金融崩壊の予兆|世界経済の長期停滞を危惧する3つのレポート

日本の新聞、テレビニュースであまり取り上げられないが、世界の金融関係者、経済専門家が事態の成り行きを固唾をのんで見守っている事象がある。「金融崩壊の予兆」という指摘。とりわけ、元イングランド銀行総裁、マッキンゼー、IMFは米国の金融システム不全が世界の金融崩壊へ連鎖することを恐れ、それがさらに世界経済の長期停滞へつながっていくのではないかと危惧している。

処方箋として取り沙汰されているのは、ベーシックインカム、富裕層への資産課税だ。

1.銀行間取引

経済活動は生産と消費の組み合わせで成り立っているが、この循環にはモノの流れとカネの流れが欠かせない。このカネの流れを、過不足なく、タイムラグなく、円滑にするためには「信用」が重要だ。信用は普段、企業間信用のことを指すが実は、銀行間信用がそれらを裏で下支えしている。そして銀行は次に経済成長のための信用創造を担っている。

裏を返せば銀行は、「信用」の要の機関であり、一般企業よりも信用力がある。ただ個別銀行の信用には大小があり、そのでこぼこは銀行間取引の金利がその調整を行う。だが企業が信用不全に陥ることはあっても銀行そのものが信用不全は起こりえないと考えられていた。しかし10年ほど前のリーマンショックの際は、この銀行間取引が機能不全に陥りかけた。銀行が銀行を信じられなくなったのだ。

銀行間取引の機能不全、つまり取引不成立、あるいは銀行間金利の高騰といった現象は、金融システム全体の崩壊の予兆である。そしてカネの流れの不全は経済活動の仕組み全体の崩壊につながりかねない危険な兆候である。

 

2.レポ取引

米国における銀行間取引はレポ取引が担当している。

ところがこのところ、レポ取引に異常が見られ始め、世界の金融関係者の間に不安が広がっている。米国の金融システムは、いまやグローバルになった世界各国の経済活動を裏で支えているからだ。

米国銀行界は9月中旬、銀行間の短期金融市場(レポ市場)に異変が生じた。レポ金利高騰が発生した。この危機に対し連銀は直ちに銀行向けに短期の融資(レポ市場介入)を開始し、その後レポ金利は再び平常に戻った。だが、その後も、大手銀行が中小銀行に貸したがらない。つまり民間銀行どうしの融資市場として崩壊したまま。連銀頼りの実態が続いている。

・レポ金利急騰を抑制したFRB、米債投資ヘッジコストも低下へ | ダイヤモンド・オンライン https://diamond.jp/articles/-/217688

この連銀頼りの実態、つまり銀行同士の相互不信の状況は不気味な現象だが、テクニカルなことと問題視しない向きもあった。しかし連銀の資金供給が9月17日の530億ドルに始まり、10月になっても解消せず、10月23日からは、750億ドルから1200億ドルに増加。連銀がこの増加について何も説明していないことから、米国銀行界には疑心暗鬼が一層増している。

・Fed Boosts Amount of Liquidity Offered to Financial System - WSJ https://www.wsj.com/articles/fed-boosts-amount-of-liquidity-offered-to-financial-system-11571924640
・レポ金利上昇、悪いボラティリティーの兆候か - WSJ https://jp.wsj.com/articles/SB12696131808382783557304585559211757599070

10月ももう下旬、しかし状況に好転の様子が見られず、レポ市場には悲観的な見方が大勢となりつつある。

・レポ市場混乱は一大事でない、「不況下で起きない限り」-ダイモン氏 - Bloomberg https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-09-19/PY1SYWDWX2PW01
・米短期金融市場のストレス、年末にかけてさらに悪化へ-JPモルガン - Bloomberg https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-10-21/PZQ28P6JTSE801

そしてこの問題が銀行間の資金の融通から、企業向け資金融通の領域に及ぶと経済危機の兆候と言われる可能性は増大する。ここへ来て、3つのレポートが警鐘を鳴らしている。

 

3.元イングランド銀行総裁

どうして世界はこの事態に無自覚なのだ。リーマン危機後、金融界は改革を推し進めるべきだった。ところが実際は金融延命策ばかり。そのため、次の危機再来を防ぐ対策がこうじられていないままだ。

これはIMFの年次総会でマービン・キング元イングランド銀行総裁がおこなった講演内容。世界は、まるで夢遊病者のように、次の金融危機にふらふらと向かっている、とした。

Giving a lecture in Washington at the annual meeting of the International Monetary Fund, King said there had been no fundamental questioning of the ideas that led to the crisis of a decade ago.

“Another economic and financial crisis would be devastating to the legitimacy of a democratic market system,” he said. “By sticking to the new orthodoxy of monetary policy and pretending that we have made the banking system safe, we are sleepwalking towards that crisis.”
(World economy is sleepwalking into a new financial crisis, warns Mervyn King | Business | The Guardian https://www.theguardian.com/business/2019/oct/20/world-sleepwalking-to-another-financial-crisis-says-mervyn-king)

・金融危機の再燃を予想するマービン・キングの警告| 野村総合研究所(NRI) https://www.nri.com/jp/knowledge/blog/lst/2019/fis/kiuchi/1021_2

 

4.マッキンゼー

大手シンクタンクのマッキンゼーは、世界の銀行の半分が費用に見合う十分な利益を出せない赤字状態にある、そう指摘したうえで「次に金融危機が起きたら、世界の銀行の半分以上がつぶれるだろう」と予測する報告書を出した。
(Banks Must Act Now or Risk Becoming a ‘Footnote’: McKinsey - Bloomberg https://www.bloomberg.com/news/articles/2019-10-21/banks-must-act-now-or-risk-becoming-a-footnote-mckinsey-says)

・世界の銀行過半数、景気下降局面への準備できていない-マッキンゼー- Bloomberg https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-10-25/PZY2VRT1UM0Z01

世界の銀行の過半が次の金融危機に対応できない状況とすると、「次の金融危機はいつ来るのか」が次の焦点だが、銀行間取引の末期的症状は一般企業の債権市場へと、飛び火しかねない模様だ。IMFが指摘している。

 

5.IMF

次の金融危機が起きると、世界の社債発行総額の4割にあたる19兆ドル分の債券が利払い不能になるとIMFが警告している。(Global economy faces $19tn corporate debt timebomb, warns IMF
http://www.theguardian.com/business/2019/oct/16/global-economy-faces-19tn-corporate-debt-timebomb-warns-imf)

・▲マイナス債券1600兆円規模 IMF世界金融安定報告 - SankeiBiz https://www.sankeibiz.jp/business/news/191017/bse1910170500001-n1.htm

IMFが「次の金融危機」を口にするのは、国債、その他債券、株の過剰評価を懸念しているからだ。

・先進国ではマイナス利回りの国債割合が拡大

・株式はいくつかの主要市場で過大評価されている/債権スプレッド変化にも過大評価が

そもそも金融機関をはじめとする多くの機関投資家が似たようなポートフォリオを組んでいる。だからいったん危機が発生するとそれは連鎖的に拡大してしまうだろう。NHKが、日本も他人事でないと報じてもいる。
(日銀報告書 「CLO」の価格下落リスクを指摘 | NHKニュース https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191024/k10012147221000.html)

そして金融システムの全体が機能不全に陥れば、実体経済も深刻な世界不況になっていくことだろう。なにしろ金融システムは実体経済の何十倍も大きいのだから。
・より低く、より長く 脆弱性の拡大が成長持続へのリスク https://www.imf.org/ja/News/Articles/2019/10/15/blog-gfsr-lower-for-longer-rising-vulnerabilities-may-put-growth-at-risk

実体経済の深刻な世界不況という観点では、切り口は違うが、ナショナル・ジオグラフィックは世界的な食糧難の可能性を指摘している。「これからの30年間で世界的に食糧難がひどくなり、最大で50億人の人々が、十分な食料と水を得られない状況になる」

As many as five billion people, particularly in Africa and South Asia, are likely to face shortages of food and clean water in the coming decades as nature declines. Hundreds of millions more could be vulnerable to increased risks of severe coastal storms, according to the first-ever model examining how nature and humans can survive together.(Billions face food, water shortages over next 30 years as nature fails https://www.nationalgeographic.com/science/2019/10/billions-face-water-food-insecurity/)

いや実は食糧へのアクセスが危ぶまれているのはアフリカ、アジアばかりではない。なんと米国に4千万人が貧富格差の増大によって、十分な食べ物を得られない貧困生活を強いられている。
・40 Million Americans Already Don't Have Enough Food To Eat... And It's About To Get A Lot Worse | Zero Hedge https://www.zerohedge.com/health/40-million-americans-already-dont-have-enough-food-eat-and-its-about-get-lot-worse

 

6.処方箋

実体経済の深刻な世界不況が起きて世界の一般的な「庶民」の生活水準が劇的に低下すると、飢餓や暴動など、社会秩序そのもの崩壊が発生しかねない。

処方箋として議論されるようになったのは、「ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)」とその税収捻出のための「富裕層への重課税」

・Universal Basic Income Is a Pandora’s Box - Foundation for Economic Education https://fee.org/articles/universal-basic-income-is-a-pandora-s-box/

ここにきて、本来大反対すると予想される富裕層からもこれらを支持する動きがあるという。

富裕層が資産課税に賛成する理由はもちろん博愛主義からでない。この記事の冒頭で述べたように、「経済活動は生産と消費の組み合わせで成り立っている」。だから何らかの方法で大量消費を維持しないと経済を維持できないと考察してのものだ。
・Bernie Sanders, Elizabeth Warren wealth tax explainer: How does a wealth tax work? - Business Insider https://www.businessinsider.com/wealth-tax-definition-explained-elizabeth-warren-2019-7

ところで「ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)」とその税収捻出のための「富裕層への重課税」、いずれも社会主義的経済施策。これまでの米国流経済運営とは異なる性格を有する。

要は、米国が戦後世界的に作った、「大量生産・大量消費の経済システム」を維持できない局面に、われわれは直面しようとしているのかもしれない。