■日本は経済と社会をリセットできるか

社会の危機を変化の入口に

世界経済フォーラム(WEF)は6月3日、2021年1月に開く年次総会(ダボス会議)のテーマを「グレート・リセット」にすると発表しました。会議の六か月も前にアジェンダ設定し公表するのは珍しいことです。


(「グレート・リセット」の時 | 世界経済フォーラム https://jp.weforum.org/agenda/2020/06/gure-to-risetto-no/
【追記あり 記事の最後】

 

クラウス・シュワブ氏は、資本主義の変容、すなわち利益至上主義からSDGsを中心に据えた資本主義への転換を訴えています。

現在の経済制度や社会制度は、物的資本が中心だった時代に作られたもので、モノの大量生産や大量消費による成長を前提にした経営思想(フォーディズム)から抜け出せていません。それらは知識経済社会に不適合であるばかりでなく、富の偏在、格差を拡大させ、環境への配慮を欠き、社会の分断と持続可能性への黄信号を加速させています。

この状態を変えるのに、資本主義のシステムを再生・修復するとういう経路でなく、PCなどを一旦始動の状態にもどし、初めからやり直すことを意味する「リセット」で、というところに、主張の新しさがあります。

キーワードは、

・株主のための資本主義からステークホルダー(利害関係者)資本主義へ
・旧来型市場経済から社会的市場経済(Social market economy)へ
あるいは
・資本(の増殖)による課題解決から才能によるイノベーションによる課題解決へ

です。


●ダボス会議「リセット」議論 戦後システム時代遅れ シュワブ会長「弱者救済、次代への責任」 https://www.nikkei.com/article/DGKKZO59952560T00C20A6FF8000/
「世界の社会経済システムを考え直さないといけない。第2次世界大戦後から続くシステムは異なる立場のひとを包み込めず、環境破壊も引き起こしている。持続性に乏しく、もはや時代遅れとなった。人々の幸福を中心とした経済に考え直すべきだ」

●来年のダボス会議は「再起動」がテーマ、オンライン同時開催 | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン) https://forbesjapan.com/articles/detail/34946
世界のエリートが一堂に会するイベントとして知られるが、来年のダボス会議はオンラインと対面形式の両方で開催されることが決まった。


リセットの概念を援用する発想はフランスのマクロン大統領の発言とも呼応しています。

「人命を救うために世界中でこれほど大々的に経済活動をストップさせた前例はなく、(略)国際社会の資本主義の構造にも大きな影響を与えるだろう」「世界の国々が"利益"よりも"人"を優先し、社会経済的な不平等や環境問題にもっとオープンに取り組み始めることを願っている」

全ての国は今こそ「何か新しいものを発明」しなければならない
(フランスのマクロン大統領、新型コロナウイルスのパンデミックが資本主義を作り変えるだろうと語る https://www.businessinsider.jp/post-211515

 

資本主義見直しの機運はリーマンショックあたりから

「グレート・リセット」、「才能によるイノベーション」とくれば、ビジネスマンなら社会学者のリチャード・フロリダが書いた本、『グレート・リセット―新しい経済と社会は大不況から生まれる』を想起するでしょう。

フロリダの『グレート・リセット』はリーマン・ショック後に書かれたもので、副題にあるように、19世紀の「大不況(Great depression)」、20世紀の「大恐慌(the Great Depression)」など、これまでも実は「新しい経済と社会は大不況から生まれ」ていたことを実証し、今回(リーマンショック)も「社会の危機を変化の入口に」と訴えた作品でした。

フロリダばかりでありません。この記事の最後に添付してある「■参考URL」に並ぶ情報源で各識者が共有しているのは、世界経済に大きなショックを与えるコロナ禍が、リーマンショック以降の資本主義自体の変化を、さらに強く加速する可能性があると見ていることです。

ただ、心配なことがあります。日本は経済と社会をリセットできるのでしょうか。

 

縁故資本主義の日本は中国の国家資本主義を嗤えない

日本の資本主義があろうことか、60年代の東アジア諸国に対し冷ややかに使われた「縁故資本主義」に堕している、との指摘があるからです。

縁故資本主義(crony capitalism)とは新古典派の経済学者や国際機関が、アジア通貨危機を誘発した構造的な背景として指摘した事象です。つまり、政府官僚や企業役員との密接な関係がビジネスの継続、成功に決定的な要因となっている資本主義経済体制のこと。具体的には 法的許認可、政府認可、優遇税制措置、公共事業発注先の選定に、不公平さが見られるときに使われます。

安倍政権の「身内重視」「忖度」については、2016年の「森友・加計問題」でもさんざん批判されましたが、最近でも、政権に近いとされる黒川弘務東京高検検事長(63)の定年を半年間、延長することが、1月末の閣議で決められた問題など、同じようなことがいくつか起きています。

(いまさら聞けない 森友・加計問題とは:日本経済新聞 https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/fv20180523/


●姜尚中「縁故資本主義の日本は中国の国家資本主義を嗤えない」 https://dot.asahi.com/aera/2020061600012.html
「現在の持続化給付金をめぐる官製談合的な癒着の構造への疑念や、「GoToキャンペーン」をめぐる法外な事務委託費、さらに第2次補正予算案に計上されている空前の予備費など、国の財政は「打ち出の小槌」のように、クローニー(縁故)資本主義の「餌食」にされていないかどうか」

●安倍政権下でなぜ日本は「縁故資本主義」になったのか、その本質的理由 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73769
「コロナ禍以降、政治家や官僚との「縁故」が悪用されていると思しき事態が相次いだ。アベノマスクの生産では実績のない企業と随意契約が結ばれており、持続化給付金事業では実態のよくわからない企業が「再委託」を行って濡れ手に粟の金を稼いでいた。
今回だけではない。安倍政権下ではこれまでも、森友学園、加計学園の問題に象徴されるように、権力者との距離によって事業を有利に進められるか否かが決まっていると思われてもおかしくないような事態が起きてきた。」


 

新型コロナの影響が、感染者数、死者数で日本が欧米に比べ小さいことが、かえって為政者の危機意識を薄くしているのかもしれません。ちなみにリチャード・フロリダは米国の社会学者です。

人口当たり感染者数 世界

もっともダボス会議のクラウス・シュワブはスイス在住です。もともと持っている教養、見識の違いが意識の背景にあるでしょうか。

2020年7月7日時点で世界の感染者数は11百万人を超えています。世界の人々と共に、これからのwithコロナの時代を考えていきたいものです。

米国:感染者数 3,001,143/死者数 131,160/回復者数 916,015
スイス:感染者数 32,369/死者数 1,686/回復者数 26,800
(地図とグラフでみる新型コロナウイルスの感染者数 2020年7月7日 https://graphics.reuters.com/CHINA-HEALTH-MAP-LJA/0100B5FZ3S1/index.html

世界の感染者数


【追記】●2021年のダボス会議延期 新型コロナの影響で - SWI swissinfo.ch https://bit.ly/3gAUn6D

「グレート・リセット」を掲げたダボス会議、それ自身が「リセット」されてしまった。新型コロナが理由だ。そもそも新型コロナで世界が「リセット」されることを見越して、あるいはテーマ化すべきことを想定していたのだが、皮肉だ。

イベントがいつ、どこで行われるかは、明らかではない。

専門家によると来年1月に開催するには危険だが、主催者は同年初夏に開催する可能性が高いと言う。

詳細は「参加者と主催者のコミュニティの健康と安全を保証するために、すべての条件が満たされていることが保証され次第、すぐに」発表される予定だ。

 


 

■関連URL

●「コロナ後のニューノーマルへの備え」と「社会の危機を変化の入口に」 | ちえのたね|詩想舎 https://society-zero.com/chienotane/archives/8534
フランスのマクロン大統領は、「新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)には資本主義を作り変える力がある。」、とフィナンシャル・タイムズのインタビューでコメントしています。

 

●コロナ禍で加速、低成長もたらす投資・消費・労働の「非物質化」 https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00175/062900002/

21世紀に入り、資本主義そのものの転機が訪れている。資本の増殖、GDPの成長を旗印にしてきた資本主義が低成長を余儀なくされているからだ。低成長が常態となったのは、経済が物質から離れ始めたからだ。

根底にあるのは、人々がモノそのものよりも、モノにまつわる快適さ、安全性、デザイン性など非物質的要素に関心を向ける流れ。

消費:戦後60年代、70年代までのような爆発的な新商品がもうない。変わって出てきたのが、デジタル化・ネット化が進む中で産み出された膨大なデータ、それをもとに創造、構築されるサービス(非物質)へ、人々の支払が向かった。
投資:不動産や機械を所有するよりも情報資源を使って、より高品質なサービスを開発してこそ、付加価値を獲得できる。
労働:機械を動かすのではなく、頭脳を使うことではじめて売上増、収益確保につながる。必要とされる能力が大きくシフトしている。労働そのものも「非物質化」し、その労働の成果物も「非物質化」していく。
政策:大規模な財政出動と金融緩和を実施しても、経済が非物質化する状況下で経済に及ぼす乗数効果は、縮小するばかり。20世紀のような効果はもはや期待できない。

以上の変化をコロナ禍は加速させた。「テレワークにせよ、出張禁止にせよ、それで生産性を落とすわけにはいかないからデジタル化/データ化をさらに進めて自宅にいても仕事ができるようにし、日本にいても海外工場・拠点の運営管理が支障なく進むようにした」のだから。

 

●コロナ後の共同体意識の高まりは「富の偏り」を是正できるか https://diamond.jp/articles/-/241360

知識経済」化は、ITデジタル技術の進展によって1990年代後半以降、進展した。

「かつて付加価値の源泉は、資本(設備)や土地、労働力などの物的資本にあったが、「知識経済」の下では、無形資産、情報や知識が富を生み出す経済に移行した。
その変化にうまく対応できなかったことが、日本経済の過去30年余りの低迷の原因でもある。」

ところで知識経済社会の課題は、「テクノロジー封建主義(E・グレン・ワイル)」の回避だ。すなわち、「中世では、封建領主が農奴の安全を守る一方で、農奴は土地を耕す。封建領主は生きるために必要最低限の穀物を農奴に残す代わりに、保護の見返りとしてそれ以外の農産物を収奪する。
それを「知識経済」の今に当てはめると、我々ユーザーがせっせとデータのインプットを行い、SNSで楽しむのを許される代わりに、利益の大半は現代の封建領主たるプラットフォーマーが全部持ち去るというイメージだろうか。」

 

●米国をモデルにし、人やカネすべてが東京に向かう時代の終わり https://www.google.co.jp/amp/s/diamond.jp/articles/amp/241227

コロナ禍で多くの人が気づいたのは、人やカネの都市集中に象徴される効率性や便利さをひたすら追い求めてきた社会のもろさであり、その中で格差や貧困化が進んでいる深刻さだ。

“集団で一本の道を上る時代”だった昭和や平成の価値観や社会構造からの根本的な転換が求められている。少子高齢化や産業構造の変化で日本は成長・拡大の時代からポスト成長(非成長・非拡大)時代へのパラダイムシフトを成し遂げなければならない。

それには、「分散型社会」への転換が必要だ。それは、都市部から地方への分散にとどまらない。
・リモートワークないしテレワークなどを通じて、自宅などで従来よりも自由で弾力的な働き方ができ、仕事と家庭、子育てなどが両立しやすい社会のありようや、
・地方にいてもさまざまな形で大都市圏とのコミュニケーションや協働、連携が行いやすく、オフィスや仕事場などの地域的配置も分散的であるような社会の姿を広く指している。

「分散で自由度の高い生き方」、つまり、個人の生き方や人生のデザイン全体を含む、包括的な意味での「分散型」社会である。

 

●資本主義が「社会のためになっている」と考えるアメリカ人はわずか25% https://www.businessinsider.jp/post-214406

「まるで地球がレントゲン写真を撮ったかのように(ジョン・エルキントン)」、コロナ危機により今の資本主義が抱える問題が明らかになった。

戦後、先進国の盟主であったはずのアメリカが、コロナ禍にもだえ、まるで後進国になってしまったかのように、感染者数、死者数を伸ばしている。背景にあるのは、アメリカの格差と貧困の状況だ。

格差や貧困が大きい国や社会では、おのずと貧困層の生活環境がきわめて劣悪となり感染症の温床となる。さらにそのような国や社会では、貧困層の居住地域のみならず、中間層も行き来するような都市の「公共空間の全体」が劣化していき、都市全体に感染症が拡大しやすくなるのだ。

死亡者が圧倒的に多いのは黒人などの低所得者であり、彼らは感染しても富裕層のように十分な医療サービスを受けられず、またビジネスマンなどがテレワークのように感染しにくい状況で仕事ができるのに対して、物流や小売などのサービス現場で働く人(エッセンシャルワーカー)が多い。
感染する可能性も高く、そして営業自粛などが長引くと真っ先に失業の憂き目にあう。

 

●ポストコロナ「世界経済は根本的に変質する」(船橋洋一・細谷雄一) https://apinitiative.org/2020/05/18/9285/

国家権力は強すぎても弱すぎても経済成長はうまくいかないことを、『自由の命運』の著者たちは強調している。念頭にあるのは、80年代、日本を追い成長を目指した「四小龍」、韓国、台湾、シンガポール、香港。

この四カ国は<儒教的伝統に支えられた徹底した能力主義><厳しい入学試験制度><個人の自由よりも集団への忠誠心が優先される社会意識><自己研鑽への願望と努力>の4点を背景に、安定した権威主義的独裁政権のもとで経済発展を成功させた。

経済成長だけではない。コロナ禍で感染者、死者を欧米に比べ少ない被害で抑え込めた四カ国は、レジリエンス国家としての国家運営の優秀性を世界にアピールした。

コロナ禍を契機に、国家と国民との力の適切なバランスについて、また経済成長獲得の方程式について、西欧型民主主義・自由主義が見直されるかもしれない。

 

●安倍政権下でなぜ日本は「縁故資本主義」になったのか、その本質的理由 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73769
台風が来た、感染症が発生した、不況だ。そういった事態への対処について、企業であれば経営に失敗すると業績が落ち、それは給料・賞与に反映される。しかし公務員、議員の給料・賞与に影響はないか、あっても小さい。政策が失敗しても自分の懐は痛まない。

台風、感染症、不況といった事態に直面するごとに事後的にどうすべきか考えなければならないようなことには、政府は手を出すべきではなく、リスクを引き受けることができ、それにかかわる情報を把握している民間人に決定を委ねるべき。

だから、経済運営に関連して国家が行える役割・機能は、「リスク・決定・責任の一致」を促すようにすることに限るべきだ。具体的には民間人が事前にはっきりと把握でき、そのことによってリスクが減ることになるような、「ルール」制定に限定すること。

逆に「大きな政府から小さな政府へ」、「官から民へ」、「国家から市場へ」などといったスローガンのもと、民営化、民間委託、規制緩和、財政削減、国際的な市場統合などを推進すのは、リスクに無頓着な決定がなされるだけだ。

安部政権の「新自由主義」の行き着く先として、「規制緩和」が本来必要とされていたはずの姿からかけ離れ、逆に規制緩和によって本来変えるべき体質を怪物的に強化する結果となった。