イスラームの経済ビジョンとは


 

イスラームが登場する前の、アラブ人世界、アラビア半島は諸部族が乱立、互いにいがみ合う不安定な社会でした。そこへムハンマドが自身のうけた啓示をもとに布教を始めたところ、急速に信者が増えていきました。その結果、それまでの不安定な社会が、部族間の対立を乗り越え、アラビア半島全体の統治に成功、経済的にも文化的にも豊かな地域を現出させえたのでした。それはイスラームの経済ビジョンに、個人の経済的欲望の肯定と共同体での社会的公正への配慮との、融合が図られていたためでした。

 

もっと教えて!

イスラームの創始者であるムハンマドは商人でした。そのためもあってか他の宗教と比べて、イスラームの教えには商売との親和性の高さがあふれています。たとえばヒスバ。ヒスバとは、広義には、すべてのイスラーム教徒に義務として課せられる「善を勧め、悪を禁じること」を意味しています。ところが歴史文献に出てくるヒスバは、そのほとんどが市場での公正な取引の監視という文脈で使われています。

「善を勧め、悪を禁じること」を意味する言葉がもっぱら市場での取引に関して使われていること自体が、いかにイスラームが商売に親和的であるかを示しているといえないでしょうか。

また他にイスラーム教徒の義務として「喜捨(寄附)」があります。実はイスラーム社会の公的施設はこの「喜捨(寄附)」によりその多くが展開されています。イスラーム的寄進制度をワクフと呼びますが、イスラーム教徒の社会生活の中心であるモスク、モスクに付属している高等教育機関であるマドラサ、商売のための商館、また公共空間において通行人に水を提供するサビ-ル(共同給水泉)、病院、墓地など、いずれもワクフ物件として提供されています。


 

◎章単位の説明文:下記は『イスラーム世界の社会秩序 もうひとつの「市場と公正」』、その Vol.1 イスラーム経済社会の構造(理論編)の第三章内の説明を一括でまとめたものです。

第3章 時間と空間を超えるイスラームの経済ビジョン

イスラームにおける経済に対するビジョンは、イスラームの信仰と一体となっており、時代と地域を超えて、経済行動へとイスラーム教徒を誘い、それを規制した。

そのため、イスラーム世界は広範な空間であるにもかかわらず、そこでの経済に同じイスラーム色を刻印することになった。

その特徴は、個人(ムスリム)の経済的欲望の肯定と、信徒共同体(ウンマ)での社会的公正への配慮の融合である。

これを換言すれば、個人を基礎にした契約主義と、あるべき社会を前提とした規範主義との融合ということになる。

 

第1節 森羅万象は唯一神アッラーの被造物

イスラームはユダヤ教、キリスト教、イスラームと続く「アブラハムの宗教」として分類される一神教の一つである。「アブラハムの宗教」の最大の特徴は、森羅万象の創造主たる唯一神の至高性の主張することである。

 天にあるもの、地にあるものすべてはアッラーに属す。汝らが心のうちをさらけ出そうとも、包み隠そうとも、アッラーは汝らとその決済(註)をつけ給う。誰を赦し、誰を罰し給うかはすべて御心のまま。アッラーは全能におわします。
(コーラン1957・58、2章285節)

これは、この世の森羅万象が唯一神アッラーの被造物であるとの宣言である。イスラーム教徒の社会生活のすべては、このコーランの言葉から始まる。経済もまた例外ではない。

註:人間は神との一対一の契約によって存在し、神は一人一人について帳簿を持ち、この世で善行を行なったときには債権の、悪行を行なったときには債務の欄にその旨記載され、最後の審判のとき、神はこの帳簿に基づいて決済をし、債権が債務を上回った、つまり黒字になった人間は天国に、債務が債権を上回った、つまり赤字になった人間は地獄に行く、とされた。そこには、カトリックの懺悔のような「許し」はない。すべては神の全能のもとでの、自己責任なのだ。つまり、神は正しい商人であり、個々の人間も正しい商人たれ、という考えがコーランにはある。

 

第2節 イスラームにおける公正(アドル)と不公正(ズルム)

イスラームにおける個(イスラーム教徒)と集団(ウンマ)の不即不離の関係をもたらしているのは、イスラーム教徒における正義(公正)・不正義(不公正)観の共有である。

アドルは神の正義から庶民の日常生活の既得権益まで、多義的な意味を持つため、イスラーム社会の階層の違いを超えた秩序の醸成に力があった。

そのため、アドルは、2011年のエジプト「1月22日革命」のような政治運動のスローガンのなかで多用されることになる。

 

第3節 ビジョンの制度化

しかし、いかにビジョンが経済での個と社会との間のダイナミックな関係をもたらす特徴をはらんでいたとしても、それが社会に影響を与えるためには、ビジョンが現実の歴史の中で制度化されねばならない。

ビジョンは行為の方向性を決めるが、それがルーティーン化されない限り、継続性を維持することはできないからである。

 


 

◎「第3章 時間と空間を超えるイスラームの経済ビジョン」の参考文献一覧のURLです。飛び先で書籍名や、書籍の下にあるタイトルをクリックするとさらに深く、広い知識が得られ、お得ですよ。

・第三章の参考文献一覧
https://society-zero.com/icard/islum1_chap3_reference