専門書の未来

◎専門書の未来は電子出版(ebook+POD)とオープンとクローズの入れ子構造の工夫にある。

知識と本

「知識」は公共財です。誰でもがアクセスできるようオープンでなければなりません。

津波がここまで来たぞ、これより下に住むなといった石碑があちこちに残されていたことを3.11で私たちは改めて知りました。津波に関する知識を誰でもが共有し次世代に残すため、アクセスしやすくオープンにする工夫が石碑でした。また神話に無文字社会の「知識」伝達手段の役割があったことを最近の研究は明らかにしています。口承(オープン)で流布していた神話は、物語のカタチをとった「知識」伝達の手段だったのです。

現代においても「知識」は公共財ですが、他方知識を流布させる「本」は私的財です。私的財産性を担保するため著作権や私法・刑法が整備されています。本はオープンであるはずの「知識」について、その流通を担保する「本」制作産業を保護するためクローズの性格が付与され、結果「知識」に有償無償問題が新たに追加されました。

たとえば現代は膨大な専門知の織物の上に築かれる近代社会として存在しています。義務教育がなければ社会が社会としての体をなさなくなります。そこで各国政府は義務教育課程の「教科書」を無償で配布しています。有償無償が知識流通過程の新たな課題として浮上してきたからです。

口承社会や石碑の時代とはまた異なる工夫が必要なのです、現代の「知識」流通には。

これを「オープンとクローズの入れ子構造をどう工夫するか」、という問題と命名してみましょう。

そして21世紀にはいり、「オープンとクローズの入れ子構造をどう工夫するか」問題に画期が到来しました。デジタル社会です。

膨大な専門知の上に築かれる社会、その専門知にデジタル領域が加わりましたが、それは刷新が早い知識領域なのです。デジタル領域での知識の上書きが進むことは社会の上書きの速さを意味し、ひいては社会科学など非デジタル領域の知識にも更新が促されます。そのため学校教育だけでは足りず、生涯学習の時代がやってきました。

生涯学習の時代は興味と関心が駆動する学習社会でありネット社会です。人々の興味と関心のまえに「本」は開かれているか。「オープンとクローズの入れ子構造をどう工夫するか」問題に、ひとつの解を提示したのがiCardbook、新しい本のカタチです。

 

興味と関心が駆動する学習社会

デジタル社会、興味と関心が駆動する学習社会にあって知識探索の起点は「検索」です。

本も検索の結果、その存在が知られるようになります。本の存在を知らない(本のタイトルを検索キーワードにできない)人に検索キーワードから本を知らしめる工夫がなければなりません。なぜならそもそも書店や図書館、家庭の本棚が本の存在を知らしめる契機だったのが遠い昔になってしまったからです。

本の中に閉じ込められた知識たちは本を開いてはじめてその姿を現します(石碑や神話との絶対的違い)。

カード型専門書はこのオープンとクローズのジレンマを解く、ひとつの方法論として登場しました。個別の知識カードはネット世界にオープンであり検索の対象です。一方知識カードで編成されたiCardbookはクローズで産業社会の有償の対象物です。興味と関心からのキーワード検索で本の存在を知った読者がebookあるいはPOD(紙版)を購入して、体系だった知識が読者の手元に姿を現すというわけです。さらに個別カードには必ず「参考文献(書籍他)」がURL付きで表示されています。つまりiCardbookは知のネットワークを可視化するのです。

・iCardookの表示例

iCardbook 端末表示

 

出版のデジタルトランスフォーメーション

ただしebookは専門書の最終形態ではないでしょう。

学習者にとって紙版にはメリットがあります。(プリントオンデマンド=PODは電子出版のひとつの形態で紙版を作る仕組みです)

・一覧性
・あいまい検索に耐える
(例:あの画像の左下にあった文章をもういちど読みたい)
・線がひける/書き込みができる

他方ebookのメリットも学習にすてがたいです。

・キーワード検索
・かさばらない、重くない

加えてKindle読書機能には、紙版のメリットを再現しさらに強化したものがあります。

ハイライト(線が引けるに相当)/メモ(書き込みに相当)
(そして紙版にない、学習者に便利な機能)
ハイライトをそれだけ集めて表示する
・evernoteにハイライトを転送し、再利用できる
・単語から辞書をすぐにひける

また電子図書館はKindle読書機能を取り入れようと努力しています(全部ではないし、システムにより差がある)が、多量の本に対して一括横ぐし検索をするという、Kindleにはまねのできない機能を標準装備しています。

ということで生涯学習社会の読者にとっては紙と電子のハイブリッド読書が望ましい形態ということになり、出版社にとって専門書の未来は「電子出版(ebook+POD)」にあります。そしてそれを前提に「オープンとクローズの入れ子構造」をいかに構築するかが出版の経営課題になってくるでしょう。

出版そのもののデジタルトランスフォーメーション(DX)が待たれます。単に既刊の紙の本をデジタル化する電子書籍事業が出版業界に求められるDXではないのです。


◎知識カード単位のアーカイブサイト
iCardbook|知の旅人に 関心と興味の外に広がる、「知の世界」へ ようこそ https://society-zero.com/icard/