「クジラのiPhone」と生態系エンジニア

米スタンフォード大学の研究チームが、ザトウクジラ、セミクジラ、シロナガスクジラなどの、ヒゲクジラ類の摂餌量について新しい知見を提供しました。その成果を踏まえると、「商業捕鯨が始まる以前、ヒゲクジラ類は、全大陸の森林生態系と同等の炭素を環境から除去していた」というのです。2021年11月3日付けの科学誌「ネイチャー」に発表された研究成果です。

豊富な水を抱える海洋は「生物ポンプ」や「炭素の貯蔵庫」の異名を持っています。

大気中の二酸化炭素を海が吸収するメカニズムを「生物ポンプ」と言います。化石燃料の燃焼によって生じた二酸化炭素のうち少なくとも4分の1が生物ポンプによって海に取り込まれています。主なプレイヤが海の表層を浮遊する植物性プランクトン。

実はクジラがこの生態サービスの一翼を担っています。クジラは数百メートルの深い海で鉄分などを含むオキアミを食べ、海面に浮上して糞をします。海に浮いた、その糞を植物プランクトンが摂取し、光合成によりスポンジのように炭素を吸収してくれる。つまり、ヒゲクジラ類は糞を介して深海から表層へ、炭素、窒素、鉄などの重要な栄養素を移動させる生態系エンジニアとして働いているのです。
・鯨は海の栄養循環に貢献

(クジラは想像以上の大食いだった、従来推定の3倍も、研究 https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/21/110500542/

今回の研究が画期的なのは直接的な観察から得られた知見だという点。数十メートル規模の身体を有するクジラ。広大かつ深遠な海空間。こういった制約があることから、科学者たちはこれまで摂餌量について、近縁種や同程度の大きさの動物を参考にした推定値を出すにとどまっていました。

それをICタグとドローン、ソナーを組み合わせることで解決したのです。クジラの背中に取り付けたICタグ(下図の黄色と緑色の端末)には、加速度計、磁力計、GPS、光センサー、ジャイロスコープ、カメラなどが搭載されていて、スタンフォード大学の研究チームは「クジラのiPhone」と呼んでいたとか。
・ICタグで判明した新事実:クジラは生態系エンジニア

(Baleen whale prey consumption based on high-resolution foraging measurements | Nature https://www.nature.com/articles/s41586-021-03991-5

無論、今回の新しい知見から、クジラを保護しさえすれば気候変動を食い止められるというわけではありません。複雑な均衡の上に成り立つのが地球の生態系です。その地球システムの総体を俯瞰し、新しい世界のありかたを構想することがポイントとなるのでしょう。

そして「地球システムの総体を俯瞰し、新しい世界のありかたを構想する」ということになると、クジラの話から、「人新世」へ、連想はつながっていきます。「人間の活動が生態系の状態を決定する最も重要な要因となった時代区分」、が「人新世」だからです。

 

 


そもそも「人新世」って 何?
ハッシュタグ(#)としての「人新世」
「人新世」とは そのデータ群・事実認識