ブローデルは、何代も続く大商人の家系の存在を資本主義の成長の条件として重視した。この考えに間違いはない。
しかし、イスラーム世界において国家が経済へ恣意的な介入を行ったとの主張は認められない。
もちろん、国家による商人財産の没収がなかったというのではない。しかし、イスラーム世界が高度に分業化された社会であったことを考えると、商人家系が長続きしなかった理由として、異なる理由が考えられる。
それは、イスラーム世界が高い流動性を特徴とする社会であったことである。
高い流動性は、人の移動という水平的な次元とともに、社会階梯の移動という垂直的な次元でも観察された。イスラーム世界は、多くの世界的な旅行家を生み出した社会であり、市場で購入された奴隷が支配者となる社会であった。*
参考文献:
「イスラーム市場社会の歴史的構造」加藤博 『比較史のアジア 所有・契約・市場・公正 (イスラーム地域研究叢書)』 三浦徹ほか編(東京大学出版会、2004年)
『イブン・ジュバイルとイブン・バットゥータ―イスラーム世界の交通と旅 (世界史リブレット人)』 家島彦一(山川出版社、2013年)
『マムルーク―異教の世界からきたイスラムの支配者たち』 佐藤次高(東京大学出版会、1991年)
* イスラーム世界で奴隷制度はかならずしも悪と想定されていない。奴隷の取り扱いや福祉には規定が存在しており、奴隷を解放することは善行であると記されている(ハディース)。その中でもマムルークは奴隷として購入され、のち解放された軍人エリートの意味に用いられる。そして、エジプトのアイユーブ朝がつくったマムルーク軍団はやがて、スルタンをしのぐ勢力となり、マムルーク出身の将軍たちがエジプト、シリアにマムルーク朝を建てるにいたる。[編集部]
★この記事はiCardbook、『イスラーム世界の社会秩序 もうひとつの「市場と公正」 Vol.2 市場経済における「イスラームの道」(歴史編)』を構成している「知識カード」の一枚です。
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