『イスラーム世界の社会秩序 もうひとつの「市場と公正」』Vol.1
この世界の神羅万象はすべて「均衡」の上に成り立っている。
しかし、人間には人間でさえ支配する力がある。だからこそわしらはどうしたら「均衡」が保たれるか、よくよく学ばなければいけない。
(賢人ハイタカ(ゲド)の言葉|映画『ゲド戦記』より)
何かが行き過ぎだ
『ゲド戦記』は均衡を失いつつある世界を舞台にしたファンタジー映画でした。ただファンタジーとは言いながら、現実の世界にも同様の「均衡」の破れ、「何かが行き過ぎつつあるのでは」、といった感覚をわたしたちは共有していないでしょうか。
21世紀に入り、近代資本主義が大きな限界に直面しており、地球規模での環境破壊、拡大する貧富の格差、世代間の溝など、崩れてしまった均衡を感じさせる事象に事欠きません。
もしも「西欧近代」が普遍的モデルでないとしたら
『イスラーム世界の社会秩序 もうひとつの「市場と公正」』にはその「解」へ向けたヒントがあふれています。たとえば第一巻の「第8章 イブン・ハルドゥーンとアダム・スミス」は、今日の資本主義的な市場社会の偏向とその対応策を、アダム・スミスに先立つこと四百年も前に先取り、思索していた人物がイスラームにいたことを明らかにします。
いやそもそも、「西欧近代」は普遍的モデルであったのでしょうか。
実は脱西洋史観、これがいまのアカデミズの新常識です。西欧こそが人類史の先端を走ってきたと考える「西洋の先進性」、他の地域、諸国は西欧がたどった道筋を必ず追うとする「西洋史の普遍性」、どちらにも疑問符がつけられているのです。むしろ西欧型公共圏の成立になぜ法の支配や普遍的人権概念、議会制民主主義がなければならなかったのか、が研究課題となってすらいます。
資本主義なき市場社会、国家なき自由市民社会、議会制なき民主主義が徳治主義(中国では儒教、中東諸国ではイスラーム)の後ろ盾をもとに、「社会統治と公共福祉」のモデル、その別バージョンをすでに形成していたではないか。中国では遅くとも17世紀には、中東にいたっては7世紀に、というわけです。
「市場と公正」のためのもうひとつのパラダイム
イスラームの教えは個人の欲望に肯定的です。この価値観に「森羅万象は唯一神アッラーの被造物」という思想を組み合わせることで、共同体での社会的公正への配慮を実現した社会。それがイスラーム世界です。
どうしてそのようなことが可能になっていたのか。それを知るのに『イスラーム世界の社会秩序 もうひとつの「市場と公正」』にあたられることをお勧めします。
著者の加藤博氏は一橋大学名誉教授(経済学博士)で、専攻はエジプトを中心とした中東社会経済史、イスラム文明論です。本作品『イスラーム世界の社会秩序』には関連領域を行き来した広範で奥深い思索、研究の成果がコンパクトにまとめられています。
Vol.1 イスラーム経済社会の構造(理論編)
「アダム・スミスの『国富論』には、「自然価格」という概念がみられる。それは、市場での需要と供給で決まる「市場価格」と対比される価格であり、アダム・スミスはそれを、「自然価格は、いわば、すべての商品の価格をたえず引きよせる中心価格である」と表現している 。
つまり、自然価格は「それ相応な」売り手の利益を組み込んだ価格であり、先のコーランの文言で許された商売とは、この「自然価格」に基づく商売であると考えられる。「それ相応な」の利益の定義はない。しかし、そこに、市場での需要と供給のメカニズムを超えた「何か」がある。それを神と呼ぼうが倫理と呼ぼうが、さらに人倫と呼ぼうが、市場を超えて社会に秩序をもたらす「何か」である。」(『イスラーム世界の社会秩序 もうひとつの「市場と公正」 Vol.1 イスラーム経済社会の構造(理論編)』)より
作品構成(『イスラーム世界の社会秩序 もうひとつの「市場と公正」』)
Vol.1 イスラーム経済社会の構造(理論編)
Vol.2 市場経済における「イスラームの道」(歴史編)
Vol.3 基本概念・基礎用語編
Vol.1 理論編 詳細目次
第1章 なぜ、イスラーム経済を問題にするのか?
第1節 経済は宗教から逃れることができるのか?
第2節 そもそも宗教と世俗とは区別できるものなのか
第2章 ほかの宗教や文明と異なるイスラームの経済観
第1節 経済ビジョンを持つが、経済プログラムを持たないイスラーム
第2節 神の言葉であるコーランはビジョンの源泉
第3章 時間と空間を超えるイスラームの経済ビジョン
第1節 森羅万象は唯一神アッラーの被造物
第2節 イスラームにおける公正(アドル)・不公正(ズルム)
第3節 ビジョンの制度化
第4章 イスラーム法体系
第1節 イスラーム法(シャリーア)
第2節 イスラーム法体系
第5章 イスラームの弁証手続き
第1節 イスラームの弁証術 ヒヤルとイジュティハード
第2節 イスラーム弁証手続きの形式合理性
第6章 イスラーム経済と近代経済学
第1節 イスラームの所有権構造
第2節 所有・所得の源泉としての労働
第3節 イスラーム経済と不確実性
第7章 ワクフ制度にみるビジョンの制度化
第1節 ワクフ制度
第2節 ワクフ制度の独自性
第3節 ワクフ制度の社会的機能
第4節 ワクフ制度と都市空間
第5節 経済統合システムとしてのワクフ
第8章 イブン・ハルドゥーンとアダム・スミス
第1節 イブン・ハルドゥーンの文明論
第2節 イブン・ハルドゥーンの経済論
総目次
Vol.1 イスラーム経済社会の構造(理論編)
第1章 なぜ、イスラーム経済を問題にするのか?
第2章 ほかの宗教や文明と異なるイスラームの経済観
第3章 時間と空間を超えるイスラームの経済ビジョン
第4章 イスラーム法体系
第5章 イスラームの弁証手続き
第6章 イスラーム経済と近代経済学
第7章 ワクフ制度にみるビジョンの制度化
第8章 イブン・ハルドゥーンとアダム・スミス
Vol.2 市場経済における「イスラームの道」(歴史編)
第1章 イスラーム経済は市場経済
第2章 イスラーム世界の社会経済秩序
第3章 イスラーム社会のキーワード:情報・差異・契約
第4章 イスラーム経済の成熟
第5章 イスラーム経済と近代資本主義
第6章 近代におけるイスラーム経済の後退
第7章 現代におけるイスラーム経済の復活
Vol.3 基本概念・基礎用語編
【基本概念編】
第1章 市場経済と外部経済
第2章 イスラーム経済の外部経済
第3章 多系的経済発展径路の模索
【基礎用語編】
[イスラーム関連用語]
[社会科学関連用語]