Ⅱ. 【調べる/扱いやすさ】── 類聚(分類)の情熱と「EPWING」から「URL」へ

シリーズ:電子出版半世紀を日本語書物史千年との交錯点で読み解く

Ⅰ. 【記録する/保存する】── 写本から符号へ、和紙からパルプそしてサーバーへ
Ⅱ. 【調べる/扱いやすさ】── 類聚(分類)の情熱と「EPWING」から「URL」へ
Ⅲ. 【伝える/楽しむ】── 貸本屋から「サブスクリプション」、絵巻物から「Webtoon」へ
Ⅳ. 【学ぶ】── 福沢諭吉の『学問のすゝめ』から「デジタル教科書」へ

 

ページというインターフェース

膨大な情報の中から、自分が必要とする「たった一行」や「一つの言葉」に最短でアクセスしたい。この「調べやすさ」を巡る格闘もまた、千年前から続く日本の書物史の大きな原動力であった。

書物の最初の形態であった「巻物(巻子本)」は、スクロールして通読するには優れていたものの、特定の一箇所を調べるには、巻頭から順に巻き戻し、あるいは巻き進めなければならないという構造的な弱点を持っていた。この不便さを解消するために生まれた最初のイノベーションが、めくりやすさを追求した「屏風畳み(折り本)」や、さらに保存性と利便性を高めた「和綴本(冊子体)」である。「ページをめくる」という行為の誕生は、人類が獲得した最初の高速検索インターフェースであった。
・巻物(巻子本)

巻子本(カンスボン)とは - コトバンク

この物理的な「扱いやすさ」の進化と並行して、日本人は知の情報をシステマチックに整理する「分類(類聚:るいじゅう)」に異常なほどの情熱を注いできた。

 

分類への執念

古くは平安時代、嵯峨天皇の命により編纂された日本初の類聚引付書『経国集』が、漢詩文をテーマごとに分類して知識の扱いやすさを向上させた。その究極の到達点が、江戸時代の国学者・塙保己一(はなわほきいち)である。保己一は幼くして失明するも、驚異的な記憶力を武器に、散逸の危機にあった古代から近世までの国文・国史の文献を網羅的に収集。それらを「神祇」「文学」「武家」など25の部類に緻密に体系化した巨大叢書『群書類従』全666冊を木版印刷(版本)によって刊行した。彼が脳内と紙の上に構築したこの膨大な分類体系は、まさに日本が世界に誇る「知の巨大データベース」そのものである。
・塙保己一

塙 保己一(はなわ ほきいち) 賞 - 埼玉県

この「ページというインターフェース」と「分類への執念」が、ここ半世紀の日本語デジタル化と交錯したとき、検索の歴史は爆発的な進化を遂げる。

 

「知へのアクセス」の理想

1980年代後半、ソニーが発売した『データディスクマン』とともに、日本電子出版協会(JEPA)の会員各社が主導して策定した「EPWING(イーピーウィング)」規格が誕生した。これは、それまで各社独自のシステムでバラバラだった電子辞書や事典のデータ構造を共通化し、一つの端末で横断的に検索できるようにした画期的な共通フォーマットである。分厚い百科事典や何冊もの語学辞書が、直径わずか8センチの光ディスクに収まり、キーワードを打ち込むだけで一瞬にして目的のページへと案内される。この時、かつて塙保己一が膨大な『群書類従』の木版を彫り、あるいはその内容を脳内で縦横無尽に検索したあの「知へのアクセス」の理想が、ポケットサイズの電子端末の中で完全に具現化されたのである。

そして1990年代後半、インターネット(WWW)の登場により、デジタル化は紙の冊子体が完成させた「固定されたページ概念」をも超越していく。情報と情報を、世界中、あるいはテキスト内の特定の一行へとピンポイントに直接結びつける「URL」と「アンカータグ」の創出である。

紙の本であれば、参照文献を見るために別の本棚へ歩いていき、別の本を開いてページを手で繰らなければならなかった。しかし、アンカータグ(ハイパーリンク)の登場によって、世界中の知は一瞬で、シームレスに結合された。日本の伝統的な「類聚」の情熱、すなわちバラバラの情報を関連性によって構造化し、扱いやすくするという意志は、Webの海において物理的な「本の壁」すら取り払い、無限に繋がる「巨大な知のネットワーク」へと昇華したのである(リンク切れ・404など欠点もあるが)。

JEPAの会員社たちが、CD-ROMの検索エンジン開発に始まり、現在のWeb標準技術や電子書籍のメタデータ(検索用データ)構築に至るまで、日本語の構造化に挑み続けてきた軌跡。それは、巻物を折りたたみ、バラバラの古書を分類・編纂して『群書類従』を創り上げた先人たちの「調べやすさ」への執念の、デジタルにおける正統なアップデートに他ならない。私たちは今、クリック一つ、タップ一つで、千年の知の集積へと一瞬でアクセスできる、歴史上最も贅沢な「扱いやすさ」の時代を生きている。