所有権、徴税権、用益権

オスマン帝国は、この農地の国家的所有を明確に定義したうえで、土地税徴収を行った。それが所有権と徴税権の区別が必ずしも明確でなかったイクター制度(軍人への徴税権の授与)に代わる、所有権と徴税権の区別を明確にしたうえで導入された徴税請負(イルティザーム)制度である。

以上をイスラーム法体系での三つの規範群の組み合わせで説明すると、シャリーアに基づいて、抽象的な農地の所有権(ラカバ)の国家への帰属が、カーヌーンを根拠に、農地の徴税権の国家への帰属が、ウルフに基づいて、農地の用益権(マンファア)の耕作人、つまり農民への帰属が規定された。

農民には、農地の用益権のみが与えられるとされたが、その経営はウルフに基づき、実質的な売買を含む、土地を処分する大幅な権利が認められていた。つまり、農民に認められた権利は用益権と表現されているが、実質的には所有権であった。

国家は、農地への課税権を確保できれば満足し、農民の土地経営には関与しなかったのである。*

参考文献:
私的土地所有権とエジプト社会』 第二部第5章:エジプトにおける私的土地所有権の確立加藤博(創文社、1993年)
イスラーム財産法の成立と変容』  柳橋博之(創文社、1998年)

* 言葉を換えれば、ここで問題となっているのは、あくまでも農地の用益にかかわる国家と農民の権利であって、西欧近代法における、国家あるいは農民の排他的な支配権、つまり所有権ではない。近年、日本の学会で、「国家的土地所有理論」への疑問が呈せられ、国家的土地所有はあくまでも税制上の議論であって、国家的土地所有の観念はなかったとされる所以である。

■関連知識カード/章説明他:
マンファア(用益権)は実質的な所有権


 

★この記事はiCardbook、『イスラーム世界の社会秩序 もうひとつの「市場と公正」 Vol.2 市場経済における「イスラームの道」(歴史編)』を構成している「知識カード」の一枚です。


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