Tag Archives: 服部桂

ケヴィン・ケリーが語る「本と読書と出版」 その5

■そして「スクリーンの民」の時代へ

スクリーンで読むことは最初に本を変え、本による図書館を変容させ、次には映画を映像を変え、ゲームや教育に破壊的変化をもたらし、最終的にはすべてのものに影響することになる。(第四章 Screening)

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ケヴィン・ケリーが語る「本と読書と出版」 その4

■アフター・グーテンベルク 「本の民」の時代

安価で完全なコピーを作れることから、印刷された文書は変化の動力源にも安定性の基盤にもなった。(『<インターネットの次>に来るもの』 第4章 Screening)

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ケヴィン・ケリーが語る「本と読書と出版」 その3

■本は固定化されていたからこそ流動化のための工夫を発達させた、先駆的存在

マッシュアップの手法は実際のところ、文章のリテラシーからきている。
(中略)
ジョージ・ルーカスの作品『スターウォーズ』は、それまでの映画撮影術というより、本や絵画に近い手法を取り込んでいる。(『<インターネットの次>に来るもの』 第8章 Remixing )

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ケヴィン・ケリーが語る「本と読書と出版」 その2

■クローズとオープンのバランス

インターネットは世界最大のコピーマシンだ。

デジタル経済はこうした自由に流れるコピーの川の上を動いている。(『<インターネットの次>に来るもの』 第3章 Flowing )

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ケヴィン・ケリーが語る「本と読書と出版」 その1

■取次の危機

JEPA(日本電子出版協会)のビジネス委員会が6月20日「茶話会」を開催する。この先10年の出版を語りあう「茶話会」のテーマは「読み放題モデルってどうなのよ」、であった。これを受けて4回に分け、議論の準備も兼ね手元メモを書き留めたが、その中で何回か、ケヴィン・ケリーの『<インターネットの次>に来るもの(翻訳:服部 桂)』を参照した。

そこで次に、『<インターネットの次>に来るもの(翻訳:服部 桂)』の中でケヴィン・ケリーが「本・読書・出版」について語っている部分をハイライトしてみることにした。


もっと重要なことは、われわれが新しいものを古いものの枠組みで捉えようとしがちだということだ。

(その結果(筆者挿入)(中略))その先が明らかに不可能なものに見えたり、あり得ない、あるいはあまりにもばからしいと思えたりすると、それを無視してしまう。(『<インターネットの次>に来るもの』 第1章 Becoming)

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