世界に変化を望むなら、自らがその変化になりなさい【セミナー備忘録】

◎2015年あたりから出版業界の中で、絵本革命とも称される現象が起きている。凋落する出版統計の中で唯一絵本は、それが対象とする14歳以下人口の縮小トレンドの中で、むしろ増加基調を続けている。その立役者のひとり、「絵本ナビ」の金柿秀幸氏の話を聞いた。

■セミナー概要:電子出版アワード大賞『絵本ナビ』 無料で全頁読めるビジネスモデル

読み放題1000万人が利用するNo.1絵本情報サイト『絵本ナビ』は、全ページためし読み、市販絵本の読み放題など、電子×紙の議論を超えた独自の視点で新しい価値を提供し続けています。
(参加者限定セミナーとし、資料の配布、講演映像の公開は行いません。)

■講師:株式会社絵本ナビ 代表取締役社長 金柿 秀幸 氏
銀行系シンクタンクを経て、2002年に絵本選びが100倍楽しくなるサイト『絵本ナビ』をオープン。「パパ's絵本プロジェクト」を結成し、全国で絵本おはなし会を展開。現在は、『絵本ナビ』のほか『まなびナビ』『できるナビ』など、親子のためのサイトを広く運営している。NPO法人ファザーリング・ジャパン初代理事。

日時:2018年3月15日(木) 15:00-17:00
会場:麹町/紀尾井町:株式会社パピレス 4階セミナールーム
主催:日本電子出版協会(JEPA)

(個人用のメモです。議事録ではありません。特に今回は「参加者限定セミナーとし、資料の配布、講演映像の公開は行わない」方針のため、セミナーからinspireされた部分を含め執筆した記事となっています)


You must be the change you want to see in the world.

世界に変化を望むなら、自らがその変化になりなさい

Mahatma Gandhi (ガンジー)

これはインド独立の父、マハトマ・ガンディー(「マハートマー」は尊称。「偉大なる魂」という意味で、インドの詩聖タゴールから贈られたとされている)の言葉である。そしてこの言葉を、株式会社絵本ナビ代表取締役社長、金柿秀幸氏はみずからの座右の銘としている。

金柿氏が希求した「変化」は、「男性だって育児を、絵本の読み聞かせを、行うのが当たり前になる」社会の現出だったといえるだろうか。

少なくとも絵本の売り上げはこの出版不況の中にあってここ数年、右肩上がりをしていて、それは「絵本革命」とも喧伝されている。「世界に変化を望むなら、自らがその変化になりなさい」。金柿秀幸氏は有限実行の人だ。

 

1.絵本革命

周知のように、この20年出版市場は縮小傾向にある。ところが近年、児童書ジャンルだけが異なる動きを示している。以下は日販の『出版物販売額の実態』最新版(2017年版)をもとにした分析。

・2016年の児童書売上金額は約1033億円だが、唯一伸びを示している。

(出版物の分類別売上推移をグラフ化してみる(最新) http://www.garbagenews.net/archives/2101334.html

・しかもそれはそれが対象とする14歳以下人口の縮小トレンドの中で、だ。

(子どもの数 36年連続減 14歳以下1571万人 http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201705/CK2017050502000113.html

「出版月報」2016年6月号(出版科学研究所)では、特集「絵本 好調の背景を探る」を組んでいるが、児童書ジャンルの売上躍進の背景には絵本の活躍があるとして、

「特に、ここ5年の大きな変化は、「絵本ナビ」をはじめとした絵本情報サイトやテレビなどでの紹介と、個人のSNSでの口コミが結びつき、急速に売れ行きを伸ばす作品が急増したことだ。」

と述べている。

(他に、「出版不況下、絵本市場に革命!?小さな出版社が存在感:日経MJから<絵本業界の動向>」 http://xn--rhq6s0x729p.net/lifestage/?p=7130

 

2.ニーズがあるのにサービスがない絵本市場

金柿氏はもともと、大手シンクタンクのシステムエンジニア。SEといえば夜昼逆転の生活を送る、仕事人間の代表のような職種。金柿氏もそういう生活を送っていた。それが2001年、愛娘の誕生にあわせて都心に本社がある大企業を辞め、約半年間、子育てに専念した後、2002年東京都国立市にある木造アパートにオフィスを構え、「絵本ナビ」をたちあげた。

まず絵本ナビ設立の「2002年」を復習しておこう。

iPhoneはない。つまりスマホはない時代。
Facebookもない。つまりSNSがない社会。
インターネットはあったが、まだまだ家庭にPCやネット接続が標準とはなっていない。

さて退社を決めた金柿氏、子育てに専念といっても、猛烈社員だった氏に料理の腕があるわけもなく、まずは娘の相手をしてあげることから始めた。

必死で娘をあやすうち、ふと思いついて、自分が気に入っていた絵本『はらぺこあおむし』を読んであげると「ちょっと笑ったような気がしたんです。自分が選んだ絵本を娘が喜んでくれる、それはすごく幸せな気分でした」。

絵本の読み聞かせなら、自分にもできるかもしれない。

だがここで壁にぶちあたる。近くの書店や図書館に行っても、どの本がいいのか分からない。ここでシンクタンク出身の血が騒ぎ「リサーチ」をすることに。子どものいる友人知人10人に「お勧めの絵本」を5冊聞いてみることにした。

まず気付いたのは、書いてくれたお勧め理由コメントには、親子の幸せなエピソードが満ち溢れていたこと。一方で、『ぐりとぐら』以外は、みんなが勧めてくれた本が違っていたこと。じゃあ、せっかくだからお礼に、協力してくれた方々に全部の情報を還元してあげようと簡単な冊子を作って配った。

ところがそのシェア活動に対し、思いがけない好反応が返ってきた。「ここに、何かがあるかもしれない」。「自分は絵本の情報が欲しいのに、それがない。ニーズがあるのにサービスがない。こういう“止まっている市場”の中で、全力で事業をやったら、ナンバーワンになれるかもしれない」と考えた。

そこで2002年、絵本選びが100倍楽しくなるサイト『絵本ナビ』をオープンし、事務局長に。さらに2003年、「パパ’s絵本プロジェクト」を結成、全国で絵本おはなし会を展開することになった。

活動の原点は、絵本を読んであげるうちに娘と一緒に寝落ちしてしまったときの「幸せ」感。「こんな楽しい、幸せなことはない。女性に独占させておくのはもったいない」だった。

(サントリーホールディングス様「ちちおやガイダンス」研修レポート | NPO法人ファザーリング・ジャパン http://fathering.jp/activities/workstyle/suntory

ちなみに金柿氏は2006~2007年にブックスタート絵本選考委員、またNPO法人ファザーリング・ジャパン初代理事でもある。
(メディアの皆様へ | 株式会社 絵本ナビ https://corp.ehonnavi.net/press/tomedia/

 

3.「ヒト」男子は「種」としての誕生からイクメンだった

日本で絵本の読み聞かせは、まだまだ女性の活動と思われているかもしれないが、海外では少し様子が違う。

たとえばイースター・エッグロール。この行事はホワイトハウスの恒例行事だが、それは親子連れをホワイトハウスに招待し、大統領夫妻が子供たちと遊んだり、絵本の朗読をしたりするものだ。オバマ元米国大統領の語り部ぶりは特に有名。下の写真はモーリス・センダックの絵本『かいじゅうたちのいるところ(Where The Wild Things Are)』。




(Barack Obama reprises Wild Thing tradition for 2014 White House Easter Egg Roll | National Post http://nationalpost.com/news/barack-obama-reprises-wild-thing-tradition-for-2014-white-house-easter-egg-roll

そしてオバマ氏は自身で絵本を書いてさえいる。『きみたちにおくるうた』というタイトルの絵本。

(オバマ大統領の絵本『きみたちにおくるうた』特設ページ http://www.akashi.co.jp/obama-ehon/

この絵本では13人の人物が紹介される。13人の中にはガンディーに倣ったと表明している指導者のマーティン・ルーサーがいたりもする。

しかし特別な人だけを称揚するのがこの絵本の眼目ではない、「あなたもまた、世界を変えられる大切な人間のひとりなのですよ」というのが、この絵本のメッセージ(オバマ氏もガンジーの
You must be the change you want to see in the world.
を知ってもいただろうか)。

・自分の作品『きみたちにおくるうた』を子供たちに読んで聞かせるオバマ元大統領

そして生物進化学、霊長類学の研究成果からは、そもそもホモサピエンス男子は「イクメン」としてスタートしたことがわかっている。

いやむしろ、ホモサピエンス男子が「イクメン」でなかったなら、私たち人類は「社会的知性」を獲得できず、とうの昔に「種」として滅んでいたかもしれない。ちょうどネアンデルタール人が滅んでいったように。

第四節 共同保育と共感能力

人間はもちろん、類人猿以上に高い共感や同情の能力を持っている。「心の理論」をもち、血縁関係にない他人にでもいたわりの手を差し伸べるし、互酬性に基づいた物のやり取りや恩返しも頻繁に行う。教育はどの社会でも普遍的な行為であり、家族や共同体では互いに助け合い、支えあうことが常識とされている。おそらく、こういった能力は共同の子育てによって高まったと考えられる。(『人類の社会性の進化(Evolution of the Human Sociality)』第七章 共感社会と家族の過去、現在、未来 http://society-zero.com/icard/archives/2982

□関連知識カード
・脳の増大とヒトの社会性 – iCardbook|知の旅人に http://society-zero.com/icard/437840
・奉仕する心と家族 – iCardbook|知の旅人に http://society-zero.com/icard/160223
・人間の父性の起源 – iCardbook|知の旅人に http://society-zero.com/icard/812695

男子が共同保育から離れてしまったのは、一万年ほどまえ、農業が定着してから。それ以前の狩猟採集をもっぱらとしていた期間、私たちヒトは、二十数万年を夫婦協働で、また祖母祖父や他の家族同士で、共同保育をして家族という社会の最小単位をはぐくんできていたのだ。

一万年と二十数万年。イクメンこそ、ホモサピエンス男子の常態だっともいえる。

 

4.「絵本ナビ」のデジタル化戦略

4-1.無料の「絵本の全文試し読みサービス」

「絵本ナビ」での無料の「絵本の全文試し読みサービス」は約2000タイトルの絵本が一人1回限り閲覧可能というもの。

絵本ナビ設立の2002年と現在との最大の違いは「デジタル化」。モバイル端末とクラウドの社会を私たちは生きている。

デジタル化が引き起こしている「流通革命」に絵本を乗せたのが、「絵本ナビ」のデジタル化戦略。その点を評価され、昨年、「絵本ナビ」は2017年電子出版アワードで「大賞」に輝いた。
(3.「電子書籍(デジタル革命)の誤解」からの解放 http://society-zero.com/chienotane/archives/7587/#3

デジタル化でやったこと、いやデジタル化でなければやれない、どうしてもデジタル化で達成したかったことが、「検索から発見へ」。

絵本のタイトルを知っている人が、その絵本を手に入れるべく検索すれば、すぐにその絵本を手に取ることができる世の中になっている。しかしここで止まっていては絵本のタイトルを知らない「潜在読者」の掘り起こしはできない。

「潜在読者」の掘り起こしには、スマホのタイムラインへ絵本情報が載らなければならない。

そして「情報」というとき、絵本の場合、他の書籍ジャンルと異なるのが「全文」でなくてはならず、いわゆる書誌情報だけではダメだという点。「絵本は中身を読まずに買わないもの」だから、そして「子供連れのお母さんは書店で絵本に全部目を通すことができない」から。

さらに子供が面白いと思うかどうかは実に様々で、ここではランキング主義が通用しない。「人気作家の作品だからいいと思ったのに、子どもがちっとも興味を示さない」といった失敗を避けるには、「全文」が「オープン」になる必要がある。

逆に、「全文」をデジタル化して見せてしまっても売り上げ減少にならないのは、「子供と一緒に何度も読むものだから」。

金柿氏が強調するのは、

・業界での常識(例:これは「すごい絵本」と言われている)は、一般の人には全く知られていない。
ほとんどの絵本は誰にも知られていない
・絵本の競合相手は、電子絵本ではない。
我々は時間と興味の争奪戦の中にいる(絵本の競合相手は、ゲームであり、動画であり、SNSだ)

◎デジタルという手段を使って、どうやって潜在読者に絵本にリーチしてもらうかを考えなければならない。

という点。

当初は無論どの出版社もしり込みした。しかし、「試しに」、ということで、いくつかの出版社がトライアル31作品を出してくれた。この実証実験の結果、売り上げが平均4倍に伸びた。よく売れたものでは、13倍になったものもあった。

そして想定外の喜びは1千通を超す、パパママからの賛同のメッセージ。この賛同のメッセージをトライアル成果とともに他の出版社、著者に説明して参加作品を2千点にふやしていったのだった。

このサービスでデジタル版の蓄積があったおかげで、「絵本読み放題サービス」も企画後すぐに立ちあげることができ、200タイトルほどの作品が入れ替わりで読み放題となるサービスとして2016年2月にスタート(有料)。

2017年1月からは「学習マンガ」の読み放題サービスを、6月からは絵本の「読み聞かせ」サービスも展開するなどデジタルサービスを拡充中。

4-2.デジタルデータが収益を生む

絵本ナビには、「選書ニーズ」を抱えたパパママが訪れる。その数、1千万人(1年間にサイトを訪れる利用者数(ユニークビジター数))。それには「絵本の全文試し読みサービス」だけでなく、「選書」のプロ(リブロ池袋店元児童書担当者など)による、700を超える切り口の選書リストの存在も大きい。

さらに創業以来の15年以上もの活動蓄積により、絵本に関する情報蓄積が膨大にある。6万5千タイトルの作品紹介データ、200件以上集めた取材記事。

そして35万件もの読者レビュー

絵本ナビは投稿レビューをすべてチェックしてから掲載し、「絵本選びに役立つレビュー」が集まるようにしている。掲載レビューのセレクト作業を続ける中で、絵本を大事にするコメントが集まる独特のコミュニティ形成も行われてきた。

そしてこのレビューは、電子書店や出版社の販促に活用されるほか、取次経由で書店にも配られ、リアル書店の品ぞろえの情報源や店頭での販促ツールとして活用されている。

(例:絵本選びに迷ったらこれで決まり!「いくつのえほん」2017年版ガイドブックを発行 | 日本出版販売株式会社 https://www.nippan.co.jp/news/ikutsunoehon_2017/
豊富なデジタルデータが、「絵本ナビ」を読者にとっての絵本情報の「人気メディア」に、さらに出版業界(特に書店)にとってなくてはならない「ポータルサイト」にのしあげた。

ECサイトとしての絵本の売り上げに加え、広告収入もこうして収益の柱になってきた。

 

5.その他

5-1.絵本周辺への拡充

創業当時、すぐに絵本の販売を手掛けられたわけではない。出版業界、特に取次の商慣習は外部からの参入者にハードルが高い。そこで本でない、キャラクターグッズのネット通販から手を染めた。

『はらぺこあおむし』の主人公の「あおむし」のぬいぐるみや文具、DVD、食器といったグッズ、それもオリジナル商品として開発、売った。これがヒットした。

なぜならこれらのグッズは書店で扱っていなかったから。その後、本を扱えるようになっても、絵本ナビは、「絵本が買える」はサービスのひとつ、というコンセプトのもと、上述の経営発想へとつながっていった。

5-2.改革者は周辺からやってくる

絵本ナビの経営については、これだけでビジネススクールのケースになるほどベンチャーのエッセンスが詰まっている。実際、グロービス経営大学院のベンチャーキャピタル&ファイナンスの講座では最初の授業で「絵本ナビの財務戦略」というケースを学ぶ。
https://mba.globis.ac.jp/curriculum/detail/vcf/

そして株式会社絵本ナビは2015年5月から、東京証券取引所マザーズ上場の株式会社イード(IID, Inc.)の連結対象子会社となっている。買収金額は合計で3億4400万円(50.1%部分を買収)

(イードが絵本関連グッズECなどの絵本ナビを連結子会社化、子供世帯への情報発信を強化 https://netshop.impress.co.jp/node/1704

他方、株式会社絵本ナビ単体での創業以来これまでの損益状況は、利益剰余金の数字から推測がつく。

山坂はあったのだろう。だが、経営手腕、ポータルサイトの価値、保有する顧客数やデジタルデータには評価が与えられ、価値が認められての買収金額。

ちなみに2018年2月20日のJEPAセミナー「CES 2018「最新ICT動向」紹介」で、講師の清水氏は

技術や社会変化の先を読むには、

a.「境」をよく読むことが大事。改革者は周辺からやってくる。
b.期待値の高いところへ資金が集まる

点が重要だとした。
(CES 2018「最新ICT動向」紹介 【セミナー備忘録】 | ちえのたね|詩想舎 http://society-zero.com/chienotane/archives/7634

この二つの指摘に、まさに合致する「絵本ナビ」だと言えないだろうか。


■関連URL
●用事×感情に対処する —絵本ナビ・金柿秀幸社長【解説編】 https://globis.jp/article/1094

●掲載絵本の売上が前年比127%に「いくつのえほん」全国の書店にて展開中 | 日本出版販売株式会社 https://www.nippan.co.jp/news/ikutsunoehon_2018/

●西野亮廣『革命のファンファーレ』|絵本『えんとつ町のプペル』大ヒットの仕組みとは? https://jibouroku.com/kakumei-fanfare-862