日本に市民社会はあるか|『イスラム国の衝撃』

(後藤健二さんの無念を想いながら。そして、ご冥福を祈りつつ)

「イスラム国」の台頭に対し緊急出版された『イスラム国の衝撃』の「むすびに」に、著者池内 恵氏のコメントがある。

英語のインタネット空間に広がった膨大な公知の事実は、それを適切に引照し議論する専門家集団を中核とする、成熟した市民社会に共有されることで意味を持つ。日本にそのような市民社会はあるのだろうか。

あるか、と言われれば、ない、希薄だというのが答えになるだろう。

しかしそれでお仕舞いにはならない。

これからも、それで良いのか。ここからどういう社会作りを志向するか、というイッシューがあるだろう。

それは「テロとの戦い」といった話題だけでない。社会保障と税の一体改革、原発をどう捉えるのか、成長戦略と脱成長モデル、消費税の問題など、専門知と生活の知との連結をどう考えるのか、どう構築するのかは足元の大きな課題。課題解決に知恵を働かせなくてはならない。

そしてそれは、「イスラム国」の戦略に抗う道でもある。

なぜなら今回の後藤さん事件、一連の彼らのやりかたに見えるのは、政府と国民の分断、国家間連携にある国同士の分断、つまり19世紀から20世紀をかけ築いてきた、「国民国家」の崩壊を狙っている点にあるからだ。

国民国家は、民主主義、資本主義と三位一体、相互依存の関係にある。『21世紀の資本』が専門書には珍しく大きな印刷部数、ランキングトップに上っていることも、この三位一体に揺らぎが生じている象徴的な出来事だ。この揺らぎが生じるメカニズムに、イスラム国の台頭と実は関係がある。

社会なしに日々の生活、一人の人生はありえない

その社会はことばで形成される。池内氏が憂うるように、専門知のことばと生活知のことば、ふたつの世界を結ぶやりかたを刷新する必要が、今の日本社会にはあるのだろう。

新たな「公」の形を模索しなければならない段階に、日本社会はきている。


◆関連書籍


◇関連クリップ

○「許す」と「赦す」 ―― 「シャルリー・エブド」誌が示す文化翻訳の問題 http://synodos.jp/international/12340

読売新聞の記事は、「Tout est pardonné」を「すべては許される」と訳し、何でもありだ、という、言論の自由(というか「勝手」)を示したものだとしているが、これはまったく逆。「シャルリー・エブド」誌の側としては、「わたしたちの仲間は死んだ。でも、これを憎悪の元にするのではなく、前に進んでいかなければならない」ということを意味する。

○仏紙襲撃事件は、強烈な普遍主義同士の衝突 | パリ連続テロとイスラム、そして日本 http://toyokeizai.net/articles/-/58478
イスラム教徒は、ヨーロッパの文脈からは大きく3つのカテゴリーに分類される。ひとつはボスニア人の大多数のように、その土地固有の生粋のイスラム教徒、二つ目はかつての宗主国にやってきた移民。そして、欧州の改宗者。特に、精神的な難問への答えを求めている若者たち。一神教ゆえの「普遍主義」の両者が正面衝突しているがゆえに、欧州に渡ったイスラムは個人主義を受け入れる中で、家族が解体されるという危機の中にあるからだ。

○ヨーロッパのイスラム教は、なぜ今まさに重大な局面を迎えているのか http://www.huffingtonpost.jp/akbar-ahmed/paris-attack-europe-islam_b_6447582.html
イスラム共同体の知識を持ったうえで、その構造を理解し、その文脈を前提に、彼らにわかる形で西洋の価値観を伝達する術、さらに、その伝達の過程で自身の変貌を想定する姿勢、が重要。ヨーロッパは騒然とした時代に入っており、英知と勇気、そして同情の心が、イスラム教徒、非イスラム教徒の指導者の双方に求められている。
(以上 ●急成長するオンデマンド経済:労働市場の未来 | 詩想舎|ちえのたね  所収)

 

●実は、ピケティはこうも言っている ピケティ勉強会(4) http://society-zero.com/chienotane/archives/24
マルクスは読んでいない/不平等、格差が絶対いけないとは言っていない/税は社会正義のために使え(成長のために使うな)。

●格差拡大:改善の方法とは? - OurWorld http://ourworld.unu.edu/jp/rising-inequality-how-to-reverse-it

2000年以降の10年間にラテンアメリカの広い地域で格差の縮小が観察された。その原因は3つ:技能労働者と非技能労働者の賃金比が減少/扶助という形態での所得の社会的移転/資本所得の集中の緩和。背景にそれ以前に比べ民主主義が機能していることがある、と。
(以上 ●ビル・ゲイツ、トマ・ピケティの『21世紀の資本』に共感するも「富裕税への増税には賛成できない」 | 詩想舎|ちえのたね  所収)