「出版」からの解放 それはPubTechの始まり? ~「今年の電子出版トレンド」~【セミナー備忘録】

◎出版人が気付かないといけないこと、それはわれわれがいま、時間争奪戦の中にいるのだということ。「紙か電子か」論争はもう置いておけ。そうではなく、「ゲームか動画かSNSか読書か」という時間争奪戦時代をいかにデジタルの力を借りてサバイバルするのかという視点、「「出版」からの解放」の自覚と覚悟が求められている。

◎本ブログ記事は、下記「アワード選考会+講演会」の様子をメモしたものです。パネル討論の内容を筆者の関心から再構成、またアワード対象者のプレゼンをそこへ挿入する形を取っています。ちなみに筆者は日本電子出版協会広報委員として、選考に参加しています。

(個人用のメモです。議事録ではありません。とりわけ[ ]の部分はブログ記事筆者の挿入部分です。図画等は特に断りがなければ講演者のプレゼン資料を利用しています。)

■概要:電子出版アワード選考会+パネル討論「今年の電子出版トレンド」

日時:2017年12月19日 日本教育会館9階 平安の間
主催:日本電子出版協会

16:00~ 電子出版大賞選考会(司会 生駒副会長 実行委員長)
17:00~ パネル討論「今年の電子出版トレンド」
(司会・進行 井芹昌信 JEPA理事(インプレスR&D) 選考副委員長)
・電子出版市場動向:落合 早苗 氏 O2O Book Biz 【⇒プレゼン資料
・電子出版技術動向:馮 富久 氏 技術評論社 【⇒プレゼン資料
・電子出版海外動向:中島 由弘 氏 フリーランスエディター【⇒プレゼン資料

 

1.電子書籍とebookは異なる

◎日本の出版市場の推移と電子書籍の位置づけ

[まず世界の出版市場の中で、日本市場は20世紀末以来一貫して凋落傾向にある、特殊な市場であることを確認しておこう。]


(出版物の分類別売上推移をグラフ化してみる(最新) http://www.garbagenews.net/archives/2101334.html

・(少し古いが)世界の市場成長状況の俯瞰図

(Cool_japan https://www.slideshare.net/tokyopress/hokokusho-contents-110520

この低落トレンドにある日本の出版業界で、電子書籍はコミック(漫画)市場の救世主となり、そのことで出版全体を右肩下がりから底止まり、さらに市場反転へと導こうとしている。
・電子書籍1,976億円のうち、1,617億円(約82%)がコミック ←「書籍」カテゴリー

[例えばインプレス総合研究所によると、2016年度の日本の電子出版市場規模は2278億円。電子書籍が1976億円、電子雑誌が302億円。全体の71%をコミックが占める。←「書籍+雑誌」カテゴリー

(電子書籍の情報をまとめてみる http://www7b.biglobe.ne.jp/~yama88/info.html

出版科学研究所によると、2016年の日本の電子出版市場規模は1909億円。前年比27.1%増。(インプレスは4~3月期、出版科学研究所は1~12月期の調査)]

(電子書籍の情報をまとめてみる http://www7b.biglobe.ne.jp/~yama88/info.html

・紙と電子を合算した日本書籍市場
電子書籍はコミック(漫画)市場の救世主となり、そのことで出版全体を右肩下がりから底止まり、さらに市場反転へと導こうとしている。(「紙+電子」カテゴリー)

(出版不況は終わった? 最新データを見てわかること - (page 3) - CNET Japan https://japan.cnet.com/article/35077597/3/

つまり現段階で、日本の「電子書籍」とはコミック電子版、それも大手出版社が支える作品群のことを指しているといって過言でない。

◎米国の出版市場の推移と電子書籍の位置づけ

一方日本より先に電子書籍市場をスタートさせた米国をみると、まず全体の市場規模はアップダウンはあるものの、おおむね横ばい。その横ばいの中で、電子書籍はここ2年ほどシェアを下げつつある。

・2016年(通期)までの米国出版市場規模(青がハードカバー、緑がebook)

これは、電子書籍の価格を誰が決めるかについて2年ほど前から、大手の出版社の作品については出版社が決めることとなり、紙との価格差を大手出版社側が縮めてきた結果が反映されていると考えられる。その傍証として、価格決定(=マーケティング)をアマゾンに委ねている中小出版社の電子書籍におけるシェアがビッグ5のそれを上回るという現象がある。(AAP(Association of American Publishers:全米出版社協会)の「統計」による分析)

・電子書籍の発行社形態別[売上金額]シェア(紫がビッグ5、赤が中小)

これに加え、別の「統計(※)」で電子書籍全体を観ると、セルフパブリッシングが米国の電子書籍市場の成長を支えていることがわかる。そのセルフパブリッシングの中でのジャンルで、突出しているのは「ロマンス」。(Author Earnings(http://authorearnings.com/)による「統計」)

・セルフパブリッシングのタイトル数と作家数

・セルフパブリッシングのジャンル

つまり現段階で、米国の「ebook」とは新興のセルフパブリッシングが支える作品群のことを指しているといった方がよいくらいで、また既存出版社の中ではむしろ中小出版社が健闘している。

※:米国出版市場「統計」の留意点

 

2.電子出版(書籍+雑誌)のモデルの整理

2017年を日本市場がいよいよ「「出版」からの解放」の入口に立った年と総括したのが、O2O Book Bizの落合早苗氏。

これまで紙の出版が依拠していた流通形態、課金形態からは想像されないような、あるいは実現が難しかったようなモデルが、事業として定着し始めているからだ。

・電子書籍・電子雑誌の収益モデル―その1:有料モデル―

・電子書籍・電子雑誌の収益モデル―その2:無料モデル―

・電子書籍・電子雑誌の収益モデル―その3:BtoBtoC―

 

3.「電子書籍(デジタル革命)の誤解」からの解放

「電子書籍」の単語が意味するところを、DTPの延長線上でとらえ、「紙の既刊本、新刊本を電子化すること」と考えてきたのは誤解だった。市場で起きていることを「流通革命」ととらえ、マーケティングから発想する取り組みが正しい「電子書籍」の単語の理解につながる、との指摘は司会・進行の井芹昌信氏から。

今様々な業界で起きている「デジタル革命」は、これまでの業種、製品、サービスの、概念そのものを塗り替える現象。出版業界も「制作」面にだけ矮小化して考えていると、時代の潮流、市場の変化に置いていかれる。「出版」からの解放」こそが重要キーワードなのだ、と。

[「「出版」からの解放」とは、「クローズ」から「オープン」への発想の転換があって初めて具体化される。

「クローズ」発想にはふたつの含意がある。ひとつは、有料で売るものは読者に事前に見せてはいけない。見せちゃったら売れないでしょう、というこれまでの常識。

もうひとつは自前主義。制作にしろ、流通にしろ自社だけで考える。あるいはうまいやりかた、ノウハウは他者には教えないのがいいのだ、それでないと売り上げが落ちるでしょう、というこれまでの思い込み。

このままではデジタル革命の時代を生き残れない。「オープン」に舵を切らなければならない。]

2017年電子出版アワードで「大賞」に輝いた「絵本ナビ」はまさに、この「オープン」に果敢に取り組んだ事例(チャレンジ・マインド賞)だ。

「絵本ナビ」での「オープン」事例
・一冊まるごと、一回読めてしまうサイト
・トライアル31作品での実証実験の結果、売り上げは4倍に伸びた
・デジタルで無料で読んで、紙を有料で買う、という導線ができた
・読者からの賛同のメッセージをトライアル成果とともに他の出版社、著者に説明して参加作品を2千点にふやした
・これを土台にして、さらに現在は「読み放題」サービスにも展開している

オープン発想が重要なのはもうひとつ、我々がいま時間争奪戦の中にいるからだ。「紙か電子か」ではなく、「ゲームか動画かSNSか読書か」という時間争奪戦をいかにデジタルの力を借りてサバイバルするのかという視点の獲得こそが、喫緊の課題だ。クローズなものは時間争奪戦の土俵に上げてももらえなくなる恐れがある。

[この点については下記記事をご参照ください。

日本人の情報行動の変化と<本>の未来 | ちえのたね|詩想舎 http://society-zero.com/chienotane/archives/7396

 

4.他者との協働(「オープン」戦略)こそが生き残りの知恵

「うまいやりかた、ノウハウは他者には教えないのがいいのだ、それでないと売り上げが落ちるでしょう」という「クローズ」発想から脱却しなければ、新しいモデルは作れない。

なぜならネット世界ではプラットフォームがサービス機能の基点となるのだが、そこでは多様な作品が「群」として準備されていないと読者が集まってきてはくれないからだ。

「うまいやりかた、ノウハウ」があるので、どうぞ参加してください、と言わなければならない。

デジタル・インフラ賞のTIMEMAP(一般社団法人タイムマップ)も、エクセレント・サービス賞 の図鑑.jp(山と渓谷社)も他社の参画でポートフォリオが充実、優れたサービスと認められるようになったのだ。

またすでにこの方向で動き始めている他の事例について、落合氏はジャンル特化型PFとして紹介している。

 

5.技術面では必須な他者との協働(「オープン」戦略)

時間争奪戦をいかにデジタルの力を借りてサバイバルするのかという視点からは、ICTノウハウを持つ会社との協働が欠かせない。自前主義では到底市場のスピードについていけない。

この点をPubTechの時代の到来と、司会・進行の井芹氏は表現した。

「フィンテック(FinTech)」は、「Finance(金融)」と「Technology(技術)」をかけ合わせた造語。教育界での「エドテック(EdTech)」は、小学校の先生型の間ではもはや周知の単語。

ならば出版業界もPubTechに目覚めなければならないだろう。そのためには業務提携あるいは買収ということもあるかもしれない。

象徴的な事例として3つを落合氏はあげた。

女性誌のコンテンツとAIがドッキングしたのがHOLICS。雑誌のコンテンツをテキストや画像単位に細分化(マイクロコンテンツ化)したうえで、デジタル端末向けに最適な形に再編集し、個別の読者に最適なコンテンツの配信までをAIがやってくれる。 https://holics.jp/

AIによるリコメンドサービス。約80万件のユーザーレビューをAI、機械学習を活用し、作品ごとの感想・評価を分析。同様の読後感が得られる作品を探し出して紹介するコミックシーモア。 https://www.cmoa.jp/special/?page_id=ai_recommend

メディアドゥが出版デジタル機構を買収

そしてPubTechの観点からの、2018年に注目すべきポイントをフリーランスエディターの中島由弘 氏は下記のように整理した。

①標準化動向 • IDPFとW3Cの合併によるEPUBなどの標準化への関わり
②新製品動向 • スマートスピーカーとコンテンツビジネス • 新技術動向

③ブロックチェーンを利用するコンテンツビジネス
④人工知能(AI)を使う執筆・編集支援
⑤仮想現実(VR)を使うコンテンツ表現
[“飛び出し、音が出る表紙&論文”でAR(拡張現実)をご体感ください! DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー http://society-zero.com/chienotane/archives/7554#6
Harvard Business Review AR Experience from Bully Entertainment on Vimeo.]
⑥チャットインターフェイスを使ったコンテンツ表現
⑦RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)による効率化

そのうえで、PubTechのなかでも、EPUBの規格化・標準化へ、もっと関心と議論への参加を、と訴えた。

[詳しくは下記記事をご参照ください。

W3C Publishing Summit APL活動報告会から 【セミナー備忘録】 | ちえのたね|詩想舎 http://society-zero.com/chienotane/archives/7554

 

6.その他:技術面での社内/業界内の現状と課題など

株式会社技術評論社クロスメディア事業室室長のポジションにある、馮富久氏からは、問題の先延ばしが進んでいるのでは、との指摘があった。それは出版社の立ち位置としては、現在の流通システム(紙/電子)とも、既存のシェアや権利を守ることに意識が向いている結果である、と。

すでにインターネットの流れを変えることは不可能なので、新しい技術に向き合いながら、捨てるものは捨て、挑戦していくべき部分をもっと増やすことが、これからの出版業界にとっては大事だ。

ただしこれには自社内だけで完結するものでない、という厄介な点があるのも事実。

たとえば、サイマル出版(新刊と同時に紙版と電子版が同日に、あるいはほとんど同時に刊行されること)に出版社側が取り組んだとしても、取次側で、販売サイト掲載までに1週間以上、場合によってかかるようでは、実現は遠のく。読者からは、「サイマル出版」とは言えない、ということになる。

他の話題として、スマートスピーカーと「出版」「読書」との連動の可能性について。

かつて日本の自己出版ブームの起点となった、「Gene Mapper」の著者藤井太洋氏はスマホだけでEPUBを制作したことで知られている。将来、スマートスピーカーを使ってAIに質問をしながら、あるいはAIのサポートを得ながらEPUBが作られる、ということがあるのかもしれない。

またスマートスピーカーの利点は、両手を空けながら何かができる(ハンドフリー)、という点だ。たとえば、レシピ本で、スマートスピーカーから料理の手順やヒントをもらいながらキッチンでの仕事をこなす、そういう作品(あるいはサービス)が出てくるのかもしれない。

以上