国家の本質は暴力の独占である、といった言説は今も多く聞かれるものだが、それは国家の本質ではなく、あくまでも一つの機能であるにすぎない。
国家が暴力を独占するのは、恣意的な私闘を通した、各人の「自由」の不用意な侵害を防止し、「自由の相互承認」をできるだけ現実のものとするためである。そしてその限りにおいて、国家による暴力の独占は正当性を有するのだ。
■参考文献『国家とは何か』 萱野 稔人 二〇〇五年
『暴力はどこからきたか─人間性の起源を探る』 山極 寿一 二〇〇七年[編集部]
★この記事はiCardbook、『自由の相互承認 —— 人間社会を「希望」に紡ぐ —— (下)未来構築の実践理論』を構成している「知識カード」の一枚です。
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