[はじめに]『人類の社会性の進化』

 

 

◎「人類という視点」が、21世紀の抱える諸問題へ「コンパス」を与える。日本初発の霊長類学からのメッセージ。

これは、山極寿一氏(第二十六代京都大学総長)、本郷 峻氏(京都大学霊長類研究所 研究員)ご両名の共著になる、『人類の社会性の進化(Evolution of the Human Sociality)』の「はじめに」を公開したブログ記事です。
(上)「社会」の学としての霊長類学
(下)共感社会と家族の過去、現在、未来


はじめに

社会とは何だろうか。かつて社会は人間だけがもつ言葉と意識の産物と考えられていた。しかし、「社会性」と言えば、それは社会という実態ではなく、人間社会の特質、あるいは人間の社会を成り立たせている条件、といった意味になる。そこには、人間以外の動物の社会との連続性や断絶が透けて見える。それをとらえることが本書の目的である。

日本の霊長類学は当初から人間以外の動物に社会や文化の存在を求めてきた。その始祖である今西錦司は、「集まる」ことだけが社会の条件ではないと考えた。離れあっていても、出会わなくても、同種の個体はお互いの存在を感知しあっている。そしてそれぞれの種の個体は生活する「場所」において、他の種の個体と反応しあいながら共存している。それを今西は「種社会」、「全体社会」と呼んだ。この「場所」とは具体的な場所を指すのではなく、生物どうしがものや行動を通じて感応しあうことを意味している。実はこの考えは、西田哲学の影響を強く受けて練られている。西田は、生物自体ではなく、生物世界を構成するものとものとの間に働く動的関係が重要と考え、そこを「無の場所」と呼び、その見えない働きを見定めることを「直観」と称した。今西の「環境はその生物が認識し、同化した世界であり(環境の主体化)、生物は身体のなかに環境を担いこんでいる(主体の環境化)」という言説は、まさにこの西田の思想を体現したものである。その具体的証拠を、今西は「棲み分け」という現象に見出した。

しかし、「棲み分け」は異種の個体が空間的に棲み分けている現象と狭く解釈され、その働きについては理解が進まなかった。そもそも「間の働き」は目に見えない。複数の個体が共存している状態を「離れあっている」とも「引き合っている」とも表現できるし、「ただある」と見なすこともできる。現代の科学はこの状態を表現不能と見なした。そこに検証可能なコミュニケーションや互いの存在による効果が認められる場合にのみ、「関係」があると考え、そうでなければ同じ環境を共有するまとまりとして「生態系」という用語でひとくくりにしたのである。今西の考えを引き継いだ伊谷純一郎は、関係そのものに注目して社会の進化を考察したが、進化の要因には言及せずに構造論として展開したので、欧米で起こった社会生物学の潮流とは一線を画すことになった。

社会生物学では、個体は遺伝子の乗り物であり、表現型であると見なす。進化とは個体ではなく遺伝子が変化することであり、そのランダムな突然変異が、その個体の置かれた環境条件によって選択されることによって進化が進む。この社会生物学の影響を強く受けた欧米の霊長類学は、社会を個体の集合ととらえ、そこに種独自のコミュニケーションによる継続的なつながりがあることを前提にした。そのうえで、なぜ人間以外の霊長類は群れを作って暮らすのか?という問いを立てた。しかし、日本のように個体と個体との関係にその答えを求めたのではなく、あくまで個体の生存と繁殖上の利益を追求する上で、それぞれの種が行き着いた解と見なした。食物の量と分布、捕食圧は個体の利益を左右する環境条件であり、その中でいかに効率よく安全に生きるかという選択肢の一つとして群れ生活があると考えたのである。


『人類の社会性の進化(山極寿一・本郷峻)』

(上)「社会」の学としての霊長類学

(下)共感社会と家族の過去、現在、未来


本書はこの二つの霊長類学の潮流を紹介しつつ、それぞれの長所を採用して人間の社会性の由来を考察した。なぜなら進化を考えるにはその要因論が不可欠であるし、人間社会に言及するには関係論が必要であると思われるからだ。人間の社会性は他者の存在なしには考えられない。それは個人という存在が他者によって作られるからである。遺伝的プログラムが環境と出会って種特異的な行動を発現させるわけではない。それぞれの個人が、他者が作る社会という環境の中に絡み取られ、それを内在化していく過程で、社会的存在としての自分が形成される。その作用としてさまざまな社会行動が起こる。その一風変わった社会の在り方がどういった進化の中で作られてきたのか。それを探るには、人間以外の霊長類の社会から、現代の人間社会から、という二つの投射の視点が必要である。

とりわけ現代の社会に生きる私たちは、新たに人間を定義する必要性に迫られている。分子生物学と医学の進歩によって遺伝子編集という技術が登場し、先祖代々受け継いできた私たちの身体を新しく作り変えることが可能になった。グローバルな物と人の動きが強まり、情報通信技術が発展したおかげで、私たちは感知できないほど遠くにいる膨大な数の人々と同時に繋がりあうことができるようになった。ロボットや人工知能が作られて、多くの仕事は彼らが代替し、人間の能力を超えて効率的に課題をこなせるようになってきた。こういった急速な動きの中でとくに重要なのは、長い間身体を通じて繋がりあってきた共感社会が、脳で繋がりあう情報社会に変貌しつつあるということである。

それは、お互いの存在を五感ではなく、情報として感知しあう社会がやってくるということだ。まさに、西田や今西が描こうとした「関係の働き」に目を向けて社会を定義し直さないと、人間という存在が薄れてしまう。人間はどこからきてどこへ行くのか、という永遠の問いに現代の答えを見つけるうえでも、人間の社会性の由来を考えることは大きな意味があると思う。この70年にわたる日本と欧米の霊長類学者の試みに目を向け、しばしこの問いにこだわり、納得すべき答えを見つけていただければ幸いである。

 

 


『人類の社会性の進化(上)「社会」の学としての霊長類学
(山極寿一・本郷峻)』

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『人類の社会性の進化(下)共感社会と家族の過去、現在、未来
(山極寿一・本郷峻)』

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目次構成:(上)「社会」の学としての霊長類学

はじめに

第一章 霊長類学の歩んできた道:夜明け前/日本霊長類学のはじまり/サルに文化はあるか/ニホンザルから類人猿へ

第二章 ニホンザルの社会とは:霊長類の社会進化モデル/北限のサルの研究史/ニホンザル社会の共通点と地域差/ニホンザル社会の共通点と地域差

第三章 霊長類とヒトの進化の舞台 熱帯雨林:霊長類が進化した場所/アフリカ熱帯林における霊長類の適応
/森を出た人類/人類祖先の道程/ゴリラとチンパンジーの共存/山極による同所的類人猿の研究

第四章 食と性が社会をつくる:食物が霊長類社会に与える影響/食物分配と社会性/人類進化と食物分配/霊長類の社会性をかたちづくる「性」/ヒトの性と社会進化

目次構成:(下)共感社会と家族の過去、現在、未来

第五章 暴力と社会:人類は狩猟者として進化した?/攻撃性と社会的知性/対面コミュニケーションの意味/霊長類の子殺し/ゴリラの子殺し行動と社会の多様性

第六章 生活史戦略の進化:霊長類の生活史と分散パターン/ヒトと類人猿の生活史/サバンナへの進出から家族の形成へ/大脳化と人類の行動進化

第七章 心の理論とコミュニケーション革命:サルのコミュニケーション/仲間を思いやる能力/心の理論と利他行動/共同保育と共感能力/音楽的能力の進化/音楽から言語へ

第八章 家族の変容とヒト社会の未来:人間家族と創造的爆発/採集狩猟から農耕牧畜へ/社会の拡大と暴力の起源/現代社会とコミュニケーションの変容/家族の未来と超スマート社会

おわりに

 

『人類の社会性の進化(Evolution of the Human Sociality)』はアイカードブックの一冊です。

(上)「社会」の学としての霊長類学
(下)共感社会と家族の過去、現在、未来
 

 

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アイカードブック創刊の狙い | ちえのたね|詩想舎 http://society-zero.com/chienotane/archives/5063

本のネットワーク化 – iCardbook|知の旅人に http://society-zero.com/icard/network

日本人の情報行動の変化と<本>の未来 | ちえのたね|詩想舎 http://society-zero.com/chienotane/archives/7396/#4

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