おばあちゃん仮説とイクメン理論

少子高齢化はもはや耳慣れた単語になっています。ところがその「少子化」が想定を超えて進んでいるらしいことが最近わかりました。日本という社会を維持していけるか。日本人はとんでもない分岐点の上に、今いるのかもしれません。

・月別出生数推移(平成30年 VS 平成31年/令和元年(赤線))

(出生数の減少問題を日経新聞が報道してくれました。嬉しいです。 | 福岡大学経済学部教授 木下敏之の「九州経済論」 https://ameblo.jp/toshiyuki-kinoshita/entry-12549465380.html

「18年の日本生まれの日本人は91.8万人で、現在の減少ペースが今後も続くとすると、19年の出生数は87万~88万人程度になる可能性がある。10年前に比べて20万人程度少ない。1899年の統計開始以来、最少だ。(19年の出生数が急減 1~9月、5.6%減の67万人 :日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52631090W9A121C1EE8000/ )」

おばあちゃん仮説とイクメン理論に私たちはもっともっと耳を傾けたほうがよいのではないでしょうか。


ちなみに最近の科学研究で、シャチにも「おばあちゃん仮説」が当てはまることが報告されました。

「おばあちゃん」という存在

とかげなどの爬虫類や蝶などの昆虫は卵を産みます。他方、私たち人間などの哺乳類は赤ん坊を産みます。哺乳類は基本的に有性生殖を行い、多くの種が胎生で、乳で子を育てるのが特徴。その多くは陸上生活をしますが、クジラのように水中生活に適応したグループもあり、現在、世界で約 4200種が知られています。

有性生殖、つまりセックスをする、そのための組織を哺乳類は有しています。しかしこの4千種を超える哺乳類の中で、「閉経」をするものは例外的で、わかっている範囲では、人間とコビレゴンドウ、そしてシャチだけです。

このシャチについて、学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」は2019年12月9日号で、シャチが閉経後に長生きするのは「孫のため」だとする研究結果を発表しました。
(Postreproductive killer whale grandmothers improve the survival of their grandoffspring | PNAS https://www.pnas.org/content/early/2019/12/03/1903844116

人間とコビレゴンドウ、そしてシャチ、この3種の生物以外は死ぬ直前まで子供をもうけるべく生殖活動をするわけですが、単純に考えるとそのほうが、「種」の増大に向いている。理に適っていると考えられます。つまり基本的に生物は「寿命」と「繁殖年齢」がほぼ一致しているのです。

ではなぜ、シャチのメスには「閉経」があるのか。「寿命」と「繁殖年齢」が一致していないのか。裏を返すと、なぜ「おばあちゃんの時代」が生命の始まりと終わりの間、生活史の中に組み込まれているのか。その答えが集団の維持、増大にある、というのが研究者たちの結論でした。

シャチは人間同様、互いに協力し合う共同生活を営んでいます。つまり社会を形成しているのです。「シャチは、最大40頭ほどの固く団結した群れを形成し、極地から赤道近くまでの広い範囲に生息している。肉食性で、場所によって魚からクジラまでさまざまな獲物を食べ、狩りを行うときは群れで協力し合」って生きています(シャチが閉経後に長生きするのは「孫のため」 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/121000719/?P=1 )。

「シャチは非常に特異な社会システムを有しており、子どもはオス・メスともに自分の生まれ育った社会集団を離れることなく、母親が死ぬまで一緒に生活」します。

かねてより「人間の女性と同じように、シャチのメスは30歳過ぎまで子どもを産むが、その後も50年ほど生きて、家族の世話をし、知識や技能を若い世代に伝え、共同体の中で指導的役割を果たす。メスがずっとそこに居続けることは、若いオスの子どもの生存率を大幅に向上させる」と推定されていましたが、今回の研究で実証されたといわれているのです。
(シャチに更年期? 閉経するまれな動物 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/8468/

今回科学者たちは太平洋岸北西部で数十年にわたってシャチの群れを分析してきました。

その結果、共同生活をするシャチたちにとって、「おばあちゃんと一緒にいる孫の方が、そうではないシャチよりも生き延びる確率が高いことを突き止めた」のでした。逆に「おばあちゃんシャチが死ぬと、その後2年間は孫の死亡率が大幅に上がることもわか」りました。そこで「シャチは母系集団を形成するので、食料源などの重要な情報を持つ高齢のメスが、群れの生死を左右しているのかもしれない」と結論付けています。

「おばあちゃん仮説」

この結論は人間についてかねてより提示されていた「おばあちゃん仮説」とも適合的です。日本で研究を続け、現在は国立研究開発法人農業環境技術研究所の上席研究員である、デビッド・S・スプレイグ氏の『サルの生涯、ヒトの生涯——人生設計の生物学』にその詳しい解説があります。また京大総長山極寿一氏の『家族進化論』でも触れられている内容です。

閉経し、繁殖力を失ったあとも生き続ける「人間のメス」の、動物としての不思議。実はこの「おばあちゃん」の存在こそが、人類が他の生物に比べて飛躍的に発展し、社会の規模を拡大させるための重要なひとつの要素だった、というのが「おばあちゃん仮説」です(難産と長い老年期 https://society-zero.com/icard/413298 )。

「おばあちゃん仮説」とは、

人間の女性が自らの出産・育児を終えたあと
・若いころの知恵と経験を生かして
・自分の娘や血縁者の子育てを援助することにより
・家族とその家族が属する集団の繁殖成功度を上昇させることができた

とする仮説です。

シャチの研究成果はこの仮説は補強するものともいえるでしょう。

人間の社会性はシャチのそれよりはるかに進んでいます。これは脳増大とも関連します。脳の増大が知性を磨く土台をつくり、共同保育が知的能力を社会性の深化、進化へと導ていったということがわかっています。

イクメン理論

上の山極氏が長年の研究をコンパクトにまとめた『人類の社会性の進化』には次の一節があります。

「脳容量の増大は子どもの成長に大きな影響を与えた。脳の成長に多大なエネルギーを必要としたため、身体の成長が遅れ、育児に大きな負担を強いるようになったのだ。

ヒトはこの課題を、母親だけでなく、父親や他のおとなたち、それに年上の子供たちがこぞって育児に参加する社会性を育てることで解決したのだろう。この共同保育によって高められた共感能力がおとな同士の間に広げられ、相手の立場に立っていっしょに問題を解決する社会性が発達した。」

「イクメン」はアカデミック世界では定説になっている理論なのです。

つまり人間は「種」の誕生以来、イクメンが当たり前の姿だったのです。共同保育には当然男性も加わっていました。農耕が始まる前、狩猟採集生活をおくっていたころのことです。

そして共同保育で人間は共感能力を養い、社会性を高めていったと考えられています。たとえば、「ネアンデルタール人でも介護がなければ生き残れなかった重い障害を持った人骨が出土」しています。このようなことは「家族に由来するであろう、奉仕する心の存在なしに」は起きえません(奉仕する心と家族 https://society-zero.com/icard/160223)。

お互いに助け合う、高度な社会性を発達させた人間は、「おばあちゃん」と「イクメン」でここまで進化してきたのです。

わたしたちが日本という社会を維持していけるか。日本人の存続可能性は「おばあちゃん」と「イクメン」のがんばり、共同保育をいかにサポート、実現するかにかかっています

※上の山極氏が長年の研究をコンパクトにまとめた『人類の社会性の進化』の下巻「共感社会と家族の過去、現在、未来」の一部は下記URLから立ち読みができますよ。
・第七章 心の理論とコミュニケーション革命 『共感社会と家族の過去、現在、未来』より  https://society-zero.com/icard/2982