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「読書子に寄す」とiCardbook

1927年(昭和二年)岩波書店が「岩波文庫」を創刊するにあたり、大きな役割を果たしたのは哲学者の三木清です。有名な創刊の辞「読書子に寄す」の草稿を書いたのも三木だったとされています(津野海太郎『読書と日本人』)。このとき岩波文庫の「文庫」とは、「個人蔵書」の意味に三木氏が使っていたことはもう少し記憶されてよい事実かもしれません。

そしてそれはどうやら野口悠紀雄氏が『知の進化論 百科全書・グーグル・人工知能』で力説し、その日本社会での認知のなさを嘆く、「プル型読書」という概念とも通じるものがあります。

「日本では、「プッシュ」された情報を受けとるだけの人が多くいます。それは、テレビの視聴時間が長いことに現れています。(略)日本の書籍に索引がないのは、書籍がプルの手段として意識されていないからでしょう。アメリカでは、索引のない本は専門書とはみなされません。これは、情報を「プル」したいと考えて本を読む人が多いからです。」(野口悠紀雄『知の進化論』 第四章 検索という方法論)

つまり、使うために「読書」する態度こそが重要なのだと野口氏は主張しているのです。

同様に三木氏は実践的に本を使うという「読書の倫理」を唱えました。

「本は自分に使えるように、最もよく使えるように集めなければならない。そうすることによって文庫は性格的なものになる。そしてそれはいわば一定のスタイルを得て来る。自分の文庫にはその隅々に至るまで自分の息がかかっていなければならない。このような文庫は、丁度立派な庭作りのつくった庭園のように、それ自身が一個の芸術品でもある。(「書物の倫理」三木清『読書と人生』所収)」

そのためには、誰しもが手に取れる、廉価版(文庫 著者注)を刊行する出版社が存在しなければならない。ただしこれは企業経営的には大変な冒険。廉価版で数が売り部数として大きい規模で出てくればよいが、そこそこの売り部数しかないと、このプロジェクトは破たんするからです。

そこで「読書子に寄す」は「性質上経済的には最も困難多きこの事業にあえて当たらんとする吾人(岩波書店 筆者註)の志を諒として、その達成のため世の読書子とのうるわしき共同を期待する」、要は出版社が不退転の意気込みで事業をやるから、「みんな買ってね(読書子とのうるわしき共同を期待する)」と結ばれているのです。

さてあれから百年の時間が経ちました。実は「経済的には最も困難多き」という部分に革命的な変化が起きました。デジタル化です。

なぜ廉価版(岩波文庫)が社運を賭けた大事業であったかというと、紙で印刷し、在庫を抱えた場合のリスクがあったからです。しかしデジタル化で在庫のリスクは消えました。

ところが今度は、「読書環境」が昭和初期と比べ大きな変貌を遂げ、新たな課題を出版社に突き付けています(この点は「移行期にあるヒト社会」で触れています)。

つまり「読書」が机に向かって本を読む、というスタイルから、隙間時間にどこでも好きな時にスマホ等の情報端末画面から読む、というスタイルに変わりました。この時代の変化に合わせ、スマホ最適化をどうやって果たすか、厄介な課題です。

それに対する応答、ひとつの試みがカード型専門書ebook、iCardbookレーベルでした。
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もっとも別のリスクが登場します。この新しい本のカタチにみなさんが馴染んでくれるだろうか、受け入れてくれるだろうか、読書はこれで本当に活性化されるか、などなどです。

そこで2017年(平成29年)iCardbookの版元、詩想舎は岩波書店にならって言わなければなりません。

「性質上経済的には最も困難多きこの事業にあえて当たらんとする吾人(詩想舎)の志を諒として、その達成のため世のアクティブ・ラーナーとのうるわしき共同を期待する」。

カード型専門書ebook、iCardbookの第一期分6点は下記URLから見ることができます。
・iCardbookを、読むとあなたはアクティブ・ラーナー。
http://society-zero.com/demo/index.htmlicardbook front