議のメンバーは感染流行の時間的経過をより正確に分析するため、症例ごとにその臨床経過を確認した「発症日」データも使用している。専門家は発症日ベースの数値で分析作業を行うのがプロの世界のスタンダード。これは2月、クルーズ船に単独乗り込み、船内の異常事態を告発した神戸大学岩田教授がつとに指摘した点で、政府側が「発症日」ベースの情報公開をした後、告発動画は削除されている。
・クルーズ船感染者の発症日ベースデータ

(乗客感染 隔離前に集中 クルーズ船、感染研分析 https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/202002/CK2020022002000128.html

この「発症日」ベースの流行曲線がクルーズ船以外の日本国全体を対象に、5月1日の「状況分析・提言」で初めて一般にも公開された。

・全国における感染者数の推移(左図:確定日、右図:発症日

(「長丁場前提に新しい生活様式を」専門家会議提言 NHK特設サイト )https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/view/detail/detail_07.html )

・東京都における感染者数の推移(左図:確定日、右図:発症日

(「長丁場前提に新しい生活様式を」専門家会議提言 NHK特設サイト )https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/view/detail/detail_07.html )

このデータを評して、専門家会議は、

多くの市民の協力により、爆発的な感染拡大「オーバーシュート」は免れ、新たな感染者数は減少傾向に転じている。

緊急事態宣言をはじめとした一連の対策の効果が現れはじめていることは確かだと考えられる。

と総括している。

ここで「オーバーシュート」、爆発的な感染拡大とは何かというと、対数表示で蛇が鎌首をもたげたような曲線(下図 チンアナゴ写真参照)のこと。対数表示とは指数関数的動きを直観的に把握してもらうため、視覚的効果を狙った工夫。通常の線形スケールでは絶対値を示すところ、対数スケールでは、相対値を示す。そして感染者数の動きが本来指数関数的に増加するため、その実態に即した表示方法として、よく採用されるのだ。

・オーバーシュートのイメージ(蛇が鎌首をもたげたような曲線)

「チンアナゴ」と「ニシキアナゴ」 – TOKITOMA DESIGN ( トキトマデザイン ) https://tokitoma.jp/?p=133273

下の図表では感染者10名発生以降の累積感染者数を対数表示している。日本国内、都道府県別。感染者の数が二日で二倍になる線、三日で倍になる線を補助線として引いている。この垂直に近い二本の線から離れているほど、「オーバーシュート」からは遠くなっていることを意味する。

・感染者10名発生以降の累積感染者数の推移 日本 都道府県別(対数表示)

(5月4日付け「状況分析・提言」  https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000627553.pdf

東京(上のグラフではブルー色で下から三つ目の折れ線)で感染者が10名を超えたのは2月15日、屋形船の件が話題になったすぐ後のタイミング。そこから33日経過して以降の時期はかなり「蛇が鎌首をもたげたような曲線」を描いていた。3月中旬は、危なかった。

あのころ、3月中旬から外出自粛が叫ばれ、3月20日から22日の連休中の「緩み」が懸念された。ところが次の週末、関東甲信の広い範囲で29日、季節外れの雪が降り、東京都心でも積雪が観測された。自粛の呼びかけとも重なり、東京都心は閑散となった。これこそ天恵だった。

東京で3月30日、全国で4月1日。このあたりが新型コロナの感染者数、発症日ベースでのピークだったと、「状況分析・提言」からは読み取れる。同様の指摘は国立感染症研究所のpreprint 版論文にある。2日間ずれてはいるが「日本における新型コロナウィルス感染症流行の)ピークは発症日で4月3日、感染日で3月29日であった」としている。
(First peak of COVID-19 outbreak in Japan might pass as of April 26, 2020 https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.04.26.20081315v1.full.pdf


(関東甲信の広い範囲で雪 都心で3月下旬積雪は32年ぶり https://mainichi.jp/graphs/20200329/hpj/00m/040/001000g/18

・感染者100名発生以降の累計感染者数の推移 世界(対数表示 5月4日時点)

ブラジルとロシアを除き、米国含めおおむね曲線が寝てきているのがわかる。寝てくる、ということは「収束」へ近づいているサインだ。

実効再生産数の推移

実効再生産数とは基本再生産数と対になる概念。

基本再生産数は感染症からみた感染力、つまりある感染者が、その感染症の免疫をまったくもたない人の集団に入ったとき、「感染力を失うまでに平均で何人を直接感染させうるか」を表わす。

これに対し、実効再生産数は感染症に立ち向かうわれわれの努力の「通信簿」のような計数。手洗いやうがい、人々の接触削減(social distancing)といった対策が取られた結果、「1人の感染者が実際に直接感染させる人数」のこと。

ドイツでは実効再生産数を毎日公表、ドイツ国民は自分たちの努力、国の施策がどこまでコロナに打ち勝てているかを体感しながら日々を過ごしている。

つまりこの数値が「1」を下回れば、感染が方向として収束に向かっていると言えるし、逆に「2」を上回れば、感染は鎌首をもたげ、オーバーシュートに近づいていることになる。

この重要な数値について政府専門家会議は、5月1日付け「状況分析・提言」で、「(発症日ベースの)実効再生産数を見ると、3月25日は2.0(95%信頼区間:2.0、2.1)であったが、その後、新規感染者数は減少傾向に転じたことにより、4月10日の実効再生産数は0.7(95%信頼区間:0.7、0.7)となり、1を下回った」と述べている。

・全国における実効再生産数

(「長丁場前提に新しい生活様式を」専門家会議提言 NHK特設サイト )

「東京都においては、感染者数が増加しはじめた3月14日における実効再生産数は2.6(95%信頼区間:2.2、3.2)であった。3月25日の東京都知事による外出自粛 の呼びかけの前後から、新規感染者数の増加が次第に鈍化し、その後、新規感染者数は減少傾向に転じた。この結果、(略)4月10日の実効再生産数は0.5(95%信頼区間:0.4,0.7)に低下し、1を下回った」と、こちらも同様に感染が方向として収束に向かっていることを公表した。

・東京都における実効再生産数

(「長丁場前提に新しい生活様式を」専門家会議提言 NHK特設サイト )

もっともなにゆえ日本で、感染者数や死亡者数(比較のため下図は人口当たりの数値)がちいさいままなのかは謎だ。(後手後手の政府対応にもかかわらず)。
・人口10万人当たり死亡者数 世界

日本     0.3
東京都    0.8
韓国     0.5
ドイツ   7.3
米国   15.3
NY市  208.8
イギリス  31.9
フランス  36.2
イタリア  45.3
スペイン  51.0
( (出典)WHO situation report, https://www.who.int/docs/default-source/coronaviruse/situationreports/20200429-sitrep-100-covid-19.pdf
New York Times, https://www.nytimes.com/interactive/2020/us/new-york-coronavirus-cases.html

そしてこの話には続きがある。手放しで喜べるわけではないのだ。

 

自然免疫かワクチン この二つ以外に真の収束はない

感染症の最終収束は「新規感染者がゼロになること」、と定義される。つまり集団が免疫を獲得することで次の感染がなくならなければならない。そしてここへ至る道は過去の感染症の経験、人類数千年の実証から二つしかないことがはっきりしている。

自然免疫かワクチン。自然免疫により集団免疫を獲得する道とワクチンで集団免疫を獲得する道。

自然免疫には、これを新型コロナに当てはめると、基本再生産数が2.5程度として、全人口の少なくとも60%程度が免疫を保有する必要がある。これは意図的に人々を感染させる方法だ。

ところが上で整理した、基本再生産数と実効再生産数の使い分けでいうと、実効再生産数が「1」を下回れば、感染が方向として収束に向かっていると言えるがそれは、自然免疫へは遠回りを意味する。他方「2」を上回れば、感染は鎌首をもたげ、オーバーシュートに近づいていることになるがそれは、早期の自然免疫獲得、収束への近道でもある、ただ「早期の自然免疫獲得」戦略は感染症患者増加による医療崩壊リスクを常に抱える。

他方ワクチンは比較的安全かつ迅速に免疫を獲得でき、方法としては最適。ただし、順調に進捗したとしても開発には12カ月以上必要とされ、それが広く投与可能となるにはさらに時間がかかる。

とどのつまりワクチンが開発され、それが広く使用できるようになるまでの間、重症化や感染爆発をいかに抑えるか、配慮しながら、ゆっくりとした自然免疫の獲得をはかる(少なくとも60%程度が免疫を保有する)のが、6月以降の世界となる。長期戦だ。その間第二波、第三波が来るだろう。

だから、収束は終息を意味しない。残念ながら。いったんの収束で外出自粛や自主休業が解除されることはあっても、それで終わり(終息)ではない、ということを念頭におかなければならない。

その間の感染症対応は「検査→隔離→治療」が基本

検査をして感染が判明したら、隔離し感染の拡大を防ぎつつ、感染者に対して即座に治療を始める。臨床検査をどれだけ徹底するかが、目の前の患者と患者が属する集団との、両方を救うやり方。感染者判明が急増することで医療体制が崩壊するという懸念に対しては、東京都や大阪府がやり始めたように、軽症者を医療従事者がサポートするホテル等へ隔離し、病院のベッドを明ける方策が有効だ。

インタビュアーの「日本では当初から「検査を抑えて医療態勢を守る」という考えがありました。そもそも、世界の専門家の間でこのような手法はどう評価されているのでしょうか」という質問に、WHO上級顧問・渋谷健司氏は次のように答えている。

そもそも検査を絞り続けた戦略がよくありませんでしたし、今こそ『検査と隔離』の基本に戻るべきでしょう。

検査を抑えるという議論など、世界では全くなされていません。検査を抑えないと患者が増えて医療崩壊するというのは、指定感染症に指定したので陽性の人たちを全員入院させなければならなくなったからであり、検査が理由ではありません。

むしろ、検査をしなかったことで市中感染と院内感染が広がり、そこから医療崩壊が起こっているのが現状です。
(WHO上級顧問・渋谷健司さんが警鐘 「手遅れに近い」状態を招いた専門家会議の問題点 https://headlines.yahoo.co.jp/article

収束が終息を意味しないコロナ禍。数年にわたる長期戦だから「新しい生活様式」であり、「ニューノーマル」なのだ。先進国において収束まで早くても2年から3年、長期化すると5年以上は掛かるというのが専門家の間でのコンセンサスになっている
・新しい生活様式

言葉を変えると、「ビフォーコロナ VS アフターコロナ」概念を下敷きにした、いかなる発想もいまや無効。コロナ禍をかいくぐり、アフターコロナの暁、「元の世界を取り戻す」ことはまずありえないだろう。

かくして「with コロナ」の時代をいかに構想するか、という時点に私たちは立っている。

 


[追記2020年5月29日] 朝日新聞がようやく、気が付きました。

(感染ピーク、緊急事態宣言の前だった 専門家会議が評価 https://www.asahi.com/articles/ASN5Y66NVN5YULBJ012.html