教育のデジタル化:「発達」を考慮したルール整備が課題


「人間の脳は1万〜2万年の時間を経ても変わっていません。生物学的な視点で、私たちの体をいま一度捉え直すことが大切なのです。
(中略)
(デジタル時代の今日、強調したいのは)「テクノロジーそのものは素晴らしいが、適切に使用すべきだ」ということです。特に子どもたちには睡眠や運動、そしてリアルの場での社会的な交流が必要です。
アンデシュ・ハンセン「テクノロジーは“太古の脳”を持つ私たちに順応すべきです」)」


■デジタル教科書を本格導入

令和6年度(2024年度)は、小学校用教科書の改訂時期であり、それを契機にデジタル教科書を本格的に導入していく年度に当たります。小学校5年生から中学3年生の「英語」が、デジタル教科書の先行導入科目となり、順次拡大されていく流れです。QRコードの多用が話題になっていましたね(中学教科書、デジタル化進む QRコード急増)。

また、2024年4月1日より、特別な配慮を必要とする児童生徒等に対して、「合理的配慮の提供」が義務化されますが、教科書のデジタル化はこの点でも大きな役割が期待されています(たとえばデイジー教科書)。

 ※「デイジー教科書」とはデジタル録音図書の国際標準規格「デイジー」を採用した教材。パソコンやタブレット型端末などで利用する。音声を聞きながら文字や写真を見たり、文字の大きさや色を変えて読みやすくしたりできる。

これは、主にハード面を念頭に展開されたGIGAスクール構想でICT機器が身近になった教育現場に、教科書や教材などソフト面の充実が、教育ICT化の次の対象と目されているからなのです。

■「発達」に配慮したルール整備

ところが教育のICT化について、ChatGPTを利用したサービスが一般化するであろう近未来を視野に、保護者の間で歓迎する向きがある一方で、しかしながらハード面での体験が一巡したところでの反省やアナログへの揺り戻しがおきてもいるのです。さらにその傾向が、ICT化先行国である北欧西欧ではソフト面へも及び初めてもいるようです。

ハード、ソフトでのICT化への懸念、心配は、たとえば、

・PISA(OECDによる学習到達度調査)との整合性
学校にコンピュータの数が多い国ほど数学の成績は下がる
学校でコンピュータを閲覧する時間が長いほど読解力の成績は下がる
脳科学者が警告「学校の一人一台端末導入で、日本の子どもはバカになる」 勉強にICTを使うのは逆効果

・授業環境の先進度と学力の関係
教育ICT化全国1位の佐賀県が2019年の全国学力調査では43
教育ICT化最下位の秋田県が2019年の全国学力調査では1位
山内 康一 | 教育のICT化に教育効果はあるのか?

・認知神経科学や発達心理学の研究成果からの警告
調べものが容易になる反面深く考えない習慣がつく
読んだものの理解は紙で読んだ方が高い
山内 康一 | デジタルで読む脳、紙の本で読む脳
本をどう与えたら良いか、悩む親や先生に

といったものがあります。

・学校にコンピュータの数が多い国ほど、数学の成績は下がる

・学校でコンピュータを閲覧する時間が長いほど、読解力の成績は下がる

脳科学者が警告「学校の一人一台端末導入で、日本の子どもはバカになる」 勉強にICTを使うのは逆効果)

・「学習内容について調べやすい」に効果あるが、「深く考える」には?

子どもが感じる「学習へのICT利用」の効果と課題

・小中高生は紙の本の方が読みやすいと感じる傾向

小中高生、電子書籍に比べ「紙の本読みやすい」…読書傾向調査 : 読売新聞

喫煙や飲酒には年齢制限があります。これは子どもたちが、心身の「発達」過程にあることに配慮をした措置です。同じような措置が、ICTについても必要なのではないか、というポイントがありそうですね。

今回の知恵クリップは、こういった議論を丁寧に拾い、知見を深めていただけるものを集めてみました。

■知恵クリップ

1.デジタル教科書の活用で児童・生徒の思考時間が増加--DNPら、研究成果を発表 https://japan.zdnet.com/article/35214544/
「実証授業の結果、学習者用のデジタル教科書は書き込みができるため、黒板の内容をノートに書き取る時間が減り、授業中の児童・生徒の思考時間が増えたという。これにより、考えをデジタル教科書や授業支援ツール上で整理する時間が創出され、児童・生徒同士の意見を交流する活動が活性化した。」
・自分の考えを整理し、表現しやすくなった

相模原市のデジタル教科書と学習データの活用に関する共同研究成果を発表 | ネットワンシステムズ

2.「学習者用デジタル教科書」製品レポート 2|日本文教出版|みんなの教育技術 https://kyoiku.sho.jp/289604/
「学習者用デジタル教科書の特徴:
デジタルノートは、ペンで書き込んだり、ふせんを貼ったり自由に書き込めるノートです。多様なテンプレート(グラフ用紙、方眼紙など)があり、学習の記録や振り返りに活用できます。

紙面切り取りツールは、教科書紙面の一部を切り取るための機能です。切り取った画像は、デジタルノートに貼り付けて学習することを想定しています。

シンキングツールは、思考を深めたり整理したりするツールです。ベン図、Xチャートなど全部で13のツールが収録されています。ふせんを貼り付けて作成し、ファイルとして保存可能です。」
・シンキングツール

3.教科書と同じ順・同じ内容を個別最適に学べる「Qubena 教科書×AI コンテンツ」 https://ict-enews.net/zoomin/17qubena/
「AI型教材「Qubena」の特長や優位性についてあらためて教えてください

木川取締役:小中学校9学年分、英語を含む5教科に対応したデジタル教材です。全問題がAIによる個別最適化の対象で、学習状況をリアルタイムに解析し数万題から最適な問題を出題します。

AIドリルの黎明期からたくさんの子どもたちの学習データと向き合うことで積み上げてきたAIの分析精度の高さが最大の優位性と自負しています。また学習の質向上のカギとなる「理解」と「定着」の2つのAIが搭載されている点もQubenaならではの強みです。」
・教科書に準拠した問題をAIが出題

4.教育現場で読み上げ機能などを備えたデイジー図書の作成・活用が可能なデジタル図書館「Chatty Library」がオープン https://edtechzine.jp/article/detail/10728
◎試験問題のデイジー化◎
「試験問題は、通常の教材と異なりあらかじめ第三者がデイジー版を作成できず、教員が試験問題をデイジー化するための環境整備が重要となっていた。

今回、同法人が開設した「Chatty Library」には、PDFをアップロードした後OCRによって自動的にデイジー図書を作成可能な「ChattyBox」が用意されている。「ChattyBox」と、「Chatty Library」にて提供されているフリーソフトによる修正を組み合わせることで、試験問題のPDFから短時間で正確な読みのデイジー化した試験問題を作成できる。」
・しゃべる図書館=「Chatty Library」

(参考:「合理的配慮」と電子書籍サービス

5.デジタル教科書導入後に子どもたちが失うもの https://www.donga.com/jp/article/all/20240131/4718659/1
「スウェーデンでは昨年から紙の本と筆記を強化する方向に教育パラダイムを転換した。スウェーデンのカロリンスカ研究所は、「デジタル機器が学習能力を向上させるのではなく、損なうという明らかな科学的証拠がある」と発表した。最近、韓国教育学術情報院(KERIS)も授業中のデジタル機器使用の時間と数学の点数が反比例するという研究結果を発表した。

どうせ大人になると、望まなくとも、四方八方から「カトク!」と鳴り響くデジタル刑務所に閉じ込められてしまう。このような世の中で子どもを1歳でも早くデジタルに追いやるべきか、紙と鉛筆のアナログ体験を守るべきか、教育の観点から悩みが必要な時だ。」

6.デジタル機器は学習に悪い?─欧州で始まった学校の「アナログ回帰」 | デジタル教材先進国のスウェーデンでも

デジタル機器は学習に悪い?─欧州で始まった学校の「アナログ回帰」 | デジタル教材先進国のスウェーデンでも


「保育園でも子供にタブレット端末を使用させるほど教育のデジタル化が進んでいたというスウェーデンでは、約1年前に就任したロッタ・エルホルム学校教育大臣のもとで、学校の授業における「紙の書籍や手書き」への回帰が進んでいると英紙「ガーディアン」などが報じている。(略)

ドイツでも同様の議論があり、一定の学年以下の授業でデジタルデバイスを使わない方針を掲げる学校もあると、独誌「シュピーゲル」は報じる。オランダでも、学校へ持ち込むデジタル機器について大幅な制限が検討されていると報じられた。」

IT先進国スウェーデン、学校で「紙と鉛筆のアナログ教育」に戻る計画を発表

7.「小学生には使わせるな」、『言語の本質』の著者が懸念するChatGPT後の学校教育 https://active.nikkeibp.co.jp/atcl/act/19/00515/091100003/
「人間の学習においては経験とひも付けながら、ことば(記号)を身体感覚に「接地」していくことが非常に重要です。記号接地ができないと全然先に進めない。

仮に小学1年生からChatGPTを使っていると、記号接地がどういうものか分からないまま大人になってしまう可能性があります。もし作文をChatGPTに任せていたとしたら、まともな文章を書けなくなるかもしれません。」

8.生成AIが子供の学習意欲をくみ取る、学研塾HD福住社長が語る教育事業の未来 https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02510/090800013/
「生成AIの活用には2つの方向性があります。1つは子供たちのやる気を引き出す役割です。
(たとえば)人ひとりの学習進度に合わせて、アバターのAIロボットが毎日異なる励ましのメッセージを投げかけてくれます。

もう1つは、一人ひとりの理解度に合わせた個別最適な学習を推進するエンジンの役割です。
学習履歴や教材データを入力することで、子供たちの学習進捗を分析し、進度調整などができます。」

9.生成AIは学びをどう変える?専門家と実践者が語り合う教育の未来 https://edu.watch.impress.co.jp/docs/report/1559441.html
「あまりにも大きな技術の変化に対し教育はどこへ向かえばいいのか。冨平氏はAI時代に必要な力を次のように話した。「なんでもAIに聞いてそれをうのみにしてAIに頼り切るのではなく、AIと対話していくことで理解を深め、AIを使いこなしていく人材が必要だと思います」。

さらに冨平氏は、AIがあれば経済格差に左右されずに勉強する手段を得られると指摘。また、特定分野に強い関心がある場合、年齢に関係なく知識や技術をAIで学び進め才能を開花させられる可能性が高いと指摘した。逆に、AIに頼りすぎて何も考えない人と二極化することを懸念する。」

10.『KUMON家庭学習調査2023』を実施 https://kyodonewsprwire.jp/release/202402216855
いまどき小1~3年生の実態調査。
1.子どもが家で学習するのは、週平均「5.6日」、1日の学習時間は「30.8分」でいずれも減少傾向
2.子どもの動画配信視聴は、この2年で1日の平均時間が約2倍に
3.外(公園や広場など)で遊ぶ時間や友達の家で過ごす時間が増加

・家庭学習の平均日数/週と平均時間/日

・「子どもの動画配信視聴時間/日」の分布状況の推移

・家庭での時間の過ごし方(2019~2023年)

■その他 知恵クリップ

A:ハード面でのルール作り

●端末利用のルール決めと意識化:文部科学省 https://www.mext.go.jp/studxstyle/skillup/9.html
「教員が一方的にルールを決めるのではなく、児童生徒と一緒に考えながら、なぜルールが必要なのか、どのようなルールが必要なのかを中心に話合いを行った。
学級で決まったルールは、教室内に掲示したり、デスクトップ画面に設定したりして、常に意識できるようにしている。」
・「係活動などで休み時間にも使いたい!」という意見から作成された「許可カード」

● 明光義塾調べ 「小中学生のスマホ・タブレット活用についての実態調査」 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000166.000071552.html
「学校側からのルールがあると回答した316名を対象に、どのようなルールか質問したところ、最多回答は「利用アプリの制限(58.2)」、次に「閲覧制限(57.0)」、「SNSの利用禁止(51.3)」」
・学校側のルール

●保護者等との間で事前に確認・共有して おくことが望ましい主なポイント:文部科学省 https://www.mext.go.jp/content/20210827-mxt_jogai02-000017631_00007.pdf
(ご家庭と共有するルールの例)
・使用時間を守る
・端末・アカウント(ID)・パスワードを適切に取り扱うこと
(例:第三者に端末を貸さない、第三者にアカウント(ID)・パスワードを教
えない 等)
・不適切なサイトにアクセスしない
・インターネット上のファイルには危険なものもあるので、むやみにダウンロ
ードしない
・充電は学校や学校設置者が定めたルール以外の方法を行わない
・アプリケーションの追加/削除、設定の変更は、学校設置者・学校の指示に沿
って行う
・端末を使うときは、落としたり、ぬらしたりしないように注意する
・学習に関係のない目的では使わない

B:デジタル教材や小中高生向け電子書籍サービス

●デジタル教科書6社が「こども未来教育協議会」を始動、教科書ポータル「EduHub」を3月21日から提供開始 https://edu.watch.impress.co.jp/docs/news/1574104.html
「これまでデジタル教科書を使用する際は教科書ごとに異なるアプリを開く必要があった。「本棚機能」では、「EduHub」に対応する全ての教科書・教材が一覧表示され、教科書・教材をクリックすると個々のアプリの本棚を挟まず、すぐに目的の教科書を開くことが可能。

また、学校で既に利用しているID・パスワードで、「EduHub」にシングルサインオンできるため、学習eポータルなどの各種学習サービスとの連携も視野に、スムーズなデジタル学習や教育DXを実現する。」

●小学校高学年のスマホ所有率が4割超える、NTTドコモ モバイル社会研究所が発表 - こどもとIT https://edu.watch.impress.co.jp/docs/news/1565044.html
「スマホの所有率は全学年で上昇し、特に小学生高学年では初めて4割を超えた。
スマホ・キッズケータイの所有率を学年別に見ると、小学6年生で半数を超えた。中学生になると7割を超え、中学3年生では8割に達している。」
・学年別スマホ、キッズケータイの所有率

●「こどもちゃれんじ」4月号より電子書籍サービス開始 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001243.000000120.html
「本サービスでは、幼児専用に選書された月10冊程度の電子書籍と、プロによる表現豊かな読み聞かせを月替わりで提供します。初回の4月号は特別ゲストとして、チョコレートプラネットが登場。ご自身も幼児の親であるお二人が、「おむすびころりん」を楽しく読み上げます。」

●朝日新聞出版、「AERA with Kids+」をオープン https://media-innovation.jp/article/2024/02/21/141375.html
「「AERA with Kids+」は、専門家の知見に基づいた情報提供に加え、読者や編集部員の体験談、ブログなどを通じて、多角的な視点から子育て情報を発信します。これにより、読者とともに成長するメディアを目指しています。」

●NewsPicks for Kids https://kids.newspicks.com/
親子で楽しむグローバルな子ども新聞(月刊誌)! 年間1万円也。
米ニューヨーク・タイムズと日本のNewsPicksとの共同作品。紙面はNew York Times for Kidsの翻訳記事とNewsPicks for Kidsのオリジナル記事で構成。

●Gakken、サブスクで英字新聞「MY WEEKLY」配信 | NewsCafe https://www.newscafe.ne.jp/article/2024/02/15/2894049.html
供向け電子書籍サブスクリプションサービスで英字新聞を配信。「世界で起きている話題や出来事を、毎週わかりやすい英語で紹介。記事は写真やイラストで構成されており、日本語の訳や単語の意味が確認できるようになっているので英語を習い始めた子供でも理解することができる。」

C:図書館関連

●電子書籍貸出ブームの米国、図書館と出版社が「所有権」で対立 https://jp.reuters.com/economy/7BEVAMS3OJPIBEQU7XZZI2FYEE-2024-03-02/
図書館と出版社間の「所有権」を巡る対立:
電子出版社は、図書館に対し高額なデジタルライセンス契約を要求していながら、図書館とその利用者に対し、アクセス回数など様々な制約を課している。加えてデジタル書籍に関しては、利用者が実質的な所有権を持たず、閲覧の権利のみを購入しているのも議論の対象となっている。

●米・OverDrive社、2023年の図書館・学校におけるコンテンツ貸出件数が過去最高を記録したと発表 https://current.ndl.go.jp/car/208946
「2023年全体の電子書籍・雑誌及びオーディオブックの貸出件数は約6億6,200万回であり、2022年比で19増加したとあります。
増加の理由としては読書用アプリLibbyの新機能の導入や、人気新作タイトルの追加、より柔軟な提供モデルの導入が考えられる」

●「津高生の推し本」ネットで紹介 感想文とセット、本を探す手助けに [三重県] https://digital.asahi.com/articles/ASS2J73XZS28ONFB001.html
カーリル(図書館横串検索サイト)との共同作業案件。
「津高図書館の「推し本」のページには本の表紙がずらりと並ぶ。興味を持った本をクリック(タップ)すれば感想が読める。人気がある本には4、5人の感想が並んでいる。文末にハッシュタグ付きのキーワードを添えた感想も多く、検索の窓に「泣ける」などのキーワードを入れて本を探すこともできる。感想を読んで「いいね」も付けられる。」

●新「国立国会図書館サーチ」|国立国会図書館―National Diet Library https://www.ndl.go.jp/jp/use/2024renewal/01.html
・検索できる資料を国立国会図書館のみに限定したり、全国の図書館を含めたり、インターネットで閲覧できるデジタルコンテンツに絞ることができます
・キーワード等での検索結果には、関連する調べものに役立つ情報をあわせて表示

●海外の図書館等向けデジタル化資料送信サービスで印刷(プリントアウト)ができるようになります https://www.ndl.go.jp/jp/news/fy2023/240319_01.html
「送信サービスでは、国立国会図書館デジタルコレクションに収録された約180万点の図書、雑誌、古典籍資料(貴重書等)などがご利用いただけます。」

●大学の図書館資料、電子媒体21億円増…ジャーナル増加 https://reseed.resemom.jp/article/2024/03/21/8368.html
2022年度の図書館資料費は718億円と、前年度より13億円(1.8)増加。
・紙媒体の資料(図書と雑誌の合計):前年度比10億円(4.6)減の221億円
・電子媒体の資料(電子ジャーナルと電子書籍の合計):前年度比21億円(5.9)増の378億円
図書館運営費(人件費等を含めたもの)は746億円と、前年度より19億円(2.6%)減少。