■ヒカキンのコロナ医療支援募金と『愛の不時着』のミラー理論

人気YouTuberのヒカキンが5月21日、Yahoo!基金と協力し「コロナ医療支援募金」を立ち上げたところ、1日で14万人以上の方が寄付、金額も7600万円(5月22日時点)があつまったそうです。ヒカキンの言葉と行動は人々の共感を呼び、信頼を勝ち得、プロジェクトが成功裡に進みつつあるようです。


https://donation.yahoo.co.jp/promo/covid19_support/

ヒカキンは

「仮にもし僕がこの医療従事者として同じ立場だとしたら、もしかしたら自分は恐怖でにげだしてしまうかもしれない。僕には到底つとまらないと正直思いました。」

と、この募金活動の動機を語っています。

ここでヒカキンの行動を、ミラーニューロン、あるいはミラーリング理論に照らして考えてみましょう。

 

ミラーニューロン、あるいはミラーリング理論

イタリアのリゾラッティ率いる脳科学者の研究グループがアカゲザルの脳の中に他者と同調して反応する神経細胞を見つけ、ミラーニューロンと名づけました。人間の脳のなかには他者の行為を心的に模倣しているときに活性化するモジュールがある、というのです。ミラーとは、 他者の動作を見たとき、自分もその動作をしているかのように、つまり鏡のように脳内の神経細胞が活発化することに由来します。

日常生活で、生後間もない赤ちゃんが親の表情を模倣することはよく知られていますね。もっと卑近なところでは、定額制動画配信サービスNetflixで最近話題になっているラブコメ・ファンタジー作品『愛の不時着』の第15話に、ミラーリング理論が登場します。主人公の男性が恋人の女性の振る舞いを無意識にまねる(彼女が手を頬に当てると彼も頬に手を当て、彼女が腕を組めば彼も腕を組む)箇所がありました。

(愛の不時着第15話エピローグ https://ameblo.jp/emile0824/entry-12594766241.htm

ポイントはこの脳内モジュールが、自ら行動する時と、他の個体が行動するのを見ている状態の、両方で作動する点。つまり単なる情感や、認識のレベルだけでなく、行動や意思決定と連携しているのです。ちょうど『愛の不時着』の主人公が頬に手を当て、腕を組んだように。

人類は進化の過程でこの機能をさらに磨き、共感という能力を発達させ、人間固有の社会を作り上げてきました。共感とは他人の感情や経験を、あたかも自分自身のこととして考え感じ理解し、さらにそこから自身の意思決定や行動につなげていく能力のことです。

つまり、

共感 = 相手の事情や気持ちを理解し(情感・認識) + そのうえで問題を解決する(意思決定・行動)

この能力が共感なのです。

なぜそれが人類の社会性進化に寄与したのか。それは、人類という非力な種の生き残りに不可欠だったから。

共感により家族をクローズであると同時に、他の家族に対しオープンにすることができ、家族同士が協調、共同し、衣食住の生活基盤の獲得、維持をすることで、ようやく人類は数万年を生き永らえました。

家族は数人で構成され閉じていますが、それは同時に見返りを求めない人間関係の集団です。他方、複数の家族同士の間では損得勘定が働くでしょう。つまり見返りを求めるのが、家族を構成単位とする小規模集団、原始共同体の姿。この見返りを求めない家族と見返りを求める共同体を構造的有機体として連結する役割を果たしたのが、共感能力だったのです。

小規模集団、原始共同体では協調して狩りをし、みんなのもとへ獲物を運び、皆で分け合う。この分かち合う習慣。あるいは「」という行動原理の源流に「共感」があったのです。

人類は、家族と共同体、このふたつを両立させるために高い共感力を涵養し、相手の事情や気持ちを理解し、そのうえで問題を解決することで社会をより大きなサイズへと発達させ、文明を築き、国民国家の仕組みを考案し、今日に至っています。

 

「コロナ医療支援募金」サイトと共感能力

話しをもとへ戻しましょう。「コロナ医療支援募金」サイト動画のヒカキンの説明を前後に辿りなおすと、彼は募金活動を開始した経緯を次のように語っているのがわかります。

これまでもヒカキンは、東京都小池都知事と対談するなど新型コロナウイルスに関するさまざまな呼びかけを行ってきました。その過程でSNS経由、ある医療従事者から大変悲痛なダイレクトメールを受け取りました。そこで彼は自分でもいろいろコロナと医療従事者について調べてみたのです。

「医療従事者の方の労働環境を自分なりに調べていくうちに、感染防止の物資が足らずビニール袋や雨ガッパで防護服を作っていたり、毎日感染者の命を救うために、家族にも会わず頑張っている医療従事者が、差別されていることも知りました。」

そのことを憤りつつ、だがしかし、と彼の話は続きます。

「仮にもし僕がこの医療従事者として同じ立場だとしたら、もしかしたら自分は恐怖でにげだしてしまうかもしれない。僕には到底つとまらないと正直思いました。」

ここが「相手の事情や気持ちを理解し(情感・認識)」ですね。

「そんな中、今僕にできることは何だろうと日々考え、今回の募金立ち上げに至りました。」

これは「問題を解決する(意思決定・行動)」です。

募金は「分かち合い」のひとつのパターンです。そして集まった資金は次のように使われるそうです。これはまさに「公」の活動と言えないでしょうか。

「医療従事者の負担軽減、感染リスクの低減のための支援活動に活用させていただきます。

1.東京都などの自治体を通じて、医療現場にマスクや消毒液、防護服などの医療用品を配布
2.医療従事者のニーズに応じた活動を行うNPOへの支援
3.感染防止の活動を行うNPOへの支援

ニューノーマルの時代の、新しい「分かち合い」のカタチ

京都大学総長の山極寿一氏は、著書『人類の社会性の進化』の中で次のように述べています。

「家族と共同体は衣食住という暮らしの基本要素が支えてきた。

その要素(の生産と維持の責任)が(近代にいたり)個人に帰せられるようになったから家族も共同体も崩壊し始めたのである。

すなわち、超スマート社会の中でその三要素を再考することが、信頼できる社会資本の復活に繋がる。

かつてのように衣食住を「わかちあうもの」として楽しむ工夫を、情報機器を用いて実現すれば、昔とは違った家族や共同体が構成できるのではないだろうか。」
『人類の社会性の進化』[山極寿一著]より(カッコ内は筆者註)|・未来の家族 https://society-zero.com/icard/601922

情報化時代。つい数か月前までは、スマホ画面に閉じ込もることで家族内の分断、社会のコミュにケーション不全が起きることを危惧する識者や学者がたくさんいました。しかし2020年5月、私たちはそれまで予想もしなかった形で、この問題の解決方法を体験しつつあるのかもしれません。

コロナ禍のさ中、テレワークやテレビ会議に否応なく付き合わされています。いろいろ不都合なことがあったり大変ですが、同時に離れて会えない者同士、スカイプやZOOM、スマホのテレビ通話を使ってリモートの飲み会や、楽しいおしゃべりができることを発見してはいないでしょうか。この現象はヒカキンの活動と地続きです。ICTが介在する点で。

新しい生活様式、ニューノーマルの時代の、新しい「分かち合い」のカタチ、「公」の在り方が、ICTの力で姿を現しつつあるのかもしれません。

ちなみにヒカキン自身、この基金の募金第一号者として、なんと一億円を寄付しています。

 


■関連URL

●なぜ大脳化が起きた? | iCardbook|知の旅人に https://society-zero.com/icard/284003
英国の人類学者ロビン・ダンバーは、霊長類の脳の大きさと、群れの大きさとの間に相関関係があること発見した。社会脳仮説と呼ばれる。

●ダンバー数 | UX TIMES https://uxdaystokyo.com/articles/glossary/dunbars-number/
1993年に英国の人類学者ロビン=ダンバーが提唱したマジックナンバー。互いを認知し合い、安定した集団を形成できる個体数。この上限に向け、親密度における人間関係の階層がある、とする。

(ダンバー数 - 日々、思っては、書いて。 https://kohdai-0321.hatenablog.jp/entry/2020/03/05/%E3%83%80%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%BC%E6%95%B0

●社会集団のマジック・ナンバー | iCardbook|知の旅人に https://society-zero.com/icard/236082
食料生産を行わない現代の狩猟採集民のバンド(移動性の村)の平均規模は150人で、これはマジックナンバーと呼ばれている。おそらく農耕牧畜を始める前まで、人は見返りを求めない家族のような小集団と、互いに役割を認識して助け合う150人ほどの共同体で暮らしていた。

●サバンナに出た人類祖先 | iCardbook|知の旅人に https://society-zero.com/icard/156964
150人ほどの共同体を形成し始めたのは、熱帯雨林からサバンナへ人類が進出したことと関係がある。樹々の中に隠れた状態から、捕食動物の目に留まりやすいサバンナに出たからだ。食べられないよう、仲間と協力することが必要になった。

●危険な環境が人間に食物分配を促進させた | iCardbook|知の旅人に https://society-zero.com/icard/661529
森林を離れて食物が分散し、肉食獣に狙われやすい危険な草原へ出て行ったことが、食物分配を促進し、共感意識を高めたに違いない。

●難産と長い老年期 | iCardbook|知の旅人に https://society-zero.com/icard/413298
おばあちゃん仮説」:人類はほかの類人猿に比べ多産なのに、子どもの成長には時間がかかる。だから繁殖を終えてまだ体力のある祖母が娘の子育てを手伝い、食物を分配して孫の生存率を高めた

●奉仕する心と家族 | iCardbook|知の旅人に https://society-zero.com/icard/160223
食物の分配と共同保育によって高めた共感能力と協働能力は、自分の危険を顧みずに集団に奉仕するような精神へと発展し、それが新しい土地へと人類を送り出す力になった。

●ミラーニューロンの発見 | iCardbook|知の旅人に https://society-zero.com/icard/846366
脳内である神経細胞が、他の細胞に情報を伝達するためには、電気的な興奮を生じる必要がある。霊長類などの脳内で、自ら行動する時と、他の個体が行動するのを見ている状態の、両方で活動電位を発生させる神経細胞があることがわかっていて、これをミラーニューロンという。

●ヒョンビンに魅了されたアジア 「愛の不時着」シンドロームhttps://ameblo.jp/korokoaranomori/entry-12598815442.html
ドラマ『愛の不時着』はアジアを越えて英米圏でも注目されている。米国ワシントン・ポストが「必ず見るべき国際シリーズ推薦作」に選定したのに続いて、『フォーブス』が選定した「2019年最高の韓国ドラマ」に挙げられ、グローバルな人気を謳歌している。