心身二元論・物質否定論と環境

精神が物質や身体から独立して存在しうると考えることは、われわれの生命や人間の経済が、常に物質的な制約を受けているという事実を軽視することにつながる。

精神が物質に依存しなくとも存在できるという主張を現実のものと思いこむと次のような妄想を生む。

「人間の霊活が集約されれば、智だけ霊魂だけがはたらく人間になるはずだ。水の中にも居れる、火の中にも居れる、風の中にも居れる、空の中にも居れる、太陽系からその外まで自由に飛びまわれる。地球が崩壊しても全く差し障りがない。」※I):引用 『仁学』(岩波文庫、一九八九年)

■参考文献『仁学 清末の社会変革論』  譚 嗣同 原著一八九七年


★この記事はiCardbook、『なぜ経済学は経済を救えないのか(上)視座と理念の転換』を構成している「知識カード」の一枚です。

アイカードブック(iCardbook)

  

 

   [ + ]

I. :引用 『仁学』(岩波文庫、一九八九年)