■コロナの大学へのインパクト 生まれるか教育の「ニューノーマル」

「ペストがルネサンスや宗教改革のきっかけとなったように、新型コロナの収束後は、働き方も学び方も生き方も今とは違ったより良いものに進化する。(出口治明・立命館アジア太平洋大学学長)」

OCW、MOOCから教育のデジタル化(DX)へ

日本の教育界において大学は、デジタルコンテンツ制作に関し10年を超える実績がある。米国MITがはじめたOCW(オープンコースウェア ;Opencourseware)は授業内容を映像に撮り、あるいは講義資料をデジタル化してそれらを大学のHPで公開する活動。米国で2003年に、日本では2005年(JOCW|現在はオープンエデュケーション・ジャパンが名称)にスタートした。主に大学を学外に公開する点(大学のオープン化)に意義があった。

このあとをMOOCの(大規模公開オンライン講義;Massive Open Online Course)活動が追いかける。学習の権利、学習へのアクセスを担保する社会活動として意義がある。つまり教育のデジタル化(DX)が念頭にあり、有料化・無料化の両方があるうえ、運営主体も大学に限らない。2006年に米国で、2013年に日本でも(JMOOC)始まった。

ただし本格的な取り組みに至っていたのは、これまで先進的な一部の大学に限られていたのも事実。他方、校務のデジタル化やPC、ネット回線の整備などはいまや当たり前で、大学運営のICT化はほとんどの大学が進めている。大学図書館の電子図書館システムの導入も一般的になっている。

喩えれば「電子化を買う」活動が十分に普及するなか、「電子化で授業を作る(=教育のデジタル化)」活動は一部の大学、一部の学部、あるいは一部の教職員が担っていた。そこへコロナによる一斉オンライン授業が発令された。

 

コロナとオンライン授業

文部科学省は、「対面授業」に代え「遠隔授業」を活用するよう通知を出した。コロナの影響で大学の過半は開始時期の延期を迫られたうえ、遠隔授業への切り替えを余儀なくされている(実施できているのは66.2%)。その中で対応が比較的できている国立大学とそれ以外との差が歴然となっている。
・授業開始時期(5月13日文科省発表)

・遠隔授業の実施状況(5月13日文科省発表)

(国立大の83%が遠隔授業を実施…文科省5月調査  https://resemom.jp/article/2020/05/14/56237.html

多様なメディアを高度に利用して行う授業を文科省は「遠隔授業」と定義。つまりテレビ会議システムを用いた「同時双方向型」や、オンライン教材を用いた「オンデマンド型」授業がここに含まれる。

文部科学省はこの遠隔授業について、対面の授業と「同等の効果」があるよう求めている。大学授業の情報化は21世紀に入ってから急ピッチで進んできたものの、モノ・情報環境の大学間格差以上に、ヒト・授業コンテンツの制作面やオンラインでの運用ノウハウに壁がある。そして平成年間進んできた教職員の「非正規化」がこれに拍車をかけている(補論参照)。

また平時に遠隔授業の経験があっても、コロナ禍で起きているのは全学、全授業での遠隔授業、オンライン教育であり、予期せぬ事態が生じ、なかなか理想通り、計画通りにことは運んでいない。

(コロナで危機の大学教育、遠隔授業は救世主になるか https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60341

 

浮き彫りになった課題とハイブリッド型学習

実際始めて見て次のような問題が浮かび上がっている。

・選定した課題図書を絶版で、学生が参照できない
・図書館閉館で論文執筆に支障
・オンラインの容量の問題
・オンラインに向かない授業がある

最後の点は「ハイブリッド型学習」への展望と同時に議論となっている。

スタンフォード大学や立命館アジア太平洋大学(APU)で教えたことのある中田行彦氏は、オンライン/オフラインの向き不向きについて次のように述べる。

「西洋人は、知識は明白なので言葉や数字で表すことができると考える。これを「形式知」と呼ぶ。遠隔授業は、言葉や数字で表し、デジタル化して電送するので、「形式知」は扱いやすい。」

そして次のような図で、オンライン授業・学習に向く対象とそうでない対象を整理している。

要は座学が主体の授業、そのせいで現在でも大人数で行っている一方通行タイプの授業は、動画でも十分。むしろ動画にすることにより、物理的制約がはずれさらに膨大な生徒に対し授業が行えるメリットがある。

ただその場合、生徒からすると比較ができる。結果、オンラインの一方通行型授業は、「できる先生」に生徒が集まることになる。実際MITがOCWで目論んだのはそういうことで、質の高い授業を世界に公開し、優秀な生徒を世界から集めようとした。

他方ディスカッション等での気づきをサポートするような双方向タイプの授業や、実験などリアルな空間が必要な授業はオフライン、ということになる。

教室が必要な意義、対面やキャンパスが必要な意義が再度検証の対象となり、オンラインとオフラインとを組み合わせた「ハイブリッド型」が、将来の大学の授業の理想像となる可能性が見えてきている。

「短期的には、遠隔授業を問題なく実施することが必須だ。名古屋商科大学の先行事例が参考になるように、PC等の受信環境の整備、事前のノウハウ蓄積、予算の確保、入念な研修等が必要だ。私も対応に奮闘中である。

長期的には、対面授業と遠隔授業に各々の長所があることが明確になったため、各々の良いとこ取りをする新しい教育方法が開発できるはずだ。」

 

_____________

 

■関連URL

●日本の教育情報化遅滞や情報機器死蔵率【セミナー備忘録】 https://society-zero.com/chienotane/archives/5390
教育のデジタル化(DX)に必要な新しい「学習観/教育観」とはなにか、というとそれは視座の転換のことである。

「何を知っているか」から「何ができるか」へ、

「知識注入型」教育から「参加学習型」教育へ、

「ICT教具論(教員主導型)から、ICT文具論(学習者中心型)へ、

●本屋が思わず懇願「学校の生徒さんの持参する課題図書リストが絶版だらけ。せめて買えるものにして」 - Togetter https://togetter.com/li/1500444
「「教授から『ゼミの授業で使うから揃えておくように』と言われたのでこのリストの本を注文したい」と大学生のお客様から渡された教授直筆リストに書かれてた本(確か10冊程)が全部絶版か品切重版未定でお客様と共に途方に暮れました」

別にKindleで売ったらいい。PDFを安価に売ったらいいと思う。どっかに絶版本のPDFを寄付するサイトできないものだろうか。

●最終集計結果 「図書館休館による研究への影響についての緊急アンケート
https://7a64ccfc-4343-4e56-831b-78b6fa3c99c3.filesusr.com/ugd/f24217_d960f0ab8d794eed98a28baab93f4312.pdf
代替実施策:
私費での購入が65.4%、
オンラインデータベースや電子ジャーナル等の利用が60.8%
支援要望案:
デジタル化資料の公開範囲拡大を望む人が75.7%、
(例:国立国会図書館内限定送信の資料を館外利用可能にする等)
郵送貸出等の来館を伴わない貸出を望む人が73.0%、
(例:文献の郵送や一部電子化等)
予約受取等の館内閲覧を伴わない貸出を望む人が66.3%
(例:事前予約した文献の受取のみ等)

●新型コロナ禍の授業開始⽇に 早稲田大学で起きたこと 早稲田大学図書館長
https://www.nii.ac.jp/event/upload/20200515-8_Fukazawa.pdf
実際には、多くの⼤学で、想定していなかったような問題が起きている、と。実況中継的報告。
• 「完璧」は難しい
• 重要なことは、何か起きた時、できるだけ迅速に対応すること/対応する準備をしておくこと

●新型コロナ:遠隔授業に四苦八苦 アクセス殺到、通信環境も課題  https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59193790V10C20A5CN8000/
「文部科学省は遠隔授業について、対面の授業と「同等の効果」があるよう求めており、学生とのやり取りや、リポート提出などによる理解度の把握が欠かせない。」
しかし、「教員の負担が大きく、短い準備期間で対面と同じ学習効果を維持するのは現実的に難しい。正直不安しかない」。

●早稲田大学、11日から全面オンライン授業も... 学費などめぐりなお議論 https://www.j-cast.com/2020/05/08385637.html?p=all
教育サービスが予定通り受けらられないのだから減額して欲しい、と学生。電子ジャーナル等の高額支出と家からもアクセス可能を理由に拒絶する大学。その一方、「非常勤講師はアクセスができないと苦言」も。

●新型コロナ:大学サーバーがダウン 遠隔授業開始の影響か https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58960380R10C20A5CR8000/
11日から全面オンライン授業もたちまちサーバーダウン。

●コロナで危機の大学教育、遠隔授業は救世主になるか https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60341
考えさせる授業は遠隔授業に向かない。立命館大学。
・大学での「対面授業」の事例(映像教材、小グループ討論・発表を組合せた筆者の事例。筆者撮影)

●データダイエットへの協力のお願い:遠隔授業を主催される先生方へ
https://www.nii.ac.jp/event/other/decs/tips.html
たとえば、
・板書の様子は中継せず、資料をファイルとして共有する
・双方向の通信は質疑応答や議論の時間だけにするため、講義の動画は事前に送信しておく

●【ニューノーマルの時代・中原淳(前編)】在宅勤務で起きた価値の逆転。アウトプット出せないおじさんよりママ社員に脚光 | Business Insider Japan https://www.businessinsider.jp/post-212693
うらを返すと、「教室って要るんだっけ」問題、「キャンパスってなんだっけ問題」の勃発。
「ハイブリッド型の学習・研修が進むと思います。課題をチームで解決させるとか、目標をしっかりと握りチームビルディングを行うといったもの、実習を含むものなどアナログ的なものはオフラインになるのではないでしょうか。ロジカルシンキング、ライティングなどの座学に近いものはオンラインで行ってもよいと思います」。

●感染拡大の予防と研究活動の両立に向けたガイドライン
https://www.mext.go.jp/content/20200515_mxt_kouhou02_mext_00028_01.pdf
大学構内に立ち入って良い場合:
(ア)研究に使用する生物の維持・管理
(イ)液体窒素・液体ヘリウムの補給のための装置等の維持・管理
(ウ)毒劇物等の研究に使用する薬品の維持・管理
(エ)研究に必要な基幹インフラ(実験施設・設備、情報システムなど)の稼働・維
持・管理
(オ)研究活動を継続する上での各種安全確保対策 他

●オンライン授業における著作権について https://www.highedu.kyoto-u.ac.jp/connect/teachingonline/copyright.php
教員自身が作成した教材等の著作物をオンライン上に公開する際、利用者に対してあらかじめその著作物の利用条件を電子的に付与する「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CCライセンス)」がある。

授業目的公衆送信補償金制度:当初、2021年5月中が予定されていたが、コロナに伴う遠隔授業等のニーズに対応するため、2020年4月28日から前倒し施行。また2020年度に限り、補償金額を特例的に無償に。

(文化庁:教育の情報化に対応した著作権法改正の概要 https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/h30_hokaisei/pdf/r1406693_14.pdf