ヒマーヤ(保護)による輸送ルートの安全確保

また、輸送コストに関して考慮すべきは、輸送ルートにおける治安確保の問題である。

輸送コストとして、文字通りの輸送経費のほか、あるいはそれ以上に高い経費として、道中における安全確保のための支出がある。そして、この点について、注目すべきは、イスラーム王朝の政治権力が遊牧民の首長たちと個々に結んだ、ヒマーヤと呼ばれる契約である。

ヒマーヤとは、アラビア語で「保護」を意味し、一定の通行税の徴収を代償に、遊牧民の首長が彼の影響下にある地域の治安維持を保証した取決めである。イスラーム世界の内陸交易ルートの治安はこうしたヒマーヤ契約の集積によって維持され、そのなかで、イスラーム商人たちは自由で活発な経済活動を行っていた。*

参考文献:
「世界経済史におけるイスラ-ムの位置」加藤博 『社会経済史学の課題と展望』  社会経済史学会編(有斐閣、2002年)
N.Steensgaard,The Asian Trade Revolution of the Seventeenth Century. The East lndia Companies and the Decline of the Caravan Trade,The University of Chicago Press, 1974

* このヒマーヤ契約の連鎖による交易ルートの治安確保は、政治権力と遊牧民の首長たちとの力関係によって左右されるというリスクはある。しかし、それは、少なくとも強い政治権力のもとでは、イスラーム世界のような広範囲の流通圏にとって効率的で安い安全確保の手段であったに違いない。

 


 

★この記事はiCardbook、『イスラーム世界の社会秩序 もうひとつの「市場と公正」 Vol.2 市場経済における「イスラームの道」(歴史編)』を構成している「知識カード」の一枚です。


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