宿題を終えた子が、画面の向こうの「誰か」にその日の友だちとのいざこざを相談している。そんな光景が珍しくなくなりました。問うべきは「AIは教育を変えるか」ではなく、「AIは育ちつつある心に何をするか」です。発達心理学の知見からひも解いてみましょう。
1.いま起きていること
学校では文部科学省のガイドライン改訂とパイロット校の拡大が進み、家庭でも小中学生の約4割が生成AIを使った経験があります(こども研究所調べ)。さらに米国では、青少年の72%が「話し相手」としてAIを使ったと報告されています。道具だったものが、相手になりつつあるのです。
2.発達心理学で読む
乳幼児期——「応答する」ことと「関わる」ことは違う
赤ちゃんは、言葉を「聞いて」ではなく「関わって」覚えます。パトリシア・クールらの実験では、生後9か月の米国の乳児は、生身の人間が話しかけると中国語の音の区別を学べたのに、同じ内容を映像や音声だけで聞いても学べませんでした。支えていたのは、まなざしや共同注意、応答の往復といった社会的なやりとりです。AIは「応答」しますが、体温をもってそこにいることはできません。
児童期——「誰を信じるか」を学ぶ時期
この時期の子は、ぬいぐるみやロボットにも心を感じやすく、対話型AIの擬人化も系統的に起きると指摘されています。しかもAIは共感的で、相手を肯定しがちです。フィラデルフィア小児病院(CHOP)の研究者は、子どもが人間関係の誤ったモデルを学ぶことを懸念しています。また児童期は、「誰を信じるか」という認識的信頼を磨く時期でもあります。大人が「わからない」「間違えた」と言う姿は教材になりますが、いつもなめらかに答えるAIには、その教材がありません。
思春期——悩み抜くことが、自分をつくる
2026年のマヒューとメイスの論文は、題名が示唆的です。「生成AIとともに大人になる——青年期の発達を自動化することの重大な賭け」。この論文は、生成AIが、友人関係、感情の調整、アイデンティティ、自律、達成といった、青年期の中心的な発達領域の文脈を変えつつあると論じています。思春期は、悩み、ぶつかり、傷つきながら「自分は何者か」を組み立てる時期です。その手間を丸ごと下書きしてもらえるなら、スキルは育たず、むしろ萎えていく危険があります。
乳幼児期には「関わり」を、児童期には「信頼の学び方」を、思春期には「悩み抜く過程」を、子どもは育てています。その道具は、いまこの子が育てようとしているものを、助けているか、奪っているか。 これが年齢を通じた物差しとなるでしょうか。
3.ねじれ
発達は「手間」の中で起きます。ヴィゴツキーの「足場かけ(※)」は、支えがだんだん外されてこそ意味を持ちます。ところが多くのAIは、足場を外さず、困難を取り除くよう設計されています。だから問うべきは、どのAIを、どの年齢で、誰と、何のために使うか、です。
※「現在の自分ひとりではできないが、他者の援助があればできる領域」のこと。学習者が一人では達成できない課題を、周りにいる大人や熟達者の適切な援助によってクリアできるようにし、最終的には自立へと導く教育・発達の支援概念
4.親にできること——正解ではなく、習慣として
万能の処方箋はありませんが、発達心理学の視点から、現実的に言えそうなことを挙げてみます。
・幼児期は、画面の中ではなく隣で。 使うなら大人と一緒に、会話や物語づくりのように能動的に。単独での利用や、長い時間の「相手役」は避ける。
・児童期は「AIは人ではない」を何度でも言葉にする。 間違えること、迎合することがあると教え、答えを鵜呑みにせず確かめる習慣を、親が実演して見せる。
・「先に自分で考える」を最初に。 まず自分の考えを書き、そのあとでAIに意見を求める。順番を入れ替えるだけで、足場の役割が変わります。
・思春期は、禁止よりも対話。 何に使っているかを責めずに聞く。気持ちの相談相手としてAIが多用されていたら、それは危険信号というより、「人に話しにくい何か」を示すサインかもしれません。
・学校の方針を知り、家庭で補う。 学校がAIを使うなら、目的と、依存を避ける工夫を確認する。学校が使わないなら、家庭での使い方の基準を持つ。
結び
「子どもは人の中で育つ」。AIがどれほど賢くなっても、私たちはその事実の上に立っていることを忘れないようにしたいものです。
参考資料
・文部科学省「学校教育におけるAI活用に関するこれまでの取組と今後の方向性」(2026年6月30日)
https://www.mext.go.jp/content/20260630-mxt_shuukyo01-000050664_2.pdf
・文部科学省「学校現場における生成AIの利活用」(2025年)
https://www.mext.go.jp/content/20251006-mext_kyoiku01-000042806_07.pdf
・生成AIが子どもに与える影響 「宿題」より「好き」を深めたいが上位【こども研究所調べ】 | Web担当者Forum https://webtan.impress.co.jp/n/2025/09/29/50114
・今井康晴(2008)「ブルーナーにおける「足場かけ」概念の形成過程に関する一考察」『広島大学大学院教育学研究科紀要 第一部』57, 35–42.
https://doi.org/10.15027/25857
・Navigating the risks and benefits of AI use in children | Contemporary Pediatrics https://www.contemporarypediatrics.com/view/navigating-the-risks-and-benefits-of-ai-use-in-children
・Kuhl, P. K., Tsao, F.-M., & Liu, H.-M. (2003). Foreign-language experience in infancy: Effects of short-term exposure and social interaction on phonetic learning. PNAS, 100(15), 9096–9101.
・AI is reshaping childhood. Here are the risks and benefits parents should know about, according to CHOP researchers. https://www.inquirer.com/health/ai-for-children-benefits-risks-chop-research-study-20260304.html
・New article publication by Chelly Maes: « Coming of Age With Generative Artificial Intelligence https://resic.ltc.ulb.be/journalisme-et-communication/publications/new-article-publication-by-chelly-maes-%C2%AB-coming-of-age-with-generative-artificial-intelligence-the-high-stakes-of-automating-adolescent-development-%C2%BB
・Bjork, E. L., & Bjork, R. A. (2011). Making things hard on yourself, but in a good way: Creating desirable difficulties to enhance learning. In M. A. Gernsbacher et al. (Eds.), Psychology and the Real World (pp. 56–64). Worth Publishers.
・Vygotsky, L. S. (1978). Mind in Society: The Development of Higher Psychological Processes. Harvard University Press.







