選挙イヤーのポピュリズム

■2024年は選挙イヤー

本年2024年は、人口45億人を抱える約80カ国で選挙と投票が行われます。台湾、インドネシア、ポルトガル、ロシア、韓国、インド、欧州議会、英国など。

なかで最も注目が集まっているのが「現存する世界最古の民主主義」米国の大統領選挙です。

・2024年の主要国・地域と欧州の主な政治日程

(2024年は欧州も選挙イヤー-右派ポピュリスト勢力伸長の行方-)

この選挙イヤーは、それぞれの国内外の経済社会の機構が変質しつつある中で行われるため大変な緊張感を世界に与えています。変化の背景にあり、人々の不満の種になっているのがグローバル化です。グローバル化により貧困はこれまでになく減少したのですが、皮肉なことに豊かな国々ではむしろ不満が高まっています。

欧米の労働者の中に、世界から極貧が消えていったのが、自分たちを犠牲にして実現したことなのでは、つまり自分たちから仕事を奪い、自分たちの社会を空洞化させることで可能になったのではと考える人が増えているのです。

ここに、「既存の政治に自分たちは理解されていない」「自分たちは忘れさられている」という、怨嗟の声がひたひたと広がりをみせ、豊かな民主主義国のただ中にポピュリズムの温床の生まれる所以があります。

こうして多くの民主主義国で権威主義やポピュリズムの傾向が強まるなか、民主主義がさらに後退を迫られるのか、あるいは逆風に立ち向かい民主主義が強靭さを示すのか。とりわけ米国の大統領選挙および連邦議会選挙が「自由で公正な選挙」として実施されるか否かが、これからの国際秩序のありよう、地球規模の経済社会に、大きな影響をもたらしそうです。

■ポピュリズムとは

ポピュリズムとは、政治指導者が政党や議会を飛び超えて、直接国民に訴える「上からの」政治スタイルを特徴とし、仮想の敵をターゲットに、「われわれ」の団結を訴え(世論を二分させ)、変革を唱える政治現象です。

・3つのポイント
(1) 政治・経済・文化エリートに対する異議申し立て
(2) 主権者として代表されていない「人々(people)」の掲揚
(3) カリスマ的な指導者による扇動
(出典:ブリタニカ国際大百科事典)

理念としての民主主義は、統治者(政治家)と被統治者(有権者)とに上下関係を想定しない、「同一性」を原則としています。しかし代表制民主主義において、両者の間にはつねにずれ、歪みが存在します。この代表制の歪みをもどかしく思う大衆が、ポピュリストの「直接」の呼びかけに呼応するのがポピュリズムといえます。ポピュリズムによって民主主義が危機に陥るというより、民主主義が機能していない(不全)ためにポピュリズムが生まれるといえるでしょう。

■ヒトラーからトランプへ

ちょうど百年ほど前、ドイツにおいて小政党でしかなかったナチス党を、ヒトラーはラジオなど様々なメディアを駆使して、既存政党を悪と断じ、国民に「強いドイツをよみがえらせてくれるのは、民主主義か強いリーダーか?」と迫り、1932年の選挙で勝利、与党に押し上げたのです。背景に1929年の世界恐慌に起因する、人々の窮乏がありました。

これは2016年のアメリカ大統領選挙での経過とよく似ています。当時、共和党のトランプ候補は激しいエスタブリッシュメント批判を繰り広げ、事前の予想を覆す大勝利を収めました。トランプを推したのは、「ラストベルト(※)」の人々でした。グローバル化で職を失ったという不満を持つラストベルトの人々に「America First」を訴えたのです。
(※ rustは、金属のさびの意。米国中西部から北東部に位置する、鉄鋼や石炭、自動車などの主要産業が衰退した工業地帯のこと)

今回もトランプ候補は「Make America Great Again」のMAGAキャッチフレーズで人々の関心を集めています。

それでは、ポピュリズムと民主主義の相克を考える上で、ヒントになる「知恵クリップ」を以下に紹介していきます。

1.複雑さ増す民主主義のかたち、深まるアラカルトの世界https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD254DI0V21C23A2000000/
安全保障では米国、経済では中国、と言った具合に、個々の課題に応じて最適なパートナーを選ぶ、アジアや南米、中東の現実。英歴史学者のティモシー・ガートン・アッシュ氏は昨今のこの様子を「アラカルトの世界」と呼ぶ。ならば、「民主主義のかたち」にも「アラカルト」を認めざるを得ないのかもしれない。

「民主主義はもともと多種多様な政治形態だ。先進国のダイナミズムが低下し、新興・途上国の存在感が増すにつれ、デモクラシーのけん引力も変わり得る。純粋な民主主義でなくても、法の支配や人権擁護のような最低限のルールさえ守ればよしという時代になるのかもしれない(国際通貨研究所 渡辺博史理事長)」。
・2024年は「民主主義のかたち」が試される選挙イヤー

複雑さ増す民主主義のかたち、深まるアラカルトの世界

2.<斎藤幸平>〈コモン〉と〈自治〉が危機の時代を生き抜くためのカギになる理由https://shueisha.online/culture/185659
気候温暖化を地球沸騰化と言い換える地点にいると、国連のアントニオ・グテーレス事務総は訴えた。危機を直視すべきだが、他方、危機感だけがあおられると、大きな国家が経済や社会に介入する、「戦時経済」もどきのモードになっていく。そしてそのあげくに、人々はトップダウン型の強いリーザー像を求め始める。これがポピュリズムの温床だ。

そうではない道、「コモン」に依拠した「自治」の実践の道を目指すべきなのだ。

たとえば水道、ガス、電気、交通、通信という5つのインフラは現代を生きる私たちにとっては共有財産(コモン)であり、その使用権は納税者としての権利である。しかしその活用形態に様々な意見、さらには利害の対立が起きうる。「自治」とはかかる多様な欲望のすり合わせのことだ。「〈コモン〉を耕し、それを管理する方法を模索するなかで、私たちの「自治」の力を鍛えていく。それこそが「人新世」の複合危機を乗り越える唯一の方法なのだ。」

3.先進国の「恵まれない人々」と「世界的な貧困の克服」が歓迎されない世界が必要とする、「新しい世界経済秩序」とは? https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2023/12/post-103301.php
「単純に考えると、貧困からの脱出は金銭的な問題だと思いがちだ。だがお金と同じくらい、ひょっとするともっと重要なのかもしれないのが健康と、繁栄する機会を手に入れられるだけ長生きする確率の向上だ。(略)健康と富がいかに密接な関係にあり、健康の格差が富の格差をいかに鏡のように反映しているかについて語る本もたくさん出ている。私はその両方について一冊で語りたいと思う」」(このWeb記事は『大脱出──健康、お金、格差の起原
(アンガス・ディートン)』の2024年版序文を公開したもの)

4.日本人にとっての自由と平等とはなにか(宇野重規):政治不信は民主主義をどう変えるのか|NIRA https://www.nira.or.jp/paper/opinion-paper/2023/74.html
日本人は政府の公正さに対して強い関心を持っている。すなわち、「不正に特権を享受する人々がどこかに存在するのではないか、また政府の施策はそれら「ズルい」人たちをむしろ利するものではないかという疑念の根強さ」。そして「このような疑念は特に社会階層意識の低い層に強く見られ、結果として最も社会保障による行政サービスを必要とする人々が、むしろ政府の積極的な役割に否定的であるというパラドクスを生み出している。」

また」日本では、自分が社会においてどこに位置するかという「階層意識」のほうが、「政府への信頼度」より、ポピュリズム傾向(強いリーダーへの期待)との間で相関関係が高い。
・政府への信頼とポピュリズム傾向

・階層意識と政治への期待や信頼

日本人が政府を信頼しない背景(重田園江)
宇野重規氏は、NIRA総合研究開発機構理事。東京大学社会科学研究所教授。専門は西洋政治思想史、政治哲学。

5.火出づる国の君主論(前編):京都大学大学院 再生可能エネルギー経済学講座 https://www.econ.kyoto-u.ac.jp/renewable_energy/stage2/contents/column0406.html
「個人の自由は大事だけれど、個人がそれぞれ自由を主張していては結局争いが起きたり独裁者が出現したりして、自由でいられなくなる。そのため、自由にはある程度鎖をかけることが必要である。
また、人民全員参加型のポピュリズム的な政治も、社会や人類にとって最大の善をもたらす制度ではないことは古代ギリシャの失敗で分かっている。
そこで社会契約論となるわけだ。
政府というものを築き、それに一人一人が「力」を預け個人の自由を少し我慢する代わり、もっと大きな見返りである生命と財産とそれ以外の自由を担保してもらうという、個人と社会の契約なのだ。だから、投票して政治家を選び、その政治家に力を渡して法律を作ってもらい、契約事項を執行してもらうのである。」

6.社会を混乱に陥れる「ポピュリズム」の歴史を今こそ学ぶべき深い理由| PRESIDENT Online https://president.jp/articles/-/50220?page=1
ヒトラーには「ドイツ国民を全体主義で抑圧した独裁者」というイメージがついて回りるが、それは違う。「彼はドイツ国民が、選挙という民主的な手段で、自ら選んだ独裁者です。
(略)
ヒトラーの演説は弁舌巧みなうえ、内容も、単純明快・敵味方の断定・わかりやすい解決方法・選択を迫る口調などで磨き抜かれた見事なものだっただけに、活字よりも肉声のほうが、はるかに大衆扇動効果が高かったのです。
ですから宣伝省はラジオの普及に力を入れ、1940年には、ほぼ全家庭に国民ラジオ(海外放送は受信不可)が行き渡るまでになっていました。
しかし、こうしてヒトラーの演説に扇動されたドイツは、この後全体主義へと進んでいきます。」
・ポピュリズム例:毛沢東の「文化大革命」

7.選挙プロパガンダ2024(相良祥之) – Asia Pacific Initiative https://apinitiative.org/2024/01/24/54970/
「台湾は中国の情報工作の最前線であり、総統選をめがけ数年がかりで認知戦の攻防が繰り広げられた。総統選の直前にはYouTubeで大量の偽動画が公開され、まさに「ディープフェイクの飽和攻撃」が現実の脅威となった。台湾総統選で展開された手法が米大統領選において利用されるリスクも想定すべきだ。

誰が米国大統領に就任するかは、米国の選挙制度の強靭さと、米国民の判断を信じるほかない。選挙結果がどうなるにせよ、米国には、世界中の民主主義国にとって模範となる「自由で公正な選挙」と、選挙プロパガンダ対策オペレーションを期待したい。そして米国のみならず、民主主義を信奉する同盟国・同志国も一丸となって、選挙プロパガンダとの戦いに対峙すべきだ。」