マクリーズィーの社会分析

この経済危機を、同時代人として観察し、分析したのが、マクリーズィー(ca.1364~1442 年)である。* かれによれば、経済危機の原因は次の三つであった。第一は、政治の腐敗、第二は、土地の値上がり、そして第三は、銅貨の流通である。

この三つの原因のうち、第一の政治の腐敗、第二の土地の値上がりについては、説明を必要としないであろう。第三の銅貨の流通は、市場経済としてのイスラーム経済の特徴をよく示す現象であり、説明を必要とする。

実際、マクリーズィーによる経済危機に対する診断の白眉は、第三の銅貨の流通が当時の富、所得の分配に与えた影響に関する分析である。かれは当時の社会各層を分類し、貴金属(金銀)との結びつきから解き放たれた銅貨の市場での氾濫がかれらの生活にどのような影響を与えたかを克明に分析する。

参考文献:
イスラム世界の経済史』 第二部第3章第1節:市場社会の指標  加藤博(NTT出版、2005年)
「イスラーム市場社会の歴史的構造」加藤博 『比較史のアジア 所有・契約・市場・公正 (イスラーム地域研究叢書)』  三浦徹ほか編(東京大学出版会、2004年)
「マクリーズィーのエジプト社会像」佐藤次高 『中世イスラム国家とアラブ社会―イクタ-制の研究』  佐藤次高(山川出版社、1986年)

* マクリーズィーは、経済危機のなかで、「1403年以来の飢饉と物価高」を診断し、その治療の処方箋を述べた。それが、1405年に出版された『災禍を取り除くことによるエジプト社会救済の書』(Kitāb ighātha al-umma bi-kashf al-ghumma)である。そこで行なわれているのは、流通貨幣量と物価、地代、賃金の相対価格の分析を通して、経済危機が社会各層に与えた富と所得の再分配効果の分析であった。


 

★この記事はiCardbook、『イスラーム世界の社会秩序 もうひとつの「市場と公正」 Vol.2 市場経済における「イスラームの道」(歴史編)』を構成している「知識カード」の一枚です。


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