「合理的配慮」と電子書籍サービス

「合理的配慮」と公共図書館

2014年1月、日本政府は「障害者の権利に関する条約」(障害者権利条約)を批准した。また批准に先立ち2013年6月には、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)が制定され、2016年4月から施行される。

この障害者差別解消法の施行により、障害者に対する「合理的配慮」の提供が、公共図書館では義務、私設図書館では努力義務となる。

公共図書館における「合理的配慮」の範囲はひろく、

・施設・設備
所蔵資料
・人的対応など図書館サービスの全体

に関わってくる。

具体的には、

・建物や設備がバリアフリーになっていない場合に車いすの利用者への仮設スロープ等の対応
・視覚障害等で紙の資料の読みに困難のある人にDAISY音訳図書等を貸し出す
・来館した聴覚障害者等とのコミュニケーションにおける手話や筆記等での対応

などが想定される。

このうち「所蔵資料」に関連して、電子書籍サービスのアクセシビリティ対応に注目が集まっている。

電子書籍サービスに公共図書館として期待している機能としては,「文字拡大機能」72%,「音声読み上げ機能」62%,「文字と地の色の反転機能」45%といったアクセシビリティ機能。
(電子出版制作・流通協議会によるアンケート調査(743 館が回答))

 

「合理的配慮」と電子書籍サービス

電子書籍はその技術的特徴、あるいは技術的可能性として文字を拡大して見せる(読ませる)、音声で聴かせる機能を有する。これは紙の書籍では実現できないことで、この点が「合理的配慮」を満たすとして期待されうる。

つまりこれまで読書へのアクセス、アクセシビリティというキーワードで議論されてきたことが、障害者差別解消法の「合理的配慮」の概念と重なることから、「電子書籍サービスのアクセシビリティ対応がどこまで進んでいるか」に関心が高まってきているのだ。

 

電子書籍にも2種類

ただし、上記電子書籍の技術的特徴、技術的可能性をすべての電子書籍が実現できるわけではない。

電子書籍には大きく分けて、リフロー型電子書籍とフィクス型電子書籍があり、「合理的配慮」に応えられるのはリフロー型のほうだけだ。

リフロー型電子書籍とは、「表示するデバイスの画面サイズや文字サイズの変更などに合わせて、テキストやレイアウトが流動的に表示される方法で制作された電子書籍で」、「フォントを拡大したり縮小すると、1行の文字数が自動的に変更されて再表示されるため、紙の書籍のようなページの概念を持たない」。

またテキスト情報を保有していることからTTS(Text to Speech:音声合成) による音声読み上げが可能となる。ただしこのテキスト情報保有には、テキストデータ析出作業が、(現状の出版社の書籍制作作業を前提にすると)追加作業として必要になり、フィックス型と違いコスト高となる。

一方フィックス型電子書籍とは、「表示するデバイスの画面サイズに関わらず、印刷された本と同じように文字や図表などのレイアウトが固定される方式で制作された電子書籍」のこと。

版面の画像データから作成が可能で校閲の手間が省け、短期間に安価に制作することができる。しかしテキスト情報を保有していないため、そのままでは音声読み上げはできない。

 

「音声で聴かせる」と電子書籍システム

リフロー型電子書籍はテキスト情報をデータとして保有してはいるが、「音声で聴かせる」について実は、電子書籍システムの側で2通りのやりかたがある。

・音声データを別途準備する
・文字を機械で読む

 

イ.音声データを別途準備する

電子書籍を作る側がテキストデータとは別に音声データを準備している場合(オーディオブック、読み上げ絵本)、電子書籍システムの側でそのテキストと音声を同期させる機能を持たせるとその電子書籍を活用できる。人が朗読する音声がデータとなるため、自然な読みを期待できる。

ただこの場合はシステムのビューアに合わせた電子書籍開発が必要となり、音声データの準備と合わせかなりのコストとなる。また電子書籍の容量が大きくなり、電子書籍システムの負荷も問題となる。

 

ロ.文字を機械で読む

「機械で」と言っても、誰が(何が)読むかでその仕組みに2パターンがある。OS自体が読み上げ機能(アクセシビリティ機能)を持つものと、ビューアが音声合成機能であるTTS ソフトを介して読み上げるものの2パターン。

さらに後者は、

・ビューアアプリ(電子書籍やテキスト読み上げビューア)が読み上げる
・ブラウザ(GoogleCrom 等)とブラウザに適合したプラグインソフトを利用して読み上げる
・アプリケーションソフトが読み上げる

の3種類がある。

こちらはイ.とは逆に、制作コストが少なくてすみ、システムの側もテキスト情報であるため容量が少なく、負荷が小さいことになる。

 

ハ.コスト面で有利なTTSの弱点

音声データを別途準備するのに比べ、文字を機械で読ませるTTSはコスト面で有利。反面、機械よみならではのハンデ、デメリットがある。

機械は漢字に弱い。

「機械が読む」とは、文字と一対一対応している「文字コード」を機械が認識しているのに過ぎない。ひらがな、カタカナはその「文字コード」と音を一対一対応させれば、とりあえず音声化が可能。

しかし漢字はどうだろう。漢字一文字一文字に一対一対応している「文字コード」に音を割り振ることができない。なぜなら漢字の読みは複数あり、漢字と漢字を組み合わせた単語になるとことはさらに複雑だからだ。漢字では「読み」の間違いが頻出する可能性がある。

またイントネーションにも難がある。

たしかに最近は、テキストの内容に合わせ漢字の読みを判定するソフトや、データベースが整備されてきて、かなりの程度、間違わなくなってきている。が、読み間違いを「ゼロ」にするのは難しい。

しかしここで、「多少の読み間違いがあっても、それで電子書籍化が躊躇されることより、ラインナップが増え、読める(聴ける)作品の数がふえるほうがありがたい」という読者からの声があるのも事実。

小説などの「楽しむ読書」のジャンルであれば、それでいいのかもしれない。

もっとも、「知る読書」、たとえば「教科書」「資格試験テキスト」「法的文書」「技術関係文書」などはその性質上やはり「正確性」が追求されなければならない。

この読者の側のニーズと制作する側の負担との交通整理をするべく政府が動き、策定された「ガイドライン」がある。

総務省は平成 27 年 6 月、「音声読み上げによるアクセシビリティに対応したガイドライン」を公表した。このガイドラインでは、電子書籍について音声読み上げ対応のための記述方法やアクセシビリティに対応した電子書籍リーダーの設計指針等が取りまとめられている。

 

進んでいない公共図書館向け電子書籍サービスの普及

そもそも公共図書館が「合理的配慮」に対応し、電子書籍システムを整備しようというとき、ふたつのやり方がある。

・インハウス型(クライアントサーバ型)
・アウトソーシング型(クラウドコンピューティング型

前者は自館サーバに電子書籍データを蓄積し、図書館ユーザーに閲覧させる方式。しかし電子書籍システムの自前開発をするには予算も人材もない。00年代に話題になったが途絶え、現在主流なのは後者の、システムベンダーとの契約によるクラウドコンピューティング型(電子書籍システムを導入するやりかた)。

そして現在日本には8つの電子書籍システムが存在する。しかし日本に公共図書館は3200を超えるが、そのうち電子書籍システムを運用しているのはわずかに30数館でしかない。

その中で一番のシェアを誇るのはTRC-DL。そのシステムは、「読み上げ機能」を有しているのだがユーザーの声は厳しい。

「全国 35 の公共図書館で電子書籍サービスを行っているが,そのほとんどが障害者などへの利用を考慮に入れていない。それは電子書籍ベンダーや出版社が障害者の利用をシステム開発の前提に置いていないからである。(杉田正幸(大阪府立中央図書館))」。
(図書館向け電子書籍サービスシステムのアクセシビリティの現状と課題 http://bit.ly/1R7VY12

そもそも「予算確保」72%、「サービスを導入するための知識がない」55%、「サービス中止に対する不安」46%などの理由から、電子書籍サービスの導入ができていない(電子出版制作・流通協議会によるアンケート調査(743 館が回答))現状があるが、アクセシビリティに対応した電子書籍が少ないのも、公共図書館が「合理的配慮」への対応として、電子書籍システム導入に動けない理由になっている模様。

アクセシビリティに対応した電子書籍の数が少ないのはひとえに、(上で観てきたような)コストとそのコストを回収できる売上見込み(現在、公共図書館3千館に対し、電子書籍システム導入館は30強)が立てられないでいることにある。

「音声読み上げによるアクセシビリティに対応したガイドライン」が、制作面のコストの壁を取り除く契機となることが期待される。


◇関連URL
●公共図書館 2014年 (日本の図書館統計) http://bit.ly/1O4eZlD

●日本の公立図書館の電子書籍/電子図書館サービス http://oui-oui.jp/eb-lib/

●日本の電子図書館の活用状況・普及の程度 http://society-zero.com/chienotane/archives/573

●図書館向け電子書籍サービスシステムのアクセシビリティの現状と課題 http://bit.ly/1R7VY12

●リフロー型電子書籍 (JEPA|一般社団法人日本電子出版協会 ) http://www.jepa.or.jp/ebookpedia/201508_2553/

●フィックス型電子書籍 (JEPA|一般社団法人日本電子出版協会) http://www.jepa.or.jp/ebookpedia/201508_2551/

●「視覚障害者等の電子書籍の利用方法とアクセシビリティの現状」 http://j7p.net/ronbun/20150219kinki.html

●アクセシビリティに対応した電子書籍の普及促進(総務省) http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/b_free/b_free04.html
音声読み上げによるアクセシビリティに対応した 電子書籍制作ガイドライン http://www.soumu.go.jp/main_content/000354698.pdf

●「合理的配慮」の基盤としての情報のアクセシビリティ 障害のある人にもない人にも情報を届けるために https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/58/4/58_259/_pdf

●障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律 http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/pdf/sabekai_leaflet_p.pdf 

 

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