「取次」を必要としない米国 必要とする日本

「取次」を必要としなくなった米国

出版社が「取次」を必要としなくなった米国で、取次第二位のベイカー&テイラー社(B&T)が廃業を決定した。親会社の教育市場への集中という経営方針の反映だった。

しかしそれだけではない。B&Tの社長は「出版社が直販に移行したために」、取次事業の維持が不可能となったと述べている。

Baker & Taylor will close down its retail wholesale business in order to better align itself with the education focus of parent company Follett Corp. The news comes five months after rumors circulated that the Ingram Content Group was considering making a bid for the business, the main focus of which is to supply books to physical retailers.

David Cully, president of B&T, said the move also reflects changes in the trade market where more publishers are selling directly to accounts, which lowers their dependence on wholesalers.
(B&T to Close Its Retail Wholesale Business https://www.publishersweekly.com/pw/by-topic/industry-news/bookselling/article/79933-b-t-to-close-its-retail-wholesale-business.html

取次のファイナンス機能

日本では逆に取次のファイナンス機能なしには立ち行かない中小出版社が多く存在する。だが他方、取次によるファイナンス機能の負の側面としての新刊ラッシュのため、中小出版社とりわけ専門書(学術書・啓蒙書・教科書他)出版社の作品は(物理的制約のある)店頭からどんどん追いやられていく現象が止まらない。取次なしでは立ち行かないが、かといって依存すればするほど自らの首を実は絞めてしまう。負のスパイラルがそこにはある。

※負のスパイラルについては「3.セレンディピティと棚の力」ご参照。

 

日版の非常事態宣言

昨年日販の平林社長が放った、非常事態宣言 は記憶に新しい。
(『文化通信』2018年3月19日号)

取次にとって書籍はずっと赤字で、雑誌で稼いだ利益で 書籍への投資と赤字を補填してきたのが、取次の構造である。
しかし雑誌の売上が減少する中で、遠くない将来、 取次業が続けられないという危機感がある。」

そういって平林社長は出版社の取り分(正味)の削減と輸送費の負担分担を提案した。

「会社全体としては不動産収入でようやく黒字を出しているだけで、 経営的にはまったなし」
「取次の現状は経営努力の範囲を超えた環境変化を受けていて、 もし必要性がないのであれば、市場からの撤退も覚悟している

そして2019年初頭、持ち株会社方式に組織を変更。見方によってはいつでも取次業を切り離す準備が整ったともいえなくもない。

持株会社体制への移行に関するお知らせ | 日本出版販売株式会社 https://www.nippan.co.jp/news/20190219/

他方出版者が市場の不調、この急場をしのげるのが、オンライン書店のおかげという事情は日米共通に存在する。

違うのは、日米における直販へのシフトの規模とスピードだ。

 

日本の直販へのシフトの規模とスピード

アマゾンの例だが次のような数値がある。

2017年の1年間で、760社が新たに直取引(部分も含む)を導入したという。そのうち、アマゾンとの取引高が1億円を超える会社は55社。直取引の導入出版社数は、累計2329社にものぼるとアマゾンは自称している。
(「本を買うならアマゾン」はなぜ危ないか (2/3) | プレジデントオンライン https://president.jp/articles/-/25143?page=2

社数は大きな数字だ(日本の出版社総数:3182社)、しかし大手はほとんどまだ契約をしていないことから、金額ベースではまだまだ直販比率が低そうだ。


(出版社と売上高の関係をグラフ化してみる(最新) - ガベージニュース http://www.garbagenews.net/archives/1987633.html

 

新しい出版のカタチ

なぜ日本で直販比率があがっていかないかは明らかだ。伝統的出版の形態では在庫リスクを抱える。新刊を作りさえすれば、そしてそれを取次に納品しさえすれば、とりあえず資金が出版社に流入してくる。このファイナンスの仕組みなしに、とてもこわくて在庫リスクは取れない。

書店直販にシフトして取次からにらまれたら、自社の経営の根幹が崩れる。だから日本における直販へのシフトの規模とスピードは、米国に比べ小さい。

しかし他方、在庫リスクをとらない新しい出版のカタチはすでに準備されている。

「ebook+POD(プリントオンデマンド紙版)」の形態での出版だ。いわゆる電子出版。紙版である、PODを含め電子出版は在庫リスクとは無縁だ(ちなみにPODを紙の出版だから伝統的な出版ととらえる発想からはそろそろ脱却したほうがいい)。

 

書店直販より読者直販

だが、電子出版(ebook+POD)にすればすべて解決するかというと、そうはいかない。読者と本とのマッチング、という課題を自らになわなければならない。これまでは、取次/書店による「棚の力」がになっていた部分だ。

小説などの初版数万部の世界では、どうやって告知・宣伝してベストセラーを作っていくか。

また専門書(学術書・啓蒙書・教科書他)などの初版数千部の世界では、「このことはどの本に書いてあるのだろう」というニーズに応える仕組みづくりが鍵になる。それは、読者を直接把握できる仕組み作りと言い換えられるのかもしれない。

『ベストセラーはもういらない ニューヨーク生まれ 返本ゼロの出版社』で紹介されたOR ブックス共同経営者、ジョン・オークス氏もこう力説する。

「私たちには資産が二つある。一つは自分たちがつくりだしている「本」という資産、そしてもう一つが顧客の名簿だ。それが私たちの会社なんだ。」

これを実現するには、「出版のデジタルトランスフォーメーション」が必須だ。

つまり、

「本の広告やパブリシティにおいてはインターネットが雑誌や新聞と同様、あるいはそれ以上に大切であるということに異論がある人はいなくなった。」

「「publish」という言葉の定義からして、なにかを広めたいのであれば、出版社である以上、ホームページも持たず、自社の本をネット上で販売する機能をもたないようでは成り立たない。」
(ベストセラーから読者直販へ――ORブックスのジョン・オークス氏に聞く « マガジン航[kɔː] https://magazine-k.jp/2019/04/23/john-oakes-interview/

米国取次第二位の会社の廃業のニュースに、本年2019年4月3日に行われた星野渉氏(文化通信社 専務取締役編集長)の講演タイトルに「取次システム崩壊後の出版流通」の文字があったのを思い出したのは私だけでないだろう。
(セミナー:出版ビジネスの未来予想図:出版ビジネススクール http://skc.index.ne.jp/seminar/20190403.html

出版のデジタルトランスフォーメーション」は日本でも待ったなしなのではないだろうか。