ビッグデータによる学習解析研究の意義 【セミナー備忘録】

(個人用のメモです。議事録ではありません)

□ 「学習ビッグデータ分析(LA:Learning Analytics)最前線」 - グローバルな最新情報と学習理論からの考察 - http://www.asuka-academy.com/seminar/20150729.html

■「ビッグデータによる学習解析研究の意義 - 学習理論・教材開発論の観点から」
(講師:放送大学教授 山田恒夫先生)

◎全容は下記動画で確認できます。ここでは個人的に面白いと感じた3点をメモしておきます。
YouTube https://www.youtube.com/watch?v=1aHEgmzxHvo

1.明治二十年問題とe-ラーニング・システム

インターネットを活用した遠隔教育、あるいはe-ラーニングの活動とこれまでの実績が、「明治20年問題」同様の変革の時期に来ている、との指摘があった。つまり、電子教科書がいまやプラットフォームを目指している。それゆえ、LMSやMOODLEは今後電子教科書にとって代わられる可能性がある、というのだ。

山田先生の家系はもとを辿ると木版印刷の事業家。遠い家系の実感に基づいた指摘。そして「明治20年問題」とは木版印刷業界が明治20年を境に、活版印刷に道を譲った史実を指す。

もう少し説明しよう。

活版印刷は機械でプレスして「刷」る。一方江戸時代の木版印刷はパレットで人が「摺る」、つまり同じ「する」でも人力が基本。

明治という時代、文明開化は大量印刷を要求していた。大量印刷には機械プレスが向いていて、「摺る」和本は20年かけて衰退していき、明治二十年は洋本(=活版印刷の対象)の点数が和本の点数を上回る年となった。

同時に和本は、板木という目に見えるモノを支えに精緻に組み上げられた制度の上に花開いていた。業界も人材も、和本の制作と流通、読書の制度、習慣があってこそ栄えることができ、ご飯を食べていけたが、モノとしての板木がその拠り所・価値観を支えていた。

一方当時、活版は文字を印刷のたびにほどきなおした。つまり一旦「あ」「い」「う」という活字を使って、印刷用の組版を作る、しかし印刷作業が終ると、組版からひとつひとつの活字はもとの活字箱に戻される。だから「版」がモノとして残らない。それを和本文化、和本職人は嫌がった。変化に追随しようとはしなかったので出版界では、「人」がそっくり入れ替わり、新時代へとシフトしたのだった。

さてセミナーの眼目は ビッグデータによる学習解析だ。「明治20年問題」とどういう関係がある?

さらにもう少し説明しよう。

EDUPUBの活動というものがある。これは、世界標準の電子書籍フォーマットであるEPUBという、ある意味、(電子)書籍という「閉じた系」への、教育目的の機能を仕様として取り込むことを目的とした活動。

ところがその中に、このラーニング・アナリティクスの機能を実現する仕様も含まれている。学習履歴を記録し、それを外部の仕組みへ還流させる「通信」の機能を備えるための仕様。そもそもテストやクイズ、演習をWeb上で実現するように、電子教科書上でこなすことも予定にはいっている。

つまり本来閉じた系としての電子書籍が、電子教科書を目指す過程で、「開いた系」としての書籍に姿を変える方向性がある。

なぜそんなアクロバティックなことが起きうるのか。

EPUBはHTMLとCSSをその構成要素としている。HTMLもCSSも、ホームページに関わったことがある人ならお馴染みの単語。Webの部品で作られているのがEPUBで、それが通信機構・機能まで持つことでWeb同様、いつでも、どこでも、だれとでも情報をやりとりする媒体へ生まれ変わるのだ。

しかしここまでのe-ラーニング・システムはHTMLやCSSとは無縁の世界でノウハウを積み上げてきた。仕様はHTMLやCSSをベースとしていない。

とすると、books as a service、プラットフォームを目指している電子教科書は今後、LMSやMOODLE 註1 にとって代わるもにになっていく、のでは、との連想につながる。

 

2.眠っていた学習理論の復権

一時期脚光を浴びたがいまではあまり振り向かれない、20世紀の学習理論がある。実験的行動分析 註2 、そしてアフォーダンス 註3 。これらが、ビッグデータとしての学習履歴の統計的処理と、それを活用した学習過程の最適化を目指す運動の中で再評価されるのでは、との指摘。

別の記事で、この日のもうひとりの講演者、上智大学の田村恭久先生のお話を下敷きに「ラーニニング・アナリティックス」を書いているので、そこを参照してほしいが、現在議論されているラーニニング・アナリティックスの仕様は、ラーニング・アナリティックスのパラダイムシフトを惹き起こした、と言われている。

分析の対象が、「不足している知識は何か」、「未達の単元は何か」を特定する、といった(粒度の細かい)レベルから、そもそも学習者のメタ認知スキルはどういうものなのか、といった(粒度の粗い)レベルまで広がってきた。多様化・多面化した学習履歴分析には、眠っていた学習理論の援用が必要だというわけだ。

学習研究の方法論が、仮説検証から学習過程の記述(※)へ、重心がシフトする流れと呼応した現象。

※個体(individual)の、
 個別(personalized)の、
 ある文脈(社会的文脈を含む)での
 適応過程の記述

 

3.学習(機能)の代替が起きるとき、人は?

言葉の登場以前、人間は脳の中に3つのモジュールを持っていた。3つのモジュールは「博物的知能」、「技術的知能」、「社会的知能」で、それぞれ独立して物事を認識し、問題の解決にあたっていた。

およそ20万年前、比喩の機能がこの3つをつなぎコラボレーションさせた時、言葉が生まれ、新しい概念や技術を生み出し、人類は環境の変化に適応(adaptation)することができるようになった。
(山極寿一『家族進化論』第6章 家族の行方 1 ホモ・サピエンスの登場)

個体発生過程における環境への適応(adaptation)、これが学習(learning)の意味内容であり、学習機能の人間にとっての意義だ。生きるとは学ぶということなのだ。

ところで最近、AI(人工知能)との関連でシンギュラリティが注目を浴びている。自身で学習する人工知能が現実のものとなっている。その人工知能が自己学習を続けた先、「2045年にはコンピュータの能力が人間を超え、技術開発と進化の主役が人間からコンピュータに移る特異点(シンギュラリティ)に達する」とされている。

生きるとは学ぶということ。学ばなくなったとき、その人は生きているといえるのかどうか。あるいは学ぶ必要がなくなったとき、人は生きて行けるのかどうか。

ネアンデルタール人のような知的な種も滅んだ。私たち人類も決して例外とはいえない。シンギュラリティ、短期間で人間を超える人工知能が現れる。学習解析研究はそのときどういう意味を持つのか。存在意義を問われるのではないか、そういう哲学的なご発言も山田先生からあった。


註1:Moodle(ムードル)とはインターネット上で授業用のWebページを作るためのソフト。GNU GPL(General Public License)の下で配布されているオープンソースLMS(Learning Management System)。つまり、Moodleは著作権で保護されているが、利用者はコピー・利用・修正してかまわない。
LMSとはeラーニングの実施に必要な、学習教材の配信や成績などを統合して管理するシステムのこと。

註2:行動分析学会のHPの説明によると行動分析学は、人間を中心とした生物全般の諸活動を主として環境と個体との相互作用 という側面から探求し、行動に関する因果法則を明らかにしていこうとする学問。 B.F.スキナーのオペラント条件づけの体系を土台として、 現在では実験的行動分析、理論的行動分析、応用行動分析の各領域で活発に研究、実践が行われている。
(行動分析学 http://www.komazawa-u.ac.jp/~ono/basummary.html

註3:アフォーダンス(affordance)とは、環境が動物に対して与える「意味」のことである。 アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンによる造語であり、生態光学、生態心理学の基底的概念である。「 与える、提供する」という意味の英語 afford から造られた。
(アフォーダンス - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%B3%E3%82%B9

 


◇関連URL
●書籍の明治20年問題について http://blog.bunsei.co.jp/2013/02/08/meiji20/

●明治二十年問題  和本が滅びた年 | 詩想舎の情報note https://societyzero.wordpress.com/2014/01/21/00-133/

●ラーニング・アナリティックス(LA)|EdTechPedia http://society-zero.com/chienotane/archives/1913

● 総務省が「2045年の人工知能」「シンギュラリティ」の研究会、第1回会合で激論 http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/020900464/

○人工知能の研究開発をどう進めるか 技術的特異点(シンギュラリティ)を見据えて https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/58/4/58_250/_pdf

●(インタビュー)人工知能は脅威か 英オックスフォード大学教授、ニック・ボストロムさん http://www.asahi.com/articles/DA3S11877106.html 

 

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