韓国の電子教科書推進は後退したのか? 【セミナー備忘録】(上)

(個人用のメモです。議事録ではありません。記事中の図画はプレゼン公開資料を使用しています))

セミナー概要: 韓国ICT&教育ICT 最新動向
http://kokucheese.com/event/index/336389/

■第1部「韓国ICTと教育ICTの最新動向」 60分
講師:三澤 かおり(みさわ かおり) 氏
一般財団法人マルチメディア振興センター 情報通信研究部 主席研究員
主にモバイル・融合サービス分野及び韓国の情報通信政策を中心とした調査研究に従事
■第2部「韓国教育ICT標準化動向」 EDUPUB、Caliperなど 15分
講師:村田 真 氏 (ISO/IEC SC34、JEPA CTO)
■第3部「韓国教育ICT関連企業紹介」 各社15分
1.教育SNSのクラスティング https://ja-jp.classting.com/
日本でも多くの学校で採用事例を持つSNS 講師:李 多喜(Dahee Lee) 氏
2.MDM、セキュリティのテルテン http://www.teruten.co.kr/page/main_j
On-line、Off-lineの教育コンテンツ保護の事例 講師:金 南圭(Namgyu Kim) 氏
3.英語塾チョンダム ラーニング http://jp.loudclass.com/
韓国で大きなシェアを持つラーニング企業 講師:HS Joh 氏

米国のオバマ大統領をして「韓国は驚くべき(デジタル教育)先導国だ」と言わしめ、うらやまれるほどの、韓国における電子教科書施策の推進ぶりだった。

ところがその韓国の電子教科書導入に遅れ、あるいは後退の現象が起きていると言われるようになった。実際のところどうなのか、マルチメディア振興センター 情報通信研究部 主席研究員の三澤かおり氏とJEPA技術主任(CTO)の村田真氏の話を総合するとこういうことになりそうだ。

1.日本側の認識に過剰期待がそもそもあった

2.日本でも起きている、教育内容の再検討がデジタル化スケジュールを遅らせた

3.電子教科書の標準化活動で韓国は引き続きイニシアティブを握っている

1.日本側の認識に過剰期待がそもそもあった

長年、韓国と日本、両方の教育のICT化の様子を見てきた三澤かおり氏に言わせると、これまでの韓国のICT化状況理解には日本側の期待感が反映された要素があった、とのこと。

韓国は大統領制をとっており、選挙で大統領が変わると大きく政策の方向性が変わることは当たり前で、実は前政権(李明博)のとき、ICT化全体がトーンダウンさせられていた。教育面でも、第4次教育情報化計画で、デジタル教科書の導入に向けた制度整備が盛り込まれていたが、そもそも、その内容は、

・2014年には社会と科学、英語について導入。
・2015年から他の科目にも広げる。

という段階的なものに過ぎず、全面的な普及をいきなり始めるという内容ではなかった。

現政権(朴槿恵)になり、確かにこれが

・2014年新学期から、試験校(163校)を対象に、小学3、4学年、中学1年の 社会・科学に試験導入開始(2015年度からは小学5年も対象) 。

と変わったのは事実だがそれは後述するように、「21世紀型スキル」などへの対応を含め、教授内容を見直すことがまず決まったため、その内容が固まってから電子化にあらためて取り組もうということになったのに過ぎない。

さらに日韓の違いで気を付けないといけない留意点として「電子教科書」の定義・内容がある。

日本では教師用・指導者用コンテンツのデジタル版を「デジタル教科書」と呼んでいるが、韓国では生徒用を指す。ここでは暫定的に、韓国のものを電子教科書、日本で通常使われるものをデジタル教科書と仮に使い分けてみよう。

韓国の電子教科書の内容は次のようなものを指す。

・既存の教科書内容に用語辞典、マルチメディア資 料、問題集、参考書機能等を付加したもの。
・PCやタブレット等で時間や 場所を問わずに活用できる。
・韓国教育学術情報院(KERIS)が電子教科書のサービスとインフラ業務担当。

 

 

2.日本でも起きている、教育内容の再検討がデジタル化スケジュールを遅らせた

社会全体がデジタル化、ICT化の影響で、その構造を大きく変化させている。これまでの「読み書きそろばん」に加えて、「読み書きそろばんプログラミング」と言われるようになったのはこの象徴だ。加えて、ネット上を情報が駆け巡り、知識へ容易にアクセスできる状況になると、従来以上に教科・領域横断的に学習する能力、生涯をかけて学習し続けられ、刻々と変貌をとげる社会への適応能力の涵養が必要になってきた。

そこで韓国政府は次の教育課程改定のタイミングである2018年に向け、

・文系と理系の区分撤廃。高校で文理融合必修科目新設
・中学校でのソフトウェア(プログラミング)教育必修化など大規模な教科変更

を検討することとした。

そしてそれまでの間は、むしろ生涯教育、進路教育の充実にICTを活用することを決めた。

その他にも、実証研究において、ICTの成果として学習に対する効果が思うように見えてこないといった事情、それを背景に教育の現場からも急速なICT化に対する不安、危惧の指摘がある模様。

3.電子教科書の標準化活動で韓国は引き続きイニシアティブを握っている

さて上記韓国の電子教科書はEPUBフォーマットで作られている。国策でそう決めた。

日本のデジタル教科書の大半がフラッシュで作られているのとは好対照だ。ここへ来て、EPUBでのデジタル教科書も意識されるようになってきている(例:CoNetsはEPUB採用で、東京書籍の先を行こうとしている)が、まだまだの状況。

世界を見渡しても韓国は、義務教育へのEPUBの採用にきわめて熱心な国。EPUB 3のデジュール化の旗振り役を演じてきたのが韓国だった。その中心人物は、韓国教育学術情報院(Korea Education & Research Information Service, KERIS)のYong-Sang CHO氏。

JEPAセミナー、二番目の登壇者、村田真氏によると、EDUPUBの立役者も実は
Yong-Sang CHO氏だとのこと。

EDUPUBとは電子書籍の世界標準規格であるといっていいEPUBに、教育観点の機能を持たせるための仕様を議論する活動。

電子書籍の国際標準規格であるEPUBはネットを構成しているHTMLとCSSなどWeb標準の技術群を下敷きに作られており、IDPFがその責任主体。そのネットの標準規格策定はW3Cが担っている。

そしてテスト、ドリル、演習問題のデジタル化、また学習結果の評価、進捗度管理などで長く、そのアーキテクチャ構築の分野で知見、ノウハウを築いてきたのがIMS/GLC

IDPF、W3C、IMS/GLC、この三者がEPUBに、教育観点の機能を持たせるべく共同作業をしている。2年前からの活動で、第一回目の会合は米国ボストンで2013年10月に開催された。

実はこのボストン会議を、その2年前から画策、準備したのが、日本の文科省にあたる韓国教育学術情報院(KERIS)のYong-Sang CHO氏。ホテル代飛行機代をすべて負担して、それまで交流がなかったIDPFとW3Cの幹部を韓国で面談させていた。

現在もその姿勢は変わらず、三者のさまざまな会議に出席しては議論を先導している。

(IDPF)
・IDPF EPUB 3.1 WGの会議に韓国からは7人参加(日本は2名)
・EPUB 3.0をISO/IEC JTC1に持ち込み、Technical Specificationとして発 行

(IMS/GLC)
・IMS グローバル ラーニング コンソーシアムに参加し、合意文書を締結
・Readiumの上でCaliperの実装を開始

(ISO/IEC JTC1/SC36(教育) • WG4)
・Readiumの上でCaliperの実装についてSC36で発表

いかに韓国が先進的かは、たとえばEPUB教科書の上に学習記録をとる仕掛けをKERISはすでに実装していることなどに現れている。

だから韓国の電子教科書推進事業の計画変更、その時間的な遅れを持って「後退」ととるのは全くの誤りだ、ということになる。

[一部修正 20151105]

→ ●教育のICT化 韓国は日本とどこが違う? 【セミナー備忘録】(下) 


 

◇関連URL
●セミナープレゼン資料:
韓国ICTと教育ICTの最新動向 http://www.slideshare.net/JEPAslide/ictict
韓国教育ICT標準化動向 http://www.slideshare.net/MURATAMakoto/ict-54525094
Proof of Concept for Learning Analytics Interoperability http://www.slideshare.net/zzosang/proof-of-concept-for-learning-analytics