ワクフとザカートの可能性(その4)

こうした自律的な市場システムを通した富の再分配のしくみの充実は、公共サービスを資本主義のしくみに任せる小さな政府を想起させるだろう。実際、近代以前のイスラーム帝国の多くは、経済活動に対する政府の関与を最小限とした小さな政府を志向していた。これは、1980年代以降に公共サービスの市場化を推進していった新自由主義と似ているように見える。

しかし、イスラームが掲げる小さな政府は、ワクフやザカートといったイスラーム共同体(ウンマ)の中に埋め込まれたセーフティーネットの存在が大前提なのであり、そうしたセーフティーネットの充実よりも政府の財政負担の軽減を主目的とした新自由主義的な小さな政府とは似て非なるものなのである。

参考文献:
「アドルと「神の価格」―スークのなかのマムルーク朝王権」長谷部史彦 『比較史のアジア―所有・契約・市場・公正』245-263頁  三浦徹他編(東京大学出版会、2004年)
イスラーム世界の社会秩序 もうひとつの「市場と公正」Vol.2 市場経済における「イスラームの道」(歴史編)』第2章第3節:公正価格と「神の価格」  加藤博(詩想舎、2020年)

□関連知識カード:
 イスラームは政治の経済への過度な介入を諌めた
 社会公正と公定価格
 神の価格
 共同体倫理と神の価格

 


★この記事はiCardbook、『資本主義の未来と現代イスラーム経済(下) 金融資本主義からの脱却と「利他利己」の超克』を構成している「知識カード」の一枚です。



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