書物と電子書籍のイノベーションの現在

たしかに読書も歌や楽器の演奏、演劇、そしてスポーツも、それがなくて生きてゆくことはできます。しかしことばは、それがなくては社会が成立しない。その意味で、読書には、他の楽しみと違う何かがある、と言っていいのではないでしょうか。

実は社会という、「私」の外の世界のことだけではありません。「私」の内側、私そのもの、私の人生まるごとが、私の言葉でできているのだ。そう現象学は教えてくれています。


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私たちが一つの共通の世界に生きているというのは実は錯覚で、本当は一人一人の内なる世界像を生きているに過ぎない、これが現象学により発見された21世紀の真実です。このとき、仲間内だけの会話(そこにも「ことば」はある)に異界からの情報(別の世界像)を伝えてくれるもの、そのひとつが本であり、読書の意義なのだといえるでしょう。

さてここで、近代の黎明とともに強化されてきた著作権は、本の書き手の生計を保証する方向で本の生産基盤を担保しようとしてきました。ただ異界からの情報、別の世界像を知るための知の流通に、それは障害となる要素を含んでいました。他方、インターネットの登場は知の流通を促進する要因のはずでしたが、必ずしも現状そうなってはいないとの感触があります。「読む」という営為そのものの環境が大きく変容したことに、その一因はありそうです。

これを受け、慶應義塾大学SFC研究所内の、アドバンスト・パブリッシング・ラボ(APL※)が2020年10月~2021年3月の期間に、オンライン連続セミナーを開催、最近その内容を公開しています。今回はこのクリップからご覧になってください。

※APLとは、出版の未来についての研究と教育の推進を目的に設立された標準化研究・推進団体。電子書籍の国際標準規格EPUBの管理運営が、インターネットの国際標準化団体「World Wide Web Consortium(W3C)」に統合され、そのW3C内に「Digital Publishing Business Group」が設けられたことを背景として、慶應義塾大学SFC研究所が大手出版4社と出版デジタル機構とともに、2017年に設立した。

 

クリップ集

●Round-About-The-Book | aplab https://www.aplab.jp/round-about-the-book
慶應義塾大学SFC研究所アドバンスト・パブリッシング・ラボ(APL)で行われた連続セミナー。
「20世紀は書物が大量生産・大量消費された時代だった。だが21世紀に入り、デジタル・ネットワークとパーソナル情報機器が書物の果たしてきたマスメディア的機能の一部を代替しつつある。書物を支える物理的・制度的な基盤が大きく変動するなか、そもそも「書物とは何であったのか/ありうるのか」について、新しい視点からとらえ直す必要がある」

第1回 記憶の環境としての本とコンピュータ 山本貴光(文筆家、ゲーム作家)
第2回 ​現状の電子書籍をみて思うこと 円城塔(小説家)
第3回 積読環境とブラックボックスについて 永田希(書評家)
第4回 中小出版の未来と出版のコモン 小林えみ(編集者、よはく舎代表)
第5回 児童向け総合百科事典の現在 齋木小太郎(ポプラ社こどもの学び研究所 主席研究員)
第6回 総合書店とその「棚」の現在 森暁子(ジュンク堂書店池袋店副店長:人文書担当)
書物と貨幣の五千年史

・PDF
https://bit.ly/3lbXMy8

 

●プログラマーが小説を書くとは https://codezine.jp/article/detail/9611
まず着想があって、それをとりあえずメモ。次に出てくるのが、human readable と machine readable のふたつの使い分け。読み手に伝わるようにするための技法と、機械にわかるようにするる技法の違いだ。

コンピューターで、人間が理解しやすい言語や数式で記述されたプログラムを、機械語に翻訳する(machine readable)ことを「コンパイル」という。ただしこの技法の発想は、human readable にも応用できる、という主張。
裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬

「プログラマーにとって小説とは、プログラムのソースコードに該当するものです。

執筆者は、ソースコードとして小説を書きます。このソースコードは、読者の脳内でコンパイルされて即時実行されます。つまり小説においては、読者が「コンパイラ兼実行環境」なわけです。」

 

●QRコードでスキャンして聴く? 書籍のDXは“非接触”サービスでますます多様化へ https://realsound.jp/tech/2021/11/post-901779.html
米国同様、中国でも「聴く読書」、「オーディオブック」が隆盛。「興味深いのが多様な音声サービスで、例えば朗読の声も男性、女性から選べるだけでなく、声のトーンも好みで選択できる。小説の内容で聞き分けができるのも飽きずに聴けて魅力的」。

この趨勢を背景に、本の表紙にあるQRコードをスキャンし、本を聴く、“非接触サービス”を提供する書店カフェが登場。

 

●書籍の要約動画サービス「ムビ本」実証実験開始~話題のビジネス書を“10分動画”で提供 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000082.000016744.html
関心を引くのに、テキストより、画像。画像より動画。という流れがある。ならば、本の紹介、読者と本の仲介も「書評」でなく「動画」になるのも時代の趨勢か。

 

●TikTokでバズって書籍が重版 小説紹介動画クリエイターの流儀|NEWSポストセブン https://www.news-postseven.com/archives/20211009_1697555.html?DETAIL
「出版社の方々に『今まで自分たちでは届けられなかった層に小説が届いている』と感謝していただけて、大好きな小説の世界に貢献できたことをうれしく感じています。実際、10代の方々から『けんごさんの動画をきっかけに初めて小説を読みました』や『小説にハマりました』というメッセージが届いています」

動画で小説を紹介する場として、YouTubeではなくTikTokを選んだのは、そちらのほうが読書にもともと興味がない人々にアプローチできると考えたから」。

●日販、TikTok書籍フェアに本腰 30年前の小説がバズって重版 「影響力は絶大」 - ITmedia NEWS https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2108/24/news083.html
「TikTokでターゲットにするのは10代を中心とした若者層だ。日販によると、TikTokで話題の文庫を集めたフェアを一部書店で1月に行ったところ、購入者に占める10代の割合はフェア前より2倍以上高くなったという。」

 

●アニメはいかにレンズの効果を模倣してきたか - メディア芸術カレントコンテンツ https://mediag.bunka.go.jp/article/article-18117/
記事の内容も面白い。と同時に、昨今、著作権過敏症候群の弊が「とにかく模倣しちゃだめ」の雰囲気を醸成している情勢へ、あらがう好事例として、クリッピングした。「引用」というバランサーを著作権法は準備している。著作権法32条「引用」の出番をもっと活用していい。

 

●許諾なく要約してKindleで販売する行為 Publidia #28 | Publidia https://ayohata.theletter.jp/posts/fe65b320-24ea-11ec-867b-770a3e72e5ec
引用と異なり、要約は許諾が必要(翻案権)。

 

●Twitterで増加する「ビジネス本図解アカウント」は違法? https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/2110/14/news102.html
有名なビジネス本などを対象に、書籍の内容を3~4枚の図にまとめる投稿が増えてきた。これは著作権法制上の「翻案権」にかかわる問題。
「他社の書籍を図解にまとめて、それを公表すること自体、違法となる可能性が高いので、最低限、著作権者の同意を得て販売しないと、著作権法違反となります。」

 

コンテンツNFT ~権利と収益還元の視点から https://www.kottolaw.com/column/211028.html
「NFTを購入しても、対象コンテンツの「所有権」は取得せず、また、多くの場合、「著作権」の譲渡も受けません。対象コンテンツによっては、著作権が発生しないものもあります。」

 

●何が複製を許諾する権利の対象か? 中世から近代にかけての著作物概念の変遷 https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/57/2/57_132/_html/-char/ja
著作権について、数百年のスパンで、俯瞰してみた。そもそも論を今一度確認するのに便利な論考。
アウト・オブ・コントロール: ネットにおける情報共有・セキュリティ・匿名性

複製に対し支払われた対価は、最初、その原本を保有するものへのものだった。書き手へのものではなかった。近代的著作権概念成立以前には、物質としてのテキストを所有することが何らかの権利の主張に必須だったのだ。

「たとえば,演劇の台本の著者は劇場に台本を売り渡してしまえば,その後は何も主張する権利はなくなってしまった。劇場側で勝手に台本を短くしたり変えたりしても,著者は何も文句が言えなかった。」

著者の生計はパトロンが守っていたからだ。