専門書出版社が取り組んできた電子出版事業の現場10年とその先 【セミナー備忘録】

◎電子出版事業推進における勘所を専門書・実用書出版社の視点で紹介するセミナー。

講師 馮 富久 氏
株式会社技術評論社 クロスメディア事業室室長

開催概要
日時:2021年2月16 日(火) 16:00-17:30
会場:オンライン Youtube Live(定員ナシ)またはZoom(300名)
主催:日本電子出版協会(JEPA)
https://www.jepa.or.jp/sem/20210216/

(個人用のメモです。議事録ではありません。全体の詳細な内容は下記URL・講演映像をご視聴ください。また記事中の図画はプレゼン公開資料を使用しています)

講演資料 https://bit.ly/JEPA20210216GIHYO
講演映像 https://www.youtube.com/watch?v=nBm2Jp_VH0M

 

1.電子書籍で4桁の売上(部数)も

本セミナー、馮氏発言の一番の注目ポイントは電子書籍の売り部数として3桁の販売数のものがかなりの割合で増えてきているという点。年々進む日本社会におけるオンライン・デジタル化を背景に4桁(売り部数)の例すら出てきた。とりわけ昨年2020年はコロナ禍でのオンライン授業の要請やリモートワークの実践など、その状況を、外的要因が後押ししている。

・特に電子だから売れたというだけではなく、「紙で売れるものが電子でも売れる」。まずコンテンツ力の向上こそが市場拡大につながる。次に紙・電子それぞれでの特性を理解する。
・2015年4月年よりサイマル出版(紙版とほぼ同時に電子版を出す)が体制として整った(2014年4月の雑誌展開がきっかけで社内コンセンサスが取れた)。
・良く売れる販売サイトとしてはKindleが一番になるが、自社サイトも健闘している。また他社販売サイトとは直取引が原則。

Gihyo Digital Publishing
Amazon Kindle
楽天Kobo
honto
BookLive
ヨドバシ・ドット・コム
DMM.com
Googleブックス(ビジネス的な判断で現在は新規配信していない)

・特に自社サイトではEPUBとPDFのセット発売(1つの価格で2つのフォーマットが入手可能)をやっていて好評。
・自社販売はSocialDRMが前提。過去、無断複製などのトラブルは数回発覚したが、サーバ事業者へ削除依頼など個別に対応している。

ネット販促施策としては早めの情報開示、著者を含めたSNSからの情報発信、外部メディアと連携した内容紹介などに心がけた。

販売価格は紙版も電子版も同じ。出版者とはコンテンツパブリッシャーであり、紙版と電子版とで内容が同じなのに異なる価格を設けるほうがおかしい。紙代や印刷代がかからない分安く、といった考え方はとらない。
・ただし原価率や収益率の考え方は紙版・電子版でその特性に沿った発想をすべき。たとえば紙版では納返品分をふまえた採算計算が行われるだろうし、電子版を作るには、アップデートに伴う運用保守費がかかる。

 

2.紙と電子両方で「売上/利益」最大化を目指す体制作り

2010年から電子化事業に着手。自社サイトを2011年8月にスタート。2012年に今に至る主要プレヤーの電子書籍販売サイトが登場、この機運を受け2013年、サイトリニューアル、ここで割引セールなどをすれば4桁行くことを実験してみたりした。2014年にはEPUB/PDFのセット発売をスタート。「こういうスタイルを待っていた」といったユーザーの声に押され2015年から本格的なチームを発足。

・最近はサイマルからさらに進んで、電子版を先行させKindleサイトでのランキング上位入りを実現することで紙の販売好結果(リアル書店でも売上好調→重版)につながるような事例も(デジタルファースト)。

・電子書籍には固定型とリフロー型があるが、データとしての情報量を担保することやアクセシビリティ確保の観点から、リフロー型が推奨される

・もちろん書籍の内容からリフロー型、さらに言えば電子化に向かないものもある。レイアウトが複雑なもの、他にはたとえば写真が多いもの、素材集など。

・電子版データ作成は外注。リポジションさんがメインで青森のNPO団体AOITと取り組んだ事例も。

・とにかく「紙VS電子」議論は不毛。「こういうスタイルを待っていた」といったユーザーの声に象徴されるように、紙版を選ぶか電子版を選ぶかはあくまでユーザー次第。紙と電子両方で「売上/利益」最大化を目指すのが実用書専門書の出版社としてとるべきスタンスではないだろうか。

 

3.データを自前で持つことが重要

紙と電子両方で「売上/利益」最大化を目指すのにもっとも重要なことが「データを自前で持つ」こと。

・技術評論社では、紙の書籍・雑誌を制作するにあたり、著者からいただいた原稿および自社内で準備した原稿の編集およびInDesignデータの管理は自社内ですべて行っている。2010年ごろから電子出版事業に本格参入するにあたり、紙版の完成データについてはInDesignマスター・PDFともに自社内ですべて保存することを徹底し、それをもとに電子版データを作成している。
また、その体制があるからこそ、紙版・電子版を同時発行、ときに、電子版を先行させるスケジュールを実現できる(データを直接扱えることによる柔軟な制作体制の実現)。

・馮氏曰く、「原稿(およびそれに紐づく著作権)はもちろんのこと、完成データの管理は出版社の責任なので、電子出版事業を進める上で、データ管理は出版社として最低限整備すべき業務」と認識しているとのこと。

・セミナーでは他社の例も紹介されたが、組版データなどの元データ管理についてはいずれも同様の体制がとられている模様。



以上