こうして、イスラーム法体系は法領域を異にする三つの規範群から構成されていたが、それが実社会で有効に機能したのは、それぞれの規範群について、仲裁・裁判のための司法組織があったからである。
宗教裁判所と訳されるマフカマ法廷、行政裁判所と訳されるマザーリム法廷、そして慣習法廷と訳されるマジュリス・ウルフィーである。
実定法としてのシャリーアに基づいて裁判が行われたのは、マフカマ(宗教)法廷においてであった。そこでは、法学者のなかから選ばれ、カーディーと呼ばれた裁判官が、彼の所属する宗派や法学派の法解釈に準拠し、そしてムフティーの法意見を参考にしつつ判決を下した。
カーヌーンに基づいて裁判が行われたのは、行政裁判所と訳されるマザーリム法廷においてであった。マザーリム法廷は、直訴による行政関係の不正への訴えに応じて開廷されたが、訴訟の内容によっては、マフカマ(宗教)法廷の上級裁判所としての機能も果たした。
ウルフに基づく裁判は、基本的には慣行の担い手集団が開く慣習法廷によってなされたが、訴訟の内容によっては、マフカマ(宗教)法廷、あるいはマザーリム法廷でもって争われた。
参考文献:
『文明としてのイスラム―多元的社会叙述の試み』 第4章:権力・第3節:イスラム社会の権威と権力 加藤博(東京大学出版会、1995年)
「マムル-ク朝時代のマザ-リム制度に関する覚書」松田俊道 『イスラム世界』33・34号、1990年
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