日本の若者に低い自己肯定感と「楽しむ」

◎知恵クリップ|結弦(ゆづる)も五月(さつき)も知っている、「自己肯定感と楽しむ」の秘密◎

 

■ロコ・ソラーレ スキップ藤澤五月の右手の文字

北京オリンピックでひときわ日本の人々の目を引いた競技がカーリング女子でした。その中で、各ゲームの終盤を任されるスキップ担当の藤澤五月の右手に書かれた文字が、世界のメディアでも取り上げられ、話題になりました。

2月12日、世界ランク4位のROC(ロシア)戦の第7エンド。大逆転勝利を導いた、そのストーンを投げる藤沢の右手には、

「I am a good curler.
I have confidence!」

の文字があったのです。

・I have confidence(自分を信じて) ロコ・ソラーレ スキップ藤沢五月の右手

(逆転のカーリング女子、ROCも破り3連勝!涙の抱擁 終盤連続スチール/北京五輪 )

I have confidence。この、自分への信頼、自信(self-confidence)は自己肯定感の上に築かれます。

自信(self-confidence) = 経験(experience) × 自己肯定感(self-esteem)

すなわち、素晴らしい結果を出し、他の人に真似できないことを成し得たとしても、それを自分が認めていなければ(not self-esteem)自信にはなりません。他方、どれだけ自分が認めていようが、行動して実際に結果が伴わない(not experience)とそれも自信にはなりえません。

そして、「どうせできない」と考えるよりも「きっとできる」と考えられる人の方が、行動を起こし、具体的な成果を出せることにつながります。子どもの場合、学習結果にも大きな違いを与えるでしょう。

この自己肯定感が、世界の中で、日本人は低いと言うことがよく指摘されています。

 

■日本の若者に低い自己肯定感

2019年6月、内閣府は「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査(平成30年度)」を発表しました。 この調査は、日本、韓国、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデンの7か国の若者(13~29歳)に、人生観や学校、家庭、国家などについてアンケート調査したものです。

この調査によると、日本の若者は諸外国の若者と比べて自分を肯定的にとらえている割合が非常に低いのです。しかもこれらの数字は、2013年度の調査から更に低下しており、日本人の若者たちの自己肯定感の低下が進んでいることがわかります。

・日本の若者に低い自己肯定感

子どもの自己肯定感が低いとどうなる? 教育評論家が解説

自己肯定感を培ううえで重要なのは、家族からの愛情を実感できることだとされます。

幼児期から小学生くらいの年齢の時期は、「何かができる」ことよりも大切なことは、子どもの育ちの基盤がしっかりとできることだ、と力説するのは東京大学の遠藤利彦教授です。

子どもの育ちの基盤とは、「アタッチメント」を形成することです。アタッチメントとは、「不安定な時に特定の大人にしっかりくっつくことで確かな安心感を得て、その中で形成される情緒的な絆」のこと。アタッチメントを通して、基本的信頼感(安全の感覚)、自律性(ひとりでいられる力)、共感性(他者の気持ちを理解し、思いやる力)が育まれる、というのです。

 


幼少期に育てたい「非認知能力」、コロナ禍の子育てでも問題ない?(東京大学教授 遠藤利彦さん)

・『赤ちゃんの発達とアタッチメント: 乳児保育で大切にしたいこと(遠藤利彦)』


 

■自己肯定感(self-confidence/self-esteem)/自尊感情(self-esteem)/自己効力感(self-efficacy)

ここで自己肯定感と類似した単語に、自己効力感や自尊感情があります。簡単に整理しておきましょう。

自尊感情(self-esteem)とは

「self-esteem」は、一般的には、自己に対して肯定的な評価を抱いている状態、あるいは、ダメな部分も含め、自分自身を価値ある存在として捉える感覚のことで、日本語で自尊心または自己肯定感の用語が当てられます。ただ、自尊心には「プライド」の要素もあるため、「(ダメな部分も含め)ありのままの自分を認める」というセルフ・エスティームの意味合いが伝わらない恐れがあります。セルフ・エスティームの意味で使いたい場合、自尊心より自己肯定感が適切でしょう。

・自尊感情と自己肯定感

自尊心と自己肯定感の違いとは? 意味をわかりやすく解説

ただ自尊感情を論じる際には,文化を考慮する必要があると言われます。なぜなら、自尊感情は他者の反応を通して感じられる、社会的状況における自分自身の適切性、という要素があるから。

たとえば、米・日・中の大学生の調査で、顕在的自尊感情について、アメリカと中国の大学生がきわめて高く、日本の大学生は極端に低い。ところが、親友と比べた潜在的自尊感情(わたしの方が実はイケてる)で、3カ国の差はほとんどなくなり、集団のなかの潜在的自尊感情(このグループのなかで自分がいちばんイケてる)で、日本の大学生の自尊心は、アメリカや中国をひき離して圧倒的に高い、といった具合です。(Apparent Universality of Positive Implicit Self-Esteem - Susumu Yamaguchi, Anthony G. Greenwald, Mahzarin R. Banaji, Fumio Murakami, Daniel Chen, Kimihiro Shiomura, Chihiro Kobayashi, Huajian Cai, Anne Krendl, 2007

集団と個人の関係を規定する文化的因子が、自尊感情の構造に影響を与えているのです。

自己効力感(self-efficacy)とは

自己効力感とは、「自分はこの課題を解決できる!」「自分ならやればできる!」などと、自分の能力や成功を信じる気持ちのことです。

他方、自己肯定感は、「自分はここにいてもよい人間だ」「自分は価値のある人間だ」と自分の存在自体を認める気持ちのことです。能力やスキルとは関係なく自分を認められることが、自己肯定感の大きな特徴。そして、自己効力感が高いほど、自己肯定感も高い傾向にあります。自分の能力やスキルを信じてさまざまなことにチャレンジした結果、自分の存在自体を認められるようになると考えられています。

・自己肯定感と自己効力感

自分を信じる感情「自己効力感」を親としての関わり方で高める方法 - 子育て&教育ひと言コラム - 伸芽’Sクラブ - 受験対応型託児所 -

・自己肯定感/自己効力感/自尊心

自分を大切にする―自己肯定感・自己許容力・自己効力感・自尊心のどれを高めれば知るチェックリスト

 

■「楽しむ」と自己肯定感の育成

最後に「楽しい」や「楽しむ」と、自己肯定感(の育成)との関連性について。

自己肯定感が高い人の特徴に、楽観的/失敗からすぐ立ち直れる/失敗をバネに成長できる()、といったことと同時に、「努力を楽しく継続し、目標を実現できる」があげられそうです。

北京オリンピックで、右足の不調が災いしたフィギュアスケートの羽生結弦。メダルを逃し、さすがに落胆の様子でしたが、2月17日午後、エキシビションのための練習を終えたあとのコメントは、「まだちょっと足が痛いですけど、楽しみました。まだもうちょっとだけ楽しませてください」でした。
羽生結弦 ソチ五輪SPの「パリの散歩道」の曲をかけて練習

そういえば、四連勝を飾ったカーリング、日本対中国戦で、スキップ藤沢五月の手には、「楽しもう!(Let's Have Fun!)」が付け加わっていましたね。

「I am a good curler.
I have confidence.
 Let's Have Fun!

・Let's Have Fun!(楽しもう!)

藤沢五月の右手の文字

【カーリング】人生最高のおまじない、スキップ藤沢五月が手に書いた言葉「楽しもう!」の意味

日本女子カーリングの見事な銀メダルの背景に、「自己肯定感と楽しむ」があったのかもしれません。

 


※失敗をバネに成長できる:
大激戦を制し、世界1位のスイスにリベンジを果たした準決勝戦。競技後のインタビュー

吉田知那美
「4位通過の私たちの最大のアドバンテージは、たくさんのミス、劣勢を経験出来ていたところだった。3点、4点取られることもすでに経験していたので、(第7エンドでスイスに3点取られても)驚くことはなくできました」


さて、それではいつものように、「自己肯定感」に関連した記事を紹介していきましょう。

 

■関連Web記事(知恵クリップ)

●「自己肯定感は高めるほうがよい」の勘違い、自己満足と混同していないか https://diamond.jp/articles/-/289808
同じ日本人のデータでも、時系列の変化を見ることが大事。つまり、児童期には多くの子が自己肯定しているのに、思春期になると自己肯定する子が一気に少なくなるという傾向がある。

これは、認知能力が発達し、抽象的思考ができるようになることで、理想自己を高く掲げるようになり、逆に現実自己を厳しい目でみつめるようになる、ことが関係している。
・女性の自己肯定感/年齢別変化

女児の自己肯定感、ピークは10歳…ワコール調査

・『自己肯定感という呪縛

●自己決定力がある子どもは幸せになる! “自分で考え、決められる子” はどう育てるの? https://kodomo-manabi-labo.net/jiko-kettei-ryoku
「自己決定力」が育つと、同時に自信や自己肯定感も育つ。「自己決定力」が高ければ幸福感も高まる。では「自己決定力」を育むために親ができることは?
・「小さな決断の機会」をたくさん用意してあげる
・宿題を手伝ってあげるのはやめましょう
・子どもの発言に親が「どうして?」と声をかけることで、より深く考えさせることができる

 

●日本がダメでも自分がよければそれでいい…のか? データが明らかにする若者世代の低い「自己効力感」|本田由紀| https://www.webchikuma.jp/articles/-/2565
「日本の高校1年生は、多数の国・地域と比較しても、生きる意味の感覚や自己効力感はきわめて低く、失敗することへの不安はかなり強い」。そんな若い人へ、「「自分」にとっての「日本」」を考えようと呼びかける『「日本」ってどんな国? 』の著者、本田由紀氏。
・『「日本」ってどんな国? ――国際比較データで社会が見えてくる

「日本という国の仕組みによって打ちのめされている若者は、日本という国を特に好きなわけではありません。でも、打ちのめされているからこそ、強そうで安定した存在には従順に従う傾向があるようです。それは結局、この国のだめだめ・ぐだぐだな現状をもたらしたり、少なくとも解決できてはいないくせに、なぜか威張っている大人たちに、強烈なNOを突きつけることができない現状をもたらしていることになります。」

 

●「あはは」「暗示をかけた」 羽生結弦を羽ばたかせた大人の接し方 - 2022北京オリンピック https://www.asahi.com/articles/ASQ1T5CJCQ1TUTQP00W.html
北京オリンピックで、右足の不調が災いしたフィギュアスケートの羽生結弦。メダルを逃し、さすがに落胆の様子でしたが、「もう少し、オリンピックを楽しみたい」とエキシビションにも登場し、優雅な演技で私たちを魅了してくれました。
・4回転半に挑戦した羽生結弦

羽生結弦 4回転半の〝再挑戦〟は?の問いに「もうちょっと時間ください

彼は「子どもの頃から、自信や意欲に満ちあふれていた」とのこと。そして、周囲の大人たちにも、自己肯定・好循環のエッセンスがあった、といえそう。

「まずは技術を習得することで、楽しみ、おもしろさに気づかせ、そして、将来どんな形で自分を表現できる機会があるか、暗示をかけながら成長させた気がします(青年期の指導教官)」。
教官がこう言ってほしいと頼んだ際、「羽生の母は「あはは」と笑って見守っていたという。(略)親や指導者に強要されずに育ったことが羽生が大きく羽ばたくうえで「逆に良かったのかなって(幼年期の指導教官))」」。

 

●お互いを「ママ」「パパ」とは絶対に呼ばない…日本人とは根本的に違うドイツ人の人生観 子供がいても夫婦関係は変わらない) https://president.jp/articles/-/52679
「子どもにとって、親は最初に接する大人です。親の言動や感情を、子どもは無意識にコピーしていくとも言われています。

親の自己肯定感が低いと、子どももまた自分を否定するような考え方を身につけてしまいかねません。だからこそ親は、子育て中も、「自分の人生」を生きることが大切なのです。」

・『ドイツ人はなぜ「自己肯定感」が高いのか

●なぜか自己肯定感が低い日本の未婚男性の実像 https://toyokeizai.net/articles/-/302836
ジェンダー論との交錯が興味深い。既婚未婚の別で自己肯定感の有無が決まる男性と、そうでない女性、という男女で非対称の結果が見られる。
・「男らしさ」規範が強い男性ほど自己肯定感が強い

既婚男性の生きがいとは、妻や家族を自分が養っているという意識と高い相関がある。「男が生きづらいのは、男が男らしさの呪縛から脱却できないからだ」という言説もあるが、その苦しみがなければ、日本の男声は自己肯定できないのかもしれない。

他方、「生きがいとなるような趣味やライフワークを持っている」未婚男性たちも、自己肯定感の高いグループを形成する。

・『ソロエコノミーの襲来

 

●自己肯定感が高い人の4大特徴が明らかに! https://studyhacker.net/self-esteem-high
「自己肯定感が高い人」のイメージ=お手本は「鶴瓶」と「炭治郎」。「楽しい・うれしい」がキーワード。
たとえば、英語が苦手だったときの反応はこんな風に違う:
◆自己肯定感が低い人
→「こんな自分じゃダメだ。克服しよう」
→勉強が苦しい・続かない・結果を出せない

◆自己肯定感が高い人
→「それでもOK。でも、得意になればもっと嬉しい」
→勉強が楽しい・続けられる・結果を出せる

 

●【疑問解明】頑張ってるのに、なぜ「自己肯定感」が低いままなのか https://newspicks.com/news/6386240/body/
「自己肯定感が高い人は幸せ、低い人は不幸せと言い切れるくらい相関が強い(幸福学の第一人者、前野隆司・慶應義塾大学大学院教授)」

・相対的幸せ(地位財)と絶対的幸せ(非地位財)

・幸福の四つの因子

・自己受容が進むと、環境は何も変わっていないのに、物の見方が変わって自己肯定感が高まる
・一般論で言えば、数カ月や数年に一度の目標に向かうより、小さな目標を毎日クリアする方が幸せに近づく。 つまり重要なのはこまめに喜ぶこと
・ワークエンゲージメントとワーカホリズムとは似て非なる物。「 前者は仕事にやりがいがあって、夢中になっている状態です。積極性や活力にも溢れています。 片や後者は「やらねばならない」という責任感から仕事に打ち込んでいる状態で、やりがいがあるようで、その実やらされている。」
・たとえ収入が減ったとしても、40、50代からはやりたいことに少しずつシフトしていかないと後の人生がつらくなる