クリエイティブ・コモンズと著作権の新しい潮流【セミナー備忘録】

■セミナー概要

「クリエイティブ・コモンズと著作権の新しい潮流」    ~著作物を利用する観点から著作権をコントロールする~

「クリエイティブ・コモンズは、2004年に米国で提唱されたデジタル時代の著作権に関する新しい考え方です。この10年強の間、クリエイティブ・コモンズは世界中の情報コンテンツ分野において広がってきました。そのなかには、出版業界も含まれます。本セミナーでは、出版分野における著作権の取扱い、クリエイティブ・コモンズの採用例などをご紹介することで、著作権、あるいはクリエイティブ・コモンズという法的な観点から、複製から配信(公衆送信)へと移行しつつある出版業界を概観します。」
◎講師:水野祐(みずの・たすく)弁護士(シティライツ法律事務所) Arts and Law代表理事。Creative Commons Japan理事。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。京都精華大学非常勤講師その他。

◎開催概要 JEPA30周年記念セミナー(著作権委員会) 日時:2016年11月4日(金)15時~17時


(個人用のメモです。議事録ではありません。特に今回は、当日の講演内容に加え、講師水野 祐氏の論文や記事2本を参照しながら、<宣伝・販売のデジタル化>の重要性、「オープンとクローズのバランス戦略」「契約自由の原則」の具体化といった切り口について感想を整理した。その関係で、ご講演内容の半分くらいは触れずじまい。全体を知りたい方はJEPAサイトにある映像をご覧ください)

・2本の論文、記事:
●オープンアクセスとクリエイティブ・コモンズ採用における注意点開かれた研究成果の利活用のために https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/59/7/59_433/_pdf
●著作権法に対するハックでもあるクリエイティブ・コモンズ http://ascii.jp/elem/000/001/187/1187213/

テーマは、『「クリエイティブ・コモンズ」が示唆する、出版業界が生き残る「策」』とでもなるだろうか。
筆者はかねて、今の出版業界にとっては、書籍の電子化が課題なのではなく、<出版のデジタル化>が課題の本質だと考えてきた。

そして<出版のデジタル化>はさらに、<企画・制作のデジタル化>と<宣伝・販売のデジタル化>に因数分解される。水野 祐氏のご講演、またこれまでのご活動は、<宣伝・販売のデジタル化>に貴重な示唆を与えるものだと感じた。

<宣伝・販売のデジタル化>と「クリエイティブ・コモンズ」がどう関係するのか、整理してみよう。

 

1.クリエイティブ・コモンズの思想的啓蒙運動という側面はほぼ役割を終えた。

クリエイティブ・コモンズの思想としての中核要素は、

・コンテンツやアイデアはそれへのアクセスが(技術的にだけでなく)社会的現実として具体化されなければ、そのコンテンツ、アイデアはこの世にないも同然。「作る」と同時に「(作られたという情報が)届けられる」ことが重要。
・「届けられる」ために効果的なインセンティブ設計に、「活用できる、活用される」ということが最も大事。

である。

この思想的啓蒙運動はここ4、5年急速に社会に受け入れられ、啓蒙運動という側面はほぼ役割を終えた、といえる。

一つには2004年に登場したクリエイティブ・コモンズ・ライセンスが、その後、オープン、シェアリングといった概念の普及、定着という形で、その思想が社会に認知された。認知の成果は「イノベーション」叢生という形で社会を活性化させている。

二つ目として、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスそのものが、その発祥であるプログラミングの領域から、文章、イラスト、音楽といったソフト産業のみならず、ハード産業にまで広がっている。

ハード面ではたとえば、半導体基板の「Arduino」や、設計図にクリエイティブ・コモンズ・ライセンスが付与され、3Dプリンティングを活用した地域地域の実情にフィットさせた「Local Motors」で活用されるなどの事例が出てきている。

ドワンゴの川上量生氏の次の発言は著作権の体系とクリエイティブ・コモンズの思想との関係を的確に表現している。

 

2.いまやほとんど意識されないまま消費者に使われている。

Webの世界で、また世界的なレベルでは(つまり海外では)クリエイティブ・コモンズ・ライセンスはかなり使われるようになってきている。

それも、それと意識しないほどに普及している。人々は次のようなサービスを利用するとき、実はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスを使っている。それとは気づかないままに。

 

3.インターネット時代における契約のあり方に一石を投じる試み

近代的な法体系は「契約の自由」を必ず謳っている。「契約の自由」の大原則は自由なビジネスモデルを産みだす苗床の役割を果たし、「イノベーション」につながり、社会を活性化させる。

著作権の領域で、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスはデファクトスタンダードとしての地位を確立、著作物の利活用を活発化させるツールとして機能してきた。その際、「三層構造のラインセンス記述」を準備することで、インターネット時代における契約のあり方に一石を投じた。

そもそも契約は申し込みと承諾の合致をもって成立する。

インターネット、Webというインフラの誕生とその普及を前提に、申し込みと承諾の合致という経済行為の手間とコストを劇的に削減したのが、「三層構造のラインセンス記述」だった。

なぜなら、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスがない状態では、ある著作物を利活用したいと思っっても、その著作件者を探し出し、さらに連絡方法を調査し、連絡をとって、やおら交渉を始めなければならない。交渉の内容も多岐にわたる。

この点、著作物に著作権者の意思で、「三層構造のラインセンス記述」を著作物に付与しておけば、利用希望者はいちいち探す手間も、また交渉する労力も要らない(利用形態を6種類に類型化・標準化しているから)。

HTMLを使った表現が情報基盤として標準化されたインターネット時代に、既存の著作物を利用して新しい創造行為につなげていく分野で、「契約の自由」をWeb2.0に「実装」したのが「三層構造のラインセンス記述」であった。
残念ながら日本人は「雛形」が好きで、「契約の自由」を梃に多様なビジネスモデルを創出するのは、どちらかというと苦手。

しかし全く例がないわけでない。

たとえば、「初音ミク」。

これはイラストはオープンソースをベースにし広く再活用されながら、他方ボーカロイドのソフトウェアについては、クリエイティブ・コモンズを下敷きに独自の契約条項を作成し、申し込みと承諾の合致という経済行為の手間とコストを削減していた。その後、世界的な知名度獲得を契機に、2013年に至り世界標準である「クリエイティブ・コモンズ」をも採用することとなった。

その意味で「初音ミク」は

・オープンとクローズのバランス戦略
・「契約自由の原則」をベースにした柔軟なビジネスモデル構築

このふたつの、日本人の手になる好事例と考えられる。

 

4.クリエイティブ・コモンズの活用事例

・文章/テキスト

・写真

・音楽

・動画/映像

・Webマガジン

・放送

・電子図書館

・美術館

・政府関係


・3Dプリンタデータ

 

5.出版社への示唆

世界的には当たり前になっている「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス」の活用ぶりだが、こと日本に関しては、まだまだ先進的な事例があるのみ。かつ出版業界での活用となると、数えるほどになってくる。

その中で異彩を放つのはコミックで「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス」的な、著作権とは異なるルールでの契約の柔軟化の事例がいくつか出てきている。

また他のジャンルと比較して事例が多いのは、学術論文、サイエンス系書籍(いずれも引用が重視されているため)。



(出典:オープンアクセス(Oa)とクリエイティブコモンズ mizuno031116   http://www.slideshare.net/TasukuMizuno/oa-mizuno031116-59514669  )

ちなみに世界的には、政府関連、教育、研究論文の3ジャンルでの「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス」採用事例の増加ぶりが顕著
この状況に対し、登壇者水野 祐氏は普及が進まない理由として
・金銭的なメリットが見えにくいうえに、出版社が著者から限定的な利用許諾しか受けていなこと、出版契約がひな形化・固定化していることをあげていた。

・一方、今後、出版契約その他出版に関する契約が多様化・柔軟化していくなかで、「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス」や「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス」的な著作権とは異なるルールでの契約の柔軟化は出版分野においても可能性があるのではないか、とした。

・ただし、そしてむしろ、重要なのは、また真に憂慮すべきななのは、紙(本)にしろ電子書籍にしろ、「作る」と同時に「(作られたという情報が)届けられる」ことが現下の最重要課題であり、「オープンとクローズのバランス」を戦略としてどう打ち立てるかという発想を持つことが大事だという点。まだまだそこに気づいていない、あるいはそこへ向かって歩を進め始めていない出版社が多いのは気になるところ。

・なにしろインターネットと(出版に関する)プラットフォーマーの登場で、出版「」は、出版「」のひとりに過ぎないという状況が生まれている。ITの知識とWeb世界の情報流通のノウハウが、これからの出版社の死命を制する時代に、Web世界出自の出版「」が続々参入してきている(KDPの自己出版者もこの中にはいる)。出版の組織へITやWeb世界の情報流通のノウハウを取り込む施策は大手出版以外、ほとんど手つかずのように見受けられる。

・これを著作権制度の文脈で表現するなら、「複製」から「公衆送信」へと、出版業界の構造が変わった、ということだ。

・これまでの出版は、言ってみれば「たまたま紙だった」わけで、「複製」から「公衆送信」へ業界構造が変わった以上、「紙」は作品というコンテンツを搭載する媒体のひとつでしかない、そういう経営環境が出現している、という認識が欠かせない。

・裏返すとユーザーの太宗は、音楽やニュース、ゲームなどと同様、あまたあるデータ利用の一環として本(紙であろうが電子であろうが)をとらえ始めていることに気づかなくてはならない、ということだ。


◇関連URL
●クリエイティブ・コモンズ・ジャパン https://creativecommons.jp/
●CC4.0の新しいところ ver.1.0 http://www.slideshare.net/TasukuMizuno/whats-new-incc40cc40mizuno083114

●著作権法に対するハックでもあるクリエイティブ・コモンズ http://society-zero.com/chienotane/archives/4561/#20
インターネット以前の20世紀的な表現の原理がパッケージ化だとすれば、インターネット以降の21世紀的な表現の原理はモジュール化。そのモジュールの生成、流通、変転を円滑にするのが、クリエイティブ・コモンズ。

クリエイティブ・コモンズ・ライセンスは15年以上の歴史があるが、時代の状況合わせてあたかも生き物のように変化していて、今回のバージョンアップで4.0。
「ドワンゴの「ニコニ・コモンズ」とかクリプトン・フューチャー・メディアの「ピアプロ・キャラクター・ライセンス」は、クリエイティブ・コモンズを下敷きに作られたりしています。クリエイティブ・コモンズの精神や思想のDNAはミーム(文化的遺伝子)としてさまざまなところに拡散している」。

コモンズは社会の「余白」であり「編集が起動できる場」である。
「レヴィ=ストロースの「ブリコーラジュ」的な考え方ですね。なぜすべてが私有になってはいけないのか、どうして公道や公園といった公共圏や公共財が人や社会には必要なのかということを、もう一度よく考える必要はあると思います」。

●オープンアクセスとクリエイティブ・コモンズ採用における注意点開かれた研究成果の利活用のために
https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/59/7/59_433/_pdf

●【無料教材】スタンフォード・デザイン・ガイド <デザイン思考 5つのステップ> http://society-zero.com/chienotane/archives/3622/#17
教材に限らず、現行の著作権法における、◯か×かという線引き発想ではない、著作権の権利保護と、目的に応じた著作物の利活用の、段階的な対応方法が模索されていて、CC(クリエイティブ・コモンズ)ライアセンスもそのツールのひとつ。
このスタンフォード大発の教材もCCがベースになっている。(簡単にわかるクリエイティブ・コモンズ https://youtu.be/b7wd5fr4Ndo

★It’s time for news organizations to embrace Creative Commons – Poynter http://society-zero.com/chienotane/archives/3893/#19
商品として原価を回収するには、コンテンツをクローズにしなくてはいけない。しかしそれだけでは、中身が何かわからないので買われない。オープンにsomethingを流通させなくてはいけない。その際、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスを戦略的に活用してはどうか、と。
たとえば米国の調査報道NPO「プロパブリカ(ProPublica)」では、記事の“インパクト”を指標として重視、反響や再利用を計測する。そのために、記事にトラッキング用ビーコン(それ自体もOSS)を埋め込んでいるという。

●人とロボットが協業する時代に不可欠な「Safety 2.0」 http://society-zero.com/chienotane/archives/3751/#9
「協調安全」=「人、モノ、環境が協調しながら安全を構築する」と=「Safety 2.0」。
「これによってSafety 1.0のときには“空白地帯”となっていた人と機械の「共存領域」を活用できるほか、人の領域や機械の領域におけるリスクもさらに低減できる」

それだけではない。生産性が向上する。ちょうど、著作権概念が「無し」か「有り」かの二項発想で、これではかえって創造性を妨げるとしてクリエイティブ・コモンズが生まれたのに似ている。機械の状態が「稼働」か「停止」かの二項発想に替わる、「多値の安全」発想が「Safety 2.0」の肝。
つまり、「Safety 1.0では「停止の原則」に基づいて、人が稼働している機械に近づいた場合には機械を停止していた(止める安全)。しかし、Safety 2.0では人の能力や熟練度などに応じて、「熟練度が高い人の場合は完全には止めずに速度を落とす」「熟練度が低い人の場合は機械を止める」といった具合に、より柔軟な制御が可能になる(止めない安全)」。