英国義務教育課程のComputing【セミナー備忘録】

(個人用のメモです。議事録ではありません。とりわけ[ ]の部分はブログ記事筆者の挿入部分です。図画等は特に断りがなければ講演者のプレゼン資料を利用しています。)

■セミナー概要:

教育ICT:イギリス最新動向 2017 http://www.jepa.or.jp/sem/20170223/

日本教育情報化振興会 (JAPET&CEC) の海外調査部会では、昨年度のアメリカ合衆国の訪問調査に続き、今年度はイングランドを対象として、教育におけるテクノロジー活用の状況を調査しています。

講師 石坂芳実 (いしざか よしみ) 氏
・ICT CONNECT 21事務局 技術標準化WG担当
・プレゼン資料:イングランドの教育におけるICTの活用 https://www.slideshare.net/JEPAslide/ict-72447552
講師 中駄康博(なかだ やすひろ)氏
・富士ソフト株式会社 みらいスクール事業部 次長
・日本教育情報化振興会 (JAPET&CEC) 海外調査部会 部会長
・プレゼン資料:JAPET英国訪問調査報告 https://www.slideshare.net/JEPAslide/japet

日時:2月23日(木) 15:00-17:30(14:30受付開始)
会場:飯田橋 研究社英語センター B2F 大会議室
主催:日本電子出版協会(JEPA)

◎本ブログ記事では、当日セミナーのうち、後半を扱っています。

前半:
英国の教育制度 (中駄康博)
カリキュラム改定ーICTからComputational Thinkingへ (中駄康博)
小学校におけるデータ活用 とRAISEonline (石坂芳実)
後半:
CAS(Computing At School)とComputational Thinking (中駄康博)
ロンドンの学校の状況 (中駄康博)
Betttのレポート (中駄康博)
イギリスのComputingの授業と Computing At School (石坂芳実)


1.科目としての「Cmputing」

・英国の公立小学校では 2014年9月から「Computing」が教科として導入された[日本では独立の「教科」としては設定されていない]。「Computing」では ICT の活用だけではなく,Computational Thinking の育成が中心的な課題として取り入れられた。その結果、「Computing」は独立した教科ではあるが、週1回程度の授業時間しか考慮されておらず,各教科との関連が重視されている.

・Computingが扱う3つの要素

①CS (Computer Science)
~プログラミングを含む
②IT (Information Technology)
③DL (Digital Literacy)

これまでの「ICT(日本では「情報」)科目」では、上記の②、③を扱っていたが、そのことへの批判(例:王立アカデミー)から、①を重視した科目編成へシフトした。

2.Computational Thinkingとは

Microsoft Research CVPのJeannette M. Wing氏が2006年に提唱した概念。

(出典:Computational Thinking, 10 Years Later https://cacm.acm.org/blogs/blog-cacm/201241-computational-thinking-10-years-later/fulltext

[彼女はこのように言っている。

プログラミング教育で「文法的に正しく、バグのないようにプログラミングすること」を教えるのは、大して重要な教育目的ではありません。そんなことは、プログラマーという職業に就く人だけに訓練すればいい。瑣末な事です。

万人のリテラシーとして重要なのは、「問題を理解し、適切にモデリングし、適切な解法をデザインすること」です。そのとき、コンピュータに何ができて、何ができないかを踏まえていること。それが計算論的思考です。
(Computational Thinking
It represents a universally applicable attitude and skill set everyone, not just
computer scientists, would be eager to learn and use. https://www.cs.cmu.edu/~15110-s13/Wing06-ct.pdf )]

英国文科省は義務教育課程のカリキュラムに「Computing」を組み込む狙いを、 Wing氏の概念をベースに、

世界を理解し、
なおかつその世界を変えていく

ために必要なスキル、それがComputational Thinkingだから、なのだとしている。

3.ICTからComputingへ

・[Computingに限らず英国文科省の政策企画の根本理念にはそもそも、職業主義的なカリキュラム政策が取り込まれている。これはサッチャーが首相として登場する前の1970年代、イギリスが深刻な不況にあり、若者のための伝統的な労働市場が崩壊していく中で、「「仕事のための道具」(tools to job)を教育過程に」という主張(1976 年のジェームス・キャラハン首相のラスキンカレッジにおける演説)がなされたことに端を発する。]

・[だから「スキル」習得を英国文科省は重視する。 2000 年からのナショナルカリキュラムでは「学習者が学校・仕事・人生において、自身の学習や行動を向上させる手助けとなるスキル」と定義され、その中で「思考スキル」(thinking skills)が示され、子どもたちが「何を学ぶか」と同時に「どのように学ぶか」すなわち「学び方を学ぶ」ということに焦点が当ててこられた。

思考スキルの中身は、〈情報処理スキル〉〈推論スキル〉〈探究スキル〉〈創造的思考スキル〉〈評価スキル〉で構成されている。

21世紀、デジタル時代を迎え、20世紀後半の「スキル」の構成内容を刷新し登場したのが、Computational Thinkingのための、科目としての「Cmputing」と考えていいだろう。]

・CAS(Computing At School)、Naace(National Association of Advisors for Computers in Education)、itte(Association for Information Technology in Teacher Education)、この3つの団体がそれぞれ ICTとCSに関する共同文書を出しているが、最初のCASの影響力が最も大きい。

・CASは、Computer Scienceのカリキュラムを開発してきたが、彼らは、Computer Scienceを次のように定義している。

「ComputingおよびComputational thinkingの基礎的な原理と実践を学び、コンピュータシステムの デザインや開発を行うアプリケーションを学ぶ。 これは、数学や物理と同じ”subject discipline”である。」

・disciplineというからには、訓練、演習が欠かせない、いわゆる「プログラミング」はだから必要だ。

ただ「(Computational) Thinking」というからには座学だけでよいではないか、といった議論がすぐ出てくる。しかし楽しく学ぶ、能動的に学ぶ(別の言葉でいえば「アクティブ・ラーニング」)には、子どもが興じるブロック遊びと同種のものと「プログラミング」を考えてよいはずだし、そうすべきだ。今のデジタル社会を生活の一部として生きる子供にとって、「プログラミング」はそういったツール(科学の授業における「実験」のようなもの)ととらえるべきなのだ。

・具体的に「プログラミング」が授業に登場するのは、KS3、日本の小学六年生からとなっている。

4.「Cmputing」の実際

・教科書は『Switched-On-Computing』が人気。寡占状態。

・寡占は問題を生む場合もあるが、英国ではむしろそれがデファクト・スタンダードになり、それをベースにした様々なサポート関連素材、資料が充実していく、良い流れになっているとの印象を受けた。下記はロボット教材の例。

・訪問した時の授業の風景:小学校5学年で、スプレッドシートを使った統計解析をやっていた。

①課題は、世界の移民の数とインフルエンザの相関関係を算出
②世界地図から移民の数やインフルエンザによる死亡率を読み取り、表に入力
③式を入力して集計
④Spreadsheetの演習を通して、移民問題や伝染病の問題 を考えさせる

⑤授業形態(PC教室)
⑥集合形態で簡単な復習と課題を確認
⑦1人1台のノートPCを活用し、それぞれが課題を解く


・数学の授業(小学校6年生)では一人一台のiPadで課題に取り組んでいた。左下の画像のように、サポートスタッフがいる。

・サポートをするひとのための団体もある。

・個人の能力に応じた問題を解かせていて、一斉授業ではない。また各個人の学習記録はサイトに保存されていく。

・クラブ活動では好きな子が集まっているので、低学年の子でもプログラミングもどんどんやっていく。

・プログラミングをするためのチップをBBCが全国の小学校に無償配布していたりする(日本でNHKが全国配布するイメージ)

5.Computational Thinkingのカリキュラムへの落とし込み

・CAS(Computing At School)が中心となって啓蒙に努めてきた。下記は全国の小学校に最初に配ったポスター。その下が現在のもの。基本は、左にコンセプト、右にアプローチを整理している点。

・具体的には下記のスライドの通り。
改めて、「4.「Cmputing」の実際」でみたように、このコンセプトとアプローチは全国に、そして官民両方に、浸透、理解が進んでいるのを実感する。

◎日本では2020年から小学校でプログラミング教育が始まる。日本では、単独の教科とせず、算数や理科などさまざまな教科の一環でプログラミングを扱うことになっていて、「プログラミング的思考」の涵養が眼目とされている。この具体化に、今回の英国視察の結果が大いに参考になれば幸いです。