日本人は読書しない? する?

日本人の読書の傾向に関しては、毎年毎日新聞が「読書世論調査」を実施し、おおむね5~6割の日本人が読書をしていることになっている。確かにかつては教育大国といわれた日本だ。しかし体感的に違う気がする。「読書」という営為は日本社会の中で劣化しているのではないだろうか。

ただし「読書」のデジタルトランスフォーメーション、という視点も忘れてはならない。その視点を持った時、日本人の読書の傾向はどう判定されるべきなのだろうか。

1.読書の「書」ってなんだろう

21世紀に入って、読書には大きな変化が起きている。デジタル化先進国、アメリカにその変化を確認してみよう。読書の「書」がいまやいわゆる紙の本だけではなくなっている、ことが8年間の推移でわかるのだ。

Pew Research Centerの2019年の調査によると、いまや米国の読書人のなかで紙でしか本を読まない人は37%。ebookをアプリで読む、audiobookを聴く、という形態の「読書」が市民権を得ている。
・米国の読書人のなかで紙でしか読まない人は37%

読書をする人の割は7割を維持しながら、その中で米国の「読書」は、この8年間で次のような変遷を経てきている。

・紙での読書減少をebookとaudiobookでの「読書」の増加がカバーしている。
・読書人のなかで紙しか読まない人は37%に。
・足元2019年のebookでの読書割合は25%(2016年からはやや軟化)
・足元2019年の audiobookでの読書割合は20%(2015年から上昇トレンド)


(Audiobooks gain popularity, but print books still the most-read format | Pew Research Center https://www.pewresearch.org/fact-tank/2019/09/25/one-in-five-americans-now-listen-to-audiobooks/)

海外先進諸国でほぼ横ばいトレンドなのと対照的に、日本が(紙の)市場規模を凋落させている背景に、そもそも読書の「書」のデジタルトランスフォーメーションが進まない実態があるのかもしれない。

 

2.「読まない」人の国際比較

インターネットユーザーに対する調査ながら、ドイツの調査会社GfKが「読書頻度に関する調査 」を2017年3月に発表している。こによると、紙媒体に限ってみても、日本は「読まない」人が多い国に分類される。

この調査では、「毎日またはほとんどの日(読む|以下同様)/少なくとも週に1回/月に1回/あまり(Less Often)/読まない(Never)」の五階層分類を行っている。対象17カ国のなかで、日本はオランダ・ベルギー・韓国などと一緒に読書しない人の割合が多いグループにいる

ちなみに米国との間で、「読書しない人」の詳細な比較をすると下記の通り。

・読書しない人の割合(Less Often と Never の合計)

毎日新聞の「読書世論調査」より、こちらの結果のほうが体感に近い。

 

3.「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」

さて総務省が毎年発行する「情報通信白書」の中に、平成24年以降東大情報学環へ委託した調査結果が活用されている。「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」がそれだ。ここでは、日本人の情報行動のリアルな姿がデータで描写されている。

「読書」は、動画系/テキスト系/音声系/コミュニケーション系と分類される、ネット・非ネット横断調査の「テキスト系」の中に位置づけられる。

調査のスタートが平成24年なので「ゼロ」の時代からのデータがないのが惜しまれるが、「コミュニケーション系」でのデジタルトランスフォーメーションは明らかだ。たとえば大学生男子が、付き合っている女性に連絡をしようとするとき、女性の家庭の固定電話、あるいは下宿の固定電話にまずは電話しなくてはならなかった時代がかつてあった。
・コミュニケーション系

上の表にあるように、「利用時間と情報行動に関する調査」は日本人全体の平均的な情報行動の様子を、「行為者率」と「行為者平均時間」で表現する。

たとえば、2018年、固定電話で通話した人の割合、その平均値=行為者率は2.4%で、その通話の平均時間は26.9分だった。2012年にこの数値は6.8%、29.2分。6年間で行為者率が4.4%減少している。この間、ソーシャルメディアを使った人の割合は13.2%から38.8%へ大幅増加している。そしてこの増加分が、「通話(形態+固定)」と「メール」の減少分と入れ替わっている様子が如実に数値として表現されているのがわかる。

このように、われわれの生活実感に近い数値を見せてくれるのが「利用時間と情報行動に関する調査」。

この調査で、では「読書」はどう数値化されているのか次にみてみよう。

 

4.情報行動のデジタルトランスフォーメーションの中で「読書」は

さきほどPew Research Centerの2019年の調査で米国人の「読書」が紙(書籍)以外に、ebookをアプリで読む、audiobookを聴く、という多様化を見せていることに触れた。総務省はこれをさらに、様々な情報行動の中の「読み・書く」行為の中に位置づけなおすべきことを示唆している。

すなわち「テキスト系」の中で、新聞、書籍、ebook以外に「テキスト系サイト利用」の項目を掲げているのだ。

新聞閲覧や読書(書籍閲覧/雑誌閲覧/コミック閲覧)の行為者率が減少する中、テキスト系サイト利用は大幅に増加している。私たちの「読み・書く」行為は決して衰えてはいないのだ。

考えてみると、楽しむ読書にしろ、知る読書にしろ、それらがデジタルトランスフォーメーションするただ中にいま我々はいる。つまり、読書の「書」は、紙の本、ebookアプリ、audiobook、さらにブラウザ上のテキストへと広がっていることを考慮すべきだ。

新聞が「新聞「紙」を読む」から「新聞「記事」をブラウザで読む」へシフトしていることは、すでに書いた(日本人の情報行動の変化と<本>の未来 https://society-zero.com/chienotane/archives/7396)。そこでは

・マイクロコンテンツ化と
・スマホ最適化、そして
・オープン(Google検索の対象となる)

がキーポイントだった。

つまり凋落する出版市場に変化を起こすためには、デジタルトランスフォーメーションを果たしつつある「読書」に呼応した、「出版のデジタルトランスフォーメーション」が必要だ、ということになるのだろう。

具体的には、「組版」に関するノウハウから「CSS+HTML」の知識とノウハウへのシフト

これまで出版社は紙面のレイアウトの工夫を、版面の取り組み指定という形で印刷会社へ伝達して、本を作ってきた。これからはこれに加え、「CSS+HTML」を使った「ブラウザで読む」作品をどう具体化していくかを工夫していくことが求められよう(もちろんビジネスモデルも)。

W3Cもそれを支援しようとしている。Web上の縦書きの国際標準がついに完成に近づいているのだ。

「W3Cで各国の文字や画像のレイアウトを定めているCSSワーキンググループが提案した縦書きモードの技術標準が採用されれば、世界中のブラウザがこれまで難しかった日本語の表示に対応していくことにな」る。
・201909CSSWM | aplab https://www.aplab.jp/201909csswm

「縦書き」は2011年にはEPUB 3や各社のビューアに実装された。それが今度はブラウザで当たり前に読まれるようになる時代がやってくる。そのインフラがW3C標準として整いつつある。

これは「縦書き」という事例だが、それはCSSとHTMLとによる「書き物(読書の「書」)」がブラウザで読まれることが当たり前になる時代が、もうそこまでやってきていることの象徴なのだ。

「出版のデジタルトランスフォーメーション」の競争が、始まろうとしている。