ヘーゲルは、「自由」の本質をこれら二つの契機の綜合として描き出す。
「こうして自由は、規定されていないことにあるのでもなければ、規定されていることにあるのでもなくて、この両方である。」※
I):引用 『法の哲学』 §七追加 (中公クラシックス、二〇〇一年)
わたしたちは、確かに常に諸規定性の中に投げ入れられている。しかしその上で、それでもなお「規定されていない」と感じられる時がある。わたしたちが「自由」を十全に実感するのは、その時なのだ。
■参考文献
『法の哲学』 ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル 原著一八二一年
『どのような教育が「よい」教育か』 第三章・第一節 私たちはどのような生を欲するか 苫野 一徳 二〇一一年
書評『どのような教育が「よい」教育か』 枡岡大輔(大阪経済法科大学)[編集部]
★この記事はiCardbook、『自由の相互承認 —— 人間社会を「希望」に紡ぐ —— (上)現状変革の哲学原理』を構成している「知識カード」の一枚です。
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註
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