WEBTOONが見せつける、出版のIT化とDXの違い

◎WEBTOONは、出版でのDX(デジタルトランスフォーメーション)の象徴、「デジタル・ファースト」が進んだのは韓国の漫画・コミック。文字ものでの鍵はCSSか◎

 

■IT化(デジタル化)とDXの違い

日本では社会全体で、テレビ、そして新聞や雑誌へのアクセス頻度・時間が低下しています。

・メディア接触時間の変化

・同上 2006年を100とした場合の「メディア接触時間の変化」

・同上(除く携帯) 2006年を100とした場合の「メディア接触時間の変化」

(テレビやラジオが減り、携帯電話が増える https://news.yahoo.co.jp/byline/fuwaraizo/20200807-00190124

このようなメディアをめぐる環境の大きな変化に対して、経営の問題として、デジタル化が喫緊の課題と言われてからだいぶ時間が経ちました。しかし2020年からのコロナ禍のさなかに露呈したのは、社会全体のデジタル化対応の遅延ぶりでした。

「経営の問題として」対応する、という視点が欠落していたのが敗因だったようです。

デジタル化とDX(デジタルトランスフォーメーション)の違いについて、国立情報学研究所の船守美穂准教授は以下のように整理していますが、全体として日本社会は未だに、「文書や手続きのデジタル化(DX第1段階)」すらままならない段階です。

DX第1段階(=デジタル化):物理世界のワークフローがオンラインに移行
DX第2段階:第1段階に、デジタルの特性で可能となる新たな機能が付加
DX第3段階:物理世界には存在しないサービスやワークフローがオンラインで実現

ところが世界にはDX第3段階へ達したサービスや企業がすでに登場しています。メディア業界で一、二、事例を挙げると新聞のNYTimes、また出版の中では漫画(コミック)での、韓国の成功事例が目につきます。

 

■NYTimesのInnovation Report

2014年にリークされ、新聞に限らずメディア企業の蒙を啓くレポートとして称揚された、NYTimesの「Innovation Report」。社内体制を一新、その後、業容を変化させながら「一般紙による電子版の有料化は難しい」との通説を覆す快進撃を続けています。2020年第二・四半期には電子版の購読料やデジタル広告などによる「デジタル収入」が紙媒体関連を上回り、そして2021年7月、電子版とアプリ、紙媒体を合わせた総有料読者数は780万人へと成長しています(2009年の発行部数92万8000部)。ちなみに「2025年までに総購読者数1千万人」が経営目標です。

「Innovation Report」の目次構成は以下の通りで、最後に「デジタルファースト」の単語が出てきます。

1.編集局への読者開発チームの設置(Growing Our Audience)
2.編集局への分析チームの設置(Strengthening Our Newsroom)
3.編集局への戦略チームの設置
4.ビジネス部門の読者関連部署とのコラボレーション
5.デジタルファーストへの移行支援のためのデジタル人材採用の重視

この「デジタルファースト」戦略で世界展開を成功させたのが、韓国発のWEBTOON(ウェブトゥーン)でした。

 

■WEBTOON(ウェブトゥーン)とは

WEBTOON(ウェブトゥーン)はWebとcartoon(漫画)との合成語。Web公開を前提にした漫画制作が一番の要素。つまりWEBTOON(ウェブトゥーン)とは、紙面を前提にした「ページ」概念がなく、オールフルカラーで、スマホ登場で世界的に脚光を浴びると「縦スクロール/スマホ画面対応のコマ割」に特化した、作品群を指します。

これはまさに、「物理世界には存在しないサービスやワークフローがオンラインで実現」に該当、WEBTOONはDX第3段階に分類されると考えて良いでしょう。

近時、韓国で人気のウェブトゥーンがその後ドラマとなり、世界で消費される現象が珍しくなくなっています。

私のIDはカンナム美人|BS日テレ

梨泰院クラス全16話 サブスクブーム

文字ものの出版領域で、「デジタルファースト」を実践し成功した例はまだないように思われます。将来、電子化の実績が豊富な「辞書」の分野で日本から成功事例が出てくるでしょうか。ただ、売り上げのなかから、版元が付加価値を得るためには、「デジタルファースト」に必須なHTMLの知識、素養が重要です。デジタル人材を社内にどう位置づけるかが課題となるでしょう。

NYTimesの「Innovation Report」でも、第五章は「デジタルファーストへの移行支援のためのデジタル人材採用の重視」でした。

 

■CSSは「組方指定書」

Web公開を前提にした出版ではCSSやHTMLへの理解が肝になります。「デジタルファースト」では版元社内にその蓄積が欠かせません。

HTMLとはざっくりHPのことです。いまではどの社内でも自社HPを担当する社員がいて、すでに経営上の知識の一部となっていることでしょう。CSSはしかしHTMLのようにはいかないかもしれません。ですが、要は電子出版の「組み方指定書」のことです。

組み方指定書、組版指定書、組版発注書、などなど。出版社によって呼び方はいろいろです。版元から印刷会社に「入稿原稿」を渡すとき、紙面、レイアウトについて版元の意向を伝達するツールが「組方指定書」または「組版指定書」「組版発注書」ですね。

リフロー型電子書籍の紙面をどう構成しようか。それを表現するのがCSSです。漫画領域でのWEBTOON(ウェブトゥーン)に相当するような新作品形態・新サービスが文字ものの領域で産まれるかどうかは、このあたりにかかってくるかもしれません。

ちなみに詩想舎は独自のCSSを考案、レーベル名iCardbookを展開しています。

 


関連クリップ

●デジタル化とDXの違い|データサイエンス|国立情報学研究所 https://rcos.nii.ac.jp/miho/2020/12/20201223/
「コロナになって色々なことがオンラインに移行し、世界が変わったと我々思い込んでいますが、ほとんどがまだ「デジタル化」段階です。」
DX第1段階(=デジタル化):物理世界のワークフローがオンラインに移行
DX第2段階:第1段階に、デジタルの特性で可能となる新たな機能が付加
DX第3段階:物理世界には存在しないサービスやワークフローがオンラインで実現

 

●鍵はアクセスの習慣化/メディアの収益化とブランド力向上を実現する3つのセオリー
https://markezine.jp/article/detail/37282
雑誌で10万部売れた翌月号が1万部ということはない。つまり、ユーザーの大幅変動が、マスメディアにないWebの特徴。しかも記事1本がバズったとなっても、その場限りのトラフィックでは、ブランドは確立できない。だから「一度来てくれた読者が次は来ない」リスクをどう最小化するか、アクセスの習慣化が最大の課題になる。
・回遊

対応策:「関連記事」「コメント欄」「固定ファン」。
もっとも「コメント欄」には荒しや誹謗中傷という、また別のリスクへの手当が必須。

 

●メディアはDXをどう実現するか
https://media-innovation.jp/2020/09/10/daisuke-furuta-interview/
(NYTimesの)「Innovation Report」が提示したのは、「自分たちのコアコンピタンスを理解した上でのDXの重要性です。メディアに限りませんが、自分たちの強みを捨ててDXに走る例が散見されますが、それは上手くいきません。インターネットに挑戦するからといって、信頼性をウリにしていたメディアが、PVモデルで収益化しようとして、それまでと路線が違うバズ狙いの記事を量産しても難しいでしょう。そうではなく、本質とは何かを見つめなおす必要があります。」

 

●メディアのDX「投資惜しまず」  英BBC出身のマーク・トンプソンCEO(NYTimes) https://www.nikkei.com/article/DGKKZO71685890Y1A500C2EA3000/
「ガソリン車と電気自動車(EV)は同じ製造工程ではつくれない。EVには専門の技術工や組み立てラインがいる。(米テスラCEOの)イーロン・マスク氏が成功したのも、自腹で投資し、EVの製造工程を作ったことが一因だ」
「新聞社のDXにはマスク氏ほど巨額なものではないにしても、ある程度の思いきった投資は必要だ。現在の利益率を変えずにDXできると考えてしまうと、投資が不十分になりやすい」

(NYT:CEO講演…報道プラス聴衆との新たな関係がいる https://mainichi.jp/articles/20150925/mog/00m/030/999000c

 

●ピッコマ、累計3000万ダウンロード突破 右肩上がりの5年半 https://realsound.jp/book/2021/10/post-875899.html
「待てば¥0」(23時間ごとに1話ずつ無料閲覧できる仕組み)モデルや、マンガを巻ごとではなく話ごとに販売する「話売り」の導入などに先鞭。
「フルカラー・縦スクロールのコンテンツ「SMARTOON(スマトゥーン)」を入り口に、マンガ市場全体の拡大・活性化を目指しています。」
・サービス開始から四半期ごとの販売金額

 

●WEBTOON(ウェブトゥーン)とは?韓国発の新しい漫画形式 https://papawaru.jp/webtoon/
・ウェブ上で公開すること=スマホやタブレット、パソコンなどで読まれることを前提
・すべてのコマがフルカラー
・スマホで読むことに最適化された「縦スクロールの画面構成」

欠点もある。「あの名シーンをもういちど読みたいな。何巻だったっけ?」といったニーズには応えがたい。

 

●中韓発「縦スクロール漫画」が世界を席巻するスゴイ理由…トップ漫画家の平均年収は1億7000万円 https://news.yahoo.co.jp/articles/404a274ffc55c6a06a662f1dd17567a7380bdf99
ネットフリックスで2020年にドラマ化され、日本でも社会現象となった『梨泰院クラス』。原作は韓国のカカオエンターテイメントの電子コミックサービス「ピッコマ」から配信されたオリジナルWEBTOONだ。

 

●教室から宇宙まで、VR空間で読書するビューワー  https://www.watch.impress.co.jp/docs/news/1356184.html
・コミなびVR

VR空間で読書するビューワー、「XRマンガ」では「ビーチリゾート」「森林」「学校校舎」など全20種類のVR空間で、電子書籍を基にした本型の3Dモデルを、紙の本のようにページをめくりながら読める。

「コミなび」が提供している漫画のうち約8万冊がVR閲覧可能。すでに購入している書籍であれば、VR空間ですぐに読める。対応していない電子書籍はサービス内のWebブラウザで閲覧できる。

 

●Kindleにない機能、ほかのストアならあります! コミックに便利な6つの電書ストアを比較 https://www.watch.impress.co.jp/docs/topic/1349081.html
Kindleのライバルにあたるストア型の電子書籍ストアアプリについて、Kindleにない便利機能がどれだけ網羅されているかをチェック:
・読み終わると次巻の購入ページに遷移する機能
・読み終わると既読位置がリセットされる機能
・不必要な本を見えなくしたり、再表示できる機能 他
ストア独自機能として以下のようなものも:
Kindleストアの本を一緒に本棚に並べられる機能(BOOK☆WALKER)
・本棚おそうじ機能(BookLive!)
・吹き出しの拡大表示機能(楽天Kobo)
・自動ページめくり機能(DMMブックス)

 

●人文書の電子書籍の売れ方 | 版元ドットコム http://www.hanmoto.com/nisshi1017
青弓社の電子書籍事業の中間報告:
1.2021年3月から9月までに電子書籍化した新刊と既刊の点数34点合計での収支は黒字:34点の売り上げの合計-34点の制作費の合計=プラス(黒字)
2.どこの電子書店で売れているか:「Kindleストア」で80%、それ以外の「honto/楽天Kobo/DMMブックス/Kinoppy/Apple Booksなど」で20%

 

●日本人の情報行動の変化と<本>の未来 https://society-zero.com/chienotane/archives/7396#souseki
翻って百年前の漱石の新聞小説は、当時勃興してきた新しいメディア、あるいはプラットフォーム(=新聞紙)のうえで、新聞最適化、すなわち「日次配信、総文字数一定」という要請に応えるために、創出され、そして見事に成功した作品群である。

漱石はこの要請に応えるため、新聞紙上での縦の文字数と行数に合わせた特注の原稿用紙を自ら準備した。それはいまでいえば、Webという勃興してきたメディアとそのプラットフォームに最適化されたCSSを新聞社が考案、著者がそのエディターを準備する行為に似ている。

 

●日本人は読書しない? する? https://society-zero.com/chienotane/archives/8342
これまで出版社は紙面のレイアウトの工夫を、版面の取り組み指定という形で印刷会社へ伝達して、本を作ってきた。これからはこれに加え、「CSS+HTML」を使った「ブラウザで読む」作品をどう具体化していくかを工夫していくことが求められよう(もちろんビジネスモデルも)。 W3Cもそれを支援しようとしている。Web上の縦書きの国際標準がついに完成に近づいているのだ。
・読書しない人の割合 日米比較