ピケティ勉強会(3) ピケティが言った(と日本のマスコミが書き立てている)こと

3.ピケティが言った(と日本のマスコミが書き立てている)こと

3-1:所得の高い人から順番に並べてみる

一つの国で、所得の高い人から順番に並べてみる。1億人の人口を擁する国であれば、上から1千万人は「上位10%」ということになる。同様に、百万人なら「1%」、十万人なら「0.1%」だ。

次にその上位10%、1%、0.1%に属する人の所得を合計する。合計した金額と一つの国全体の所得金額合計を比較する。

格差が大きい国なら、上位10%、1%、0.1%に属する人の所得合計が国全体の所得合計金額の中に占めるシェア(構成比率)が大きい。格差が小さいなら、小さいことになる。

ピケティは20数か国の規模で、約100年という長さで、上記の数値をはじいてみた。

「1%」、これを「百分位」というが、ここでは3種類のうちその「1%」の数値推移をみてみよう。折れ線グラフが『21世紀の資本』で示されてている。

先進国の中で米英を中心とするアングロサクソン系の国(『21世紀の資本』の図9.2 )。またそれ以外の先進国(大陸ヨーロッパと日本 同上図9.3 )、それから新興国(図9.9 )。この3つのグループで推移傾向はやや異なる。

図9.2 アングロ・サクソン諸国における所得格差 1910年から2010年https://society-zero.com/chienotane/wp-content/uploads/2015/01/図9.2 アングロ・サクソン諸国における所得格差 1910年から2010年.jpg 658w" sizes="(max-width: 460px) 100vw, 460px" />
図9.3 大陸ヨーロッパと日本での所得格差 1910年~2010年https://society-zero.com/chienotane/wp-content/uploads/2015/01/図9.3 大陸ヨーロッパと日本での所得格差 1910年~2010年-676x418.jpg 676w, https://society-zero.com/chienotane/wp-content/uploads/2015/01/図9.3 大陸ヨーロッパと日本での所得格差 1910年~2010年.jpg 764w" sizes="(max-width: 464px) 100vw, 464px" />
図9.9.新興経済国の所得格差 1910年~2010年https://society-zero.com/chienotane/wp-content/uploads/2015/01/図9.9.新興経済国の所得格差 1910年~2010年-676x421.jpg 676w, https://society-zero.com/chienotane/wp-content/uploads/2015/01/図9.9.新興経済国の所得格差 1910年~2010年.jpg 741w" sizes="(max-width: 457px) 100vw, 457px" />

先進国はいずれも1910年あたりは20%前後のところに折れ線グラフが位置している。つまり、一つの国で、所得の高い人から順番に並べた上位1%の人の所得合計が国全体の所得の約2割を占めていた、ということ。

格差が大きい状態だった。

それが一旦1割くらいのレベルへ向け低下を始めるのが、二度の世界大戦の時期。さらに戦後しばらく、1980年代までは1割以下のレベルに低位安定推移していた。

この後、90年以降の動きは先進国の中で、アングロサクソン系とそれ以外(大陸ヨーロッパと日本)とで異なる。

アングロサクソン系は急速に1910年頃の数値に肉薄していく。一方それ以外の先進国(大陸ヨーロッパと日本)はゆっくり上昇トレンドに移ろうしている程度。

ところが新興国は20世紀はじめ、1910年あたりの数値は整備されていないのでよくわからないが、おおむね二度の世界大戦の時期に下落傾向となっているのは先進国と共通、そして1980年代以降、アングロサクソン系の先進国以上に急速な折れ線グラフの右肩上がりが認められる。

21世紀の現在、アングロサクソン系の先進国と、新興国は1910年ごろの格差の大きい状態、そのレベルにだいぶ近い場所にいる。アングロサクソン系以外の先進国でもこのまま事態を放置すると同じ事が起きるのでは、と推測されるような段階にある、と言える。

3-2:なぜこういう変化が20世紀を通して起きたのか

ピケティの説明は明快だ。

・1910年の時点で格差が大きかった。それと1980年代以降、いったん小さくなった格差の状況が再び拡大方向へ向かっているのは、資本の運動を野放図にする政策をとったからだ。
・2つの世界大戦の時期、格差が小さくなったのは「資産」が毀損、減少したから。また政策で富裕層に高い税率を課すなどの格差を是正する効果がある処置をとったから。
・戦後のある時期まで格差が小さい状態で推移したのは、人口の急速な増加と技術革新のおかげで所得が大きく伸びる一方、政策で所得の再配分を行ったから。

続いて議論を先取りして述べると、足元の格差が大きくなってきている状況に対する処方箋としては、政策を発動する意思決定こそが重要、と強調している。なぜなら資本の運動を野放図にしていると格差は拡大一方だから、と同時に人はひとたび高い所得を得る地位に就くと、どうしてもそれを守ろうとするから。

だから民主主義の力でそれを打破することが重要。つまりどういう政策を施行するかが極めて重要だということになる。その民主主義の力を具体化するために、広く「資本の運動のメカニズム」を明らかにした、啓蒙の書、『21世紀の資本』は書かれた。民主主義が政策に正しく反映されるためには正しい現状把握、歴史が指し示すデータに基づくことが大事だからだ。

もう一度、「なぜ」に戻ろう。

それは「続いて」の議論にあるような、「資本の運動を野放図に」していると何が起きるかと関連している。

3-3:資本の運動を野放図にしていると何が起きるか

この点についてピケティは、ある推論の仕組みを設けたうえで、人類史という雄大なスケールで説明を試みる。

図10.9のタイトルは「世界的な資本収益率と経済成長率の比較 古代から2100年 」だ。
図10.9.世界的な資本収益率と経済成長率 古代から2100年https://society-zero.com/chienotane/wp-content/uploads/2015/01/図10.9.世界的な資本収益率と経済成長率 古代から2100年.jpg 669w" sizes="(max-width: 470px) 100vw, 470px" />

この図では、2本の折れ線グラフが並んでいる。図表の上部には「資本収益率」がだいたい4%から5%の間をゆっくり上下に変化しながら推移していく。仔細にみると人類史のはじめ、2千年前から中世、近世まではほとんど横ばいあるいは微増であったものが、18世紀から俄然上昇を始める。産業革命に伴う躍動が始まった。20世紀中これはさらに押し上げられる。

これに対して「経済成長率」は、2千年前から中世、近世にかけゼロ、あるいは数パーセントのレベル。産業革命の時期、資本主益率以上の大幅な伸長を見せ、資本収益率のレベル圏に向かってあがっていく。この伸びはいったん2つの世界大戦の時期足踏みした後、1980年代以降2012年にかけ、資本収益率に手が届きそなところまで来る。

さあ、このままいけば経済成長率の折れ線グラフが、資産収益率の折れ線グラフに追いつき、追い越すかに見えたが、どうやらそうはならなかったし、またならないとピケティは言う。

ピケティは予測指標も提示しているのだが、経済成長率と資産収益率はクロスすることなく、ついに両折れ線グラフともに下降を始める。

つまり人類史の中で、経済成長率は資産収益率を上回ったことがない、というのだ。

「ない」ばかりか、この差を埋めるのは、世界大戦という異常事態か、異常事態を背景にようやく実現可能であった政策のおかげ(2つの世界大戦期)。そして民主主義がかろうじてその成果を手にした例外的政策発動(戦後1980年代までの時期)である、ということ。

つまり資本の運動を野放図にしていると、経済成長率は資産収益率を上回ることはない、という点だ。

3-4:資産収益率と経済成長率

ここで新聞・雑誌が取り上げる一番のポイントを簡単整理。

「経済成長率は資産収益率を上回ったことがない」、「資本の運動を野放図にしていると、経済成長率は資産収益率を上回ることはない」というときの、「資産収益率」「経済成長率」とを、もっと日々の生活、人生の場面に即して言いうとどういうことなのか。

正確性をやや犠牲にしてざっくりいえば、「経済成長率」とは、給料などの個人の所得と、給料などの人件費他を差し引いた後の企業の利益を合計したものの増加率のこと。労働の成果、汗水たらした仕事の成果、労働・仕事から得られる勤労所得(個人と企業の合計)。その増加率が経済成長率。

資産収益率とは、たとえば不動産からえれる賃貸収入のような、労働・仕事ではなく、資産が産む収益。その収益を分子に、不動産を分母に割り算をしたのが資産収益率。所得という単語を絡めて表現するなら、不労所得の増加率。

つまり「経済成長率は資産収益率を上回ったことがない」は、「勤労所得の伸び率は不労所得の伸び率を上回ったことがない」。

「資本の運動を野放図にしていると、経済成長率は資産収益率を上回ることはない」は、「「資本の運動を野放図にしていると、勤労所得の伸び率は不労所得の伸び率を上回ることができない」。

このふたつの命題が導き出されることになる。

3-5:格差議論への補助線

ここで1.の「所得の高い人から順番に並べてみ」た作業を思い起こしてほしい。

また4.で触れた「正確性をやや犠牲にしてざっくりいえば」の部分の修正もしなくてはいけない(新聞・雑誌はこの辺をふっとばしている例が多い)。

1%の所得の高い人々は、不労所得という単語で整理した、たとえば不動産からの収益なども、勤労所得と同時に持っていることが多い。実は「経済成長率は資産収益率を上回ったことがない」というときの、「経済成長率」を勤労所得の伸び率と、「ざっくり整理した」が、正確には不労所得と勤労所得が合算されている。

そして資産収益率は、歴史的にみて、人類史のはじめから「4~5%」のレンジで推移しているので、一つの国で上位1%の所得の高い人々はさらにどんどん所得を増やし、その所得から消費を差し引いた残りの金額を資産に投資ができるので、資産総額をも増やしていく。資産総額が増えれば、収益率を掛け算する対象である金額が増加しているのだから、雪だるま式に不労所得が増えていく道理だ。

資本の運動を野放図にしていると、いま以上の格差の拡大がこの先ずっと抗いようもなく起きてしまう。

このままでいいのですか?

個人個人の労働の成果、汗水たらした仕事の成果、労働・仕事から得られる勤労所得だけで暮らす人々は、資産を保有し不労所得をも手にする「上位1%」の人々の所得レベルに追い付くことはまず不可能。

一生何不自由なく暮らそうと思えば、汗水垂らして働くこと、その中で、より優位なポジションを目指してたとえば弁護士になる(『21世紀の資本』でたびたび登場する、バルザックの小説『ゴリオ爺さん』中の、苦労人法科学生ラスティニヤックの野望と苦悩)ことより、資産を持った女性と結婚して、女性の両親からの資産相続を当てにするほうがいい(同じく『ゴリオ爺さん』のヴォートランのお説教)。

バルザックは19世紀フランスの社会を活写したわけだが、21世紀の今日、同じような社会になりつつあるよ、このままではね、というのが、『21世紀の資本』でピケティが訴えたかったポイントだ、ということになる。

そして政策の成果でこの資本の運動メカニズムを抑え込んだ、ある奇跡的な時期の様子を税引き後の資本収益率を使って明示してみせる(図10.10. 世界的な税引き後資本主益率と経済成長率 古代から2100年 )。所得税に累進性で富裕層に対しきわめて高い税率を課したり、相続税を強化したりしたのがこの時期。
図10.10.世界的な税引き後資本収益率と経済成長率 古代から2100年https://society-zero.com/chienotane/wp-content/uploads/2015/01/図10.10.世界的な税引き後資本収益率と経済成長率 古代から2100年-676x450.jpg 676w, https://society-zero.com/chienotane/wp-content/uploads/2015/01/図10.10.世界的な税引き後資本収益率と経済成長率 古代から2100年.jpg 688w" sizes="(max-width: 494px) 100vw, 494px" />

やればできる、という歴史的事実を提供したうえで、グローバルに資本が世界を飛び回る21世紀には、国民国家が独自に設定するのでなく、世界が協力し合い、グローバル富裕税を制度として整備すべきだと、ピケティは訴えている。


 

ピケティ勉強会

0.ピケティ自身が公開しているデータ集

・エッセンスや要約本(洋書=Kindle本)

1.『21世紀の資本論』を取り上げた媒体とクリップ一覧

2.書籍の特徴

3.ピケティが言った(と日本のマスコミが書き立てている)こと

4.実は、ピケティはこうも言っている