ネットワーク社会の弱み:高い流動性と疫病

しかし同時に、対外世界との関係における社会の開放性と住民の高い集住性は、ひとの頻繁な出入りにともなって、一つの弱みをもたらした。それは、疫病の伝播である。*1 

中東が疫病の発祥地となることは少なかった。また、中東の砂漠性乾燥気候は、疫病の蔓延を防ぐ効果があったに違いない。しかし、ひとの頻繁な出入りから、疫病の伝播は不可避であった。このことは、中央アジアに発生し、中東経由で14世紀にヨーロッパ世界を襲った、黒死病(ペスト)の伝播経路からもみてとれる。*2 

とりわけ、湿度の高いアジア・アフリカから多くのイスラーム教徒がメッカに集まる巡礼の季節は、その危険は高かった。中東イスラーム世界には、毎年のように、巡礼者を媒介として疫病が伝播した。イスラーム世界における経済の発展・後退に、人口規模の推移が与えた影響の分析は、現在、もっとも関心を持たれている研究課題の一つである。

参考文献:
Michael W. Dols, The Black Death in the Middle East, Princeton University Press, 1977
佐藤次高「マクリ-ズィ-のエジプト社会像」 『中世イスラム国家とアラブ社会―イクタ-制の研究』  佐藤次高(山川出版社、1986年)
A.L. Udovitch, “England to Egypt, 1350–1500: long–term trends and long–distance trade, part Ⅳ, Egypt”, Cook, M.A. ed., Studies in the economic history of the Middle East from the rise of Islam to the present day, London, 1970

*1 ムハンマドの時代、すでに感染症が知られていて、対処として「隔離」の重要なことが、ムハンマドの言葉として残されている。

「汝ら、もし在る国に疫病が存在していると知ったならばそこへ行ってはならぬ。だが、もし疫病が汝らの今のいる国に発生したならば、そこを離れてはならぬ。」(『疫病と世界史』  ウィリアム・H. マクニール(中公文庫、2007年))[編集部]

*2 14世紀の黒死病の発生源ははっきりしないが、通常、中央アジアが起源とされる。そこから、何年もかけて、中東経由でヨーロッパへと拡大、伝播した。

 


電子書籍

【POD(紙版:プリントオンデマンド)はこちら】


 

★この記事はiCardbook、『イスラーム世界の社会秩序 もうひとつの「市場と公正」 Vol.3 基本概念・基礎用語編』を構成している「知識カード」の一枚です。

 

◎iCardbookの商品ラインナップはこちらをクリック