そもそも「人新世」って 何?

◎地質年代区分のひとつ、「第四紀」に込められていた問題意識や論点設定から産まれた新語が「人新世」。地質学会が区分厳密化の過程で「第四紀」の呼称をフェードアウトさせる中、問題意識や論点設定の要素を取り出し、むしろ地質学会の外、環境学や人文社会系で沸騰ワードになりつつある。近時、経済思想史、哲学といった学問領域から再考の声があがり、環境問題と格差問題を通底する概念として「資本新世」の語も◎

この記事では前半を扱います。

ちなみに日本第四紀学会により、あるいはその主要メンバーにより、朝倉書店からは『第四紀学』が2003年に、『地球史が語る近未来の環境』が2007年に東京大学出版会から刊行されています。他方『人新世の「資本論」』の刊行が2020年。ちょうど日本では2007年、第四紀がGoole検索でピークをつけ、漸次低落した後を受け、人新世が2021年に俄然人々の注目を集めています。
・Google検索における、第四紀と人新世

人新世と第四紀 Googleトレンド


【目次】
そもそも「人新世」って 何?
ハッシュタグ(#)としての「人新世」
「人新世」とは そのデータ群・事実認識


 

■第四紀とは

「第四紀」に込められていた問題意識や論点設定から産まれた新語が「人新世」だとすると、「第四紀」を知る必要があります。

約46億年の地球の歴史がまずあります。地質学はここに時代区分を設定してきました。

最初に「冥王代」「太古代」「原生代」という大ぐくりがあり、「顕生代」に入ります。化石に残るような生きものがたくさん出てきた、ということで「顕生」です。カンブリア爆発で幾多の、いまに至る(あるいは途中で絶滅した)膨大な生命体の種が顕れたのです。顕生代はさらに3つに区分され、「新生代」が哺乳類と鳥類の時代、そして新生代の中で一番新しい「第四紀」が人類の時代に当たります。「第四紀」は地球の長い時間の中ではホンの一瞬の時間ともいえますが、とにかく、その時間軸の突端にわれわれが、いま居ます。

・地質時代:顕生代/新生代/第四紀

・地球時計

(地質時代 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E8%B3%AA%E6%99%82%E4%BB%A3

地質学はもともと18世紀ころから地層を、堅さ、変質度、構造などをもとに分けて、古いほうから第一紀というようにして四つに区分していました。ただヨーロッパ各地でさまざまに使われたため矛盾が多くなり、四区分法はほとんど使われなくなりました。

代わって、古生代、中生代、新生代という新しい概念が生まれ、第三紀と第四紀は新生代の中の区分として生き残りました。日本でつい最近まで、中学、高校の教科書は「第四紀」までの細区分を使用していましたが、令和三年版教科書から「古生代・中生代・新生代」へ簡素化されました。

古生代:魚類、両生類の進化と生物の陸上進出
中生代:爬虫類の時代
新生代:鳥類・哺乳類の時代

なお、世界大百科事典によると、第四紀の「読み」は慣用的に「だいよんき」と読まれるのですが、正しくは「だいしき」だ、と記述されています。

 

■第四紀学の問題意識

学会組織として面白いことに、地質学会とは別に、第四紀学会が設けられています。世界組織がありますし、日本では1956年に発足しました。

人間と自然の関係が、他の生物種と地球との関係とは異なる、というポイントが地学研究を進める間に強く意識されてきた結果です。何が違うかというとエネルギーの利用形態です。

生物は、太陽エネルギーを原動力にして動いている。ところがたくさんの生物の中で唯一、石炭・石油・原子力などを利用して、自前のエネルギーで動く、ヒトという種が現われた。
・エネルギーで観る人類史の3パターン


(総合研究大学院大学・長谷川眞理子学長の制作図画)

もともと地球という物体の周りは大気が取り巻いていて、その中に鳥や哺乳類が生活しています。つまり岩石でできている地球は「岩石圏(lithosphere)」、それを取り巻く大気が「大気圏(atmosphere)」、その中に生物が生きている部分を「生物圏(biosphere)」といい、三層構造の空間認識を、地質学はしています。自前のエネルギーで動くようになったヒトは、生物圏の中に「人間圏(anthroposphere)」と呼べるものをつくってしまったのではないか。この問題意識です。第四紀学が作られた契機は。
・岩石圏(lithosphere)/大気圏(atmosphere)/生物圏(biosphere)

・生物圏の中に「人間圏(anthroposphere)」ができてしまった

(総合研究大学院大学・長谷川眞理子学長の制作図画)

具体的には、

「第四紀の地球は氷期・間氷期をくりかえすなかで自然界を変化させ、人類はその環境変化のなかで人間世界を作りつつ地球の自然を大きく変える存在となった。」

これです。

そこで、第四紀学とは、

「過去と現在における自然と人類の関係を理解し、地球環境と人類の未来について考える」
(いずれも日本第四紀学会 http://quaternary.jp/index.html のHPから)

学問となり、多分に学際的な活動を行っています。地質学、地理学、古生物学、動物学、植物学、土壌学、人類学、考古学、地球物理学、地球化学、工学などの様々な研究分野の研究者によって「日本第四紀学会」は組織されています。

他方、本家の地質学会は年代策定の厳密性に、自らの学の科学性を担保しようとする傾向があり、「第四紀」の呼称には次第に重きを置かなくなっているのです。日本の教科書で「第四紀」が使用されなくなることはすでに触れました。

「第四紀」の名称をめぐるこれらの動向に、まるで平仄を合わせるように、その問題意識を受け継ぐように提言されたのが、「人新世」です。

「人間圏」の英語表記は「anthroposphere」で、人新世は 「anthropocene」です。空間認識を時間認識へ昇華させたのが「人新世」。「読み」は第四紀同様、「じんしんせい」または「ひとしんせい」が併存、固まっていません。

後半はコチラ


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ハッシュタグ(#)としての「人新世」
「人新世」とは そのデータ群・事実認識


 

関連クリップ

●第四紀の定義 http://quaternary.jp/news/teigi09.html
「新たに第四紀の始まりとされた時期には地球全体で気候の寒冷化がおこり、 南北両半球に大規模な氷床が形成されるようになりました。そして,この時期から氷床の拡大・縮小が繰り返され、氷期・間氷期の交代で特徴づけられる第四紀の気候変動・環境変動が始まりました。 人類はこれらの気候と環境の変動に対応して進化と拡散の歴史を重ねてきました。」

 

●第四紀の時代区分が変わるってどういうことですか? 日本地質学会 - 地球史Q&A http://www.geosociety.jp/faq/content0203.html
2009年に国際地質科学連合(IUGS)は長年、地質区分として不確定であった第四紀を正式な紀/系として認め、その始まりをこれまでの181万年前から258万年前に変更する新たな定義を批准した。
・変更

(地質時代区分・第四紀の再定義 https://www.geolab.jp/science/2011/06/science-064.php

 

●環境用語集:「人新世」 https://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=4676
記事作成・更新日:2019.06.27
「国際地質科学連合などによる現在の地質時代区分では、6600万年前に始まる「新生代」は、古第三紀、新第三紀、第四紀に区分され、その中で258万年前に始まる「第四紀」は、1万1700年前を境に「更新世」と「完新世」に区分されている。」

その「「完新世(Holocene)」(1万1700万年前?現代)から、人類による地球環境への影響が顕著になった近年だけを切り離そうと提案されている新区分名が「人新世(Anthropocene)」。
・哺乳類が顕れた新世代と第四紀

・人新世?

(総合研究大学院大学・長谷川眞理子学長の制作図画)

 

●地質学的な時代区分 「人新世」として新たな定義検討で調査 | NHKニュース https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210622/k10013096731000.html
「地球の歴史は、地質に残された特徴を元に時代が区分されており、(略)およそ1万年前に寒冷な気候が終わってから現在までは「完新世」とされていますが、分解されにくいプラスチックや化石燃料を燃やしたときにでる微粒子、それに、環境汚染をもたらす化学物質など、人類の活動の痕跡が地質に残り始めているとして、現代を「人新世」という新たな時代に区分できないか、国際的な学術団体が検討をはじめています。」
・人新世(過去150年)に起きたこと
人口/総エネルギー消費量・年/一人あたりGDP
※横軸は「0(現在)」からの遡り=左端は1万2千年前

(総合研究大学院大学・長谷川眞理子学長の制作図画)

 

★The Anthropocene: Comparing Its Meaning in Geology (Chronostratigraphy) with Conceptual Approaches Arising in Other Disciplines https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1029/2020EF001896
「人新世」の名称は、もともとオゾンホール研究がきっかけ。大気化学のノーベル賞研究家Paul Crutzenが2000年に、近代において人類が地球に及ぼした影響に鑑みれば、新たな地質時代を定義すべきだとした。あくまで地質年代定義が主な舞台の名称提案だった。
始発地点が争点で、いまだ世界地質学会のオーソライズは得られていない。「イギリス産業革命後の18世紀後半」説もある。ただ近時、1950年以来の「グレートアクセラレーション」と結び付けられるのが一般的になっている。

そしてこの20年間で、地質学、地球科学だけでなく社会科学や美術・人文科学において、活発な議論を呼ぶ概念となっている。

 

★Great Acceleration - IGBP http://www.igbp.net/globalchange/greatacceleration.4.1b8ae20512db692f2a680001630.html
地球システムへの人間の影響は、単純な因果関係では説明できない。まるでドミノ倒しのように、ひとつの人間主導の変化が、多数の応答を地球システムの中に引き起こし、事態は複雑に相互に関係しあいながら変化が加速している。この結果、地球システムの機能を示す多くの重要な指標が劇的な変貌を遂げていて、1950年以降を「Great Acceleration(グレートアクセラレーション)」と呼び習わす。

「(本記事プレスの2015年から数えて)過去60年間、人類の歴史の中で、自然界との人間関係の最も深刻な変化が見られたことは間違いありません」。
・都市人口の推移

・肥料の使用量

 

●フードシステムを通じた気候変動対策強化 https://www.jircas.go.jp/ja/program/program_d/blog/20200904
「作物・家畜・樹木・微生物の再生産にかかわる収穫の人為的な選択や化学的な汚染過程を通じて、人類は直接・間接的に種の生存と滅亡を決定し、地球を覆う生物圏を改変し、プラネタリー・レベルで地球システムとその生物圏に影響を及ぼすようになっています。」
・グローバル・フードシステムは、生物多様性の喪失/土地利用の転換/水資源の枯渇/陸水域生態系の汚染の主要な要因

 

●世界的に進む絶滅に関する最も衝撃的な9つの事実。それを食い止める方法 https://jp.weforum.org/agenda/2020/11/ni-mu-ni-suru-mo-na9tsuno-sorewo-i-meru/
1970年以降、脊椎動物の個体数は3分の2に減少(哺乳類、鳥類、両生類、爬虫類、魚類)。

「専門家たちは、世界の生物多様性の喪失の60%、そして二酸化炭素排出量の約4分の1は農業によるものであることから、地球を守る最良の方法のひとつは、世界的な食料システムの変革だと考えています。」

 

●過去50年で生物多様性は68%減少 地球の生命の未来を決める2020年からの行動変革 |WWFジャパン https://www.wwf.or.jp/activities/activity/4402.html
・このままの場合(灰色線):社会、経済はこれまでどおり、環境保全と持続可能な生産と消費への取り組みは限定的
・環境保全強化シナリオ(緑線): 環境保全地域の拡大と管理強化、回復保全計画強化の対策をした場合
・環境保全+持続可能な生産+持続可能な消費シナリオ(黄線) :環境保全の強化、持続可能な生産対策、持続可能な消費対策のすべてを組み合わせた場合

 

●「人新世(アントロポセン)」における人間とはどのような存在ですか? https://www.10plus1.jp/monthly/2017/01/issue-09.php
「現在、すでに完新世は終わっており、新たな地質年代に突入しているとする学説が真剣に検討されている。新たな地質年代の名は「Anthropocene」(アントロポセン)、人類の時代という意味だ。日本語では「人新世」と書き、「じんしんせい」または「ひとしんせい」と読む。人類の活動が、かつての小惑星の衝突や火山の大噴火に匹敵するような地質学的な変化を地球に刻み込んでいることを表わす新造語である。」

 

●人間活動を指標に、新たな地質年代 https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v8/n8/%E4%BA%BA%E9%96%93%E6%B4%BB%E5%8B%95%E3%82%92%E6%8C%87%E6%A8%99%E3%81%AB%E3%80%81%E6%96%B0%E3%81%9F%E3%81%AA%E5%9C%B0%E8%B3%AA%E5%B9%B4%E4%BB%A3/36571
「人新世」は当の地質学会で、認知を受けた命名ではまだない。

地質学的時代の命名を管理する組織、国際層序委員会(ICS)の検討作業グループのヘッドを務める、レスター大学(英国)Jan Zalasiewiczは、「時期尚早と考える人もいれば、傲慢、無意味と考える人もいると思います」としたうえで、自身についても「公式には完全な中立を保っている」、と。

 

■参考文献

『人新世の「資本論」』

『第四紀学』

『地球史が語る近未来の環境』