電子図書館と「読み放題」|「読み放題モデルってどうなのよ」 手元メモ その4

前回、「潜在読者の掘り起こし」と「本と読者のマッチング」を、「「所有」から「利用」へ」あるいは「readingからscreeningへ」のパラダイム転換に対応して展開するのが、「読み放題」というビジネスモデルなのだ、とした。

ここで、本の場合、所有にはコンテンツ単品・買い切り/売り切りの支払方法が、利用にはサブスクリプション(コンテンツを利用した期間に応じて料金を支払う方式)の支払方法が対応すると想定されている。

・所有権:コンテンツ単品単位ベースの取引 買い切り/売り切り
・利用権:コンテンツのマスベースの取引  サブスクリプション(コンテンツを利用した期間に応じて料金を支払う方式)

しかし第一回(その1)に書いたように、二つの異なる世界、また様々なジャンルがあるので当然のことながら、「単品・買い切り/売り切り」と「マス・サブスクリプション」の間にはバリエーションがある。

しかも価格(料金)政策はサービス利用者向け価格にだけ知恵を絞ればよいのではない。

「読み放題」サービスの事業を構築する際、プラットフォーマーにとっての最大の課題が、「書籍コンテンツの仕入れ価格体系と、サービス価格体系との組み合わせの工夫」になる。

ここで類似サービスを対比することで、「読み放題ってどうなのよ(「この先10年の出版を語ろう! 茶話会2.0」 http://www.jepa.or.jp/seminar/20180620/ )」の議論の材料としたい。

類似サービスとしてまず名前があがるのは電子図書館サービスだろう。

1.電子図書館は単品・買い切り/売り切り、その代わり同時アクセス1

そもそも図書館は、図書館が書籍を「所有」しつつ、ユーザーに対して書籍「利用」のサービスを提供する機関。ところが「所有」場面(書籍の選書・購入)が有料、「利用」場面(貸出)では無償であることから、「「所有」から「利用」へ」あるいは「readingからscreeningへ」のパラダイム転換に必ずしも親和性がない。

・所有権:コンテンツ単品単位ベースの取引 買い切り/売り切り [選書・購入=有償
・利用権:コンテンツのマスベースの取引            [貸出=無償

このため、電子図書館サービス事業を構築し、売り込む際、単品買い切り/売り切り・支払いモデルが先行する形となっている。

大学図書館市場ではMaruzen eBook LibraryやKinokuniya Digital Library などが、和書の電子版を扱う電子図書館サービスとして浸透している。他方公共図書館市場での電子図書館導入はあまリ進んでいないが、その中でTRC-DLが大きな市場シェアを誇る。

いずれも電子書籍コンテンツの選書・購入には、単品買い切り/売り切りが支払い形態の基本となっている(一部、月額フィーを別途要求する形態も)。

このとき、実勢として、電子書籍と紙の本とで、価格を同一にする例はむしろ少なく、電子図書館サービスにおける電子書籍価格は、紙のそれより高いのが当たり前となっている

人口減少社会に突入した昨今、授業料収入や税収の伸びを前提にできない図書館側からは、「電子なんだから、紙よりも安い単価であってほしい」という要望は当然でてくる。かたやで出版者側は出版市場が90年後半以降、20年来の右肩下がりにあることから、紙での売り上げ減をカバーすべく電子版単価をあげようとする。

そればかりか、電子版貸出で紙の販売減に拍車がかかっては困る、という懸念から、「同時アクセス」制限を設けるのが通例

「同時アクセス 1」とは、ひとりが読んでいる間は他の人がその本を読めないことを意味する。「貸出」のメタファとして、これに対する抵抗は価格ほどには大きくないものの、例えば大学の授業で「次の講義までにこの本を読んでおくこと」といった指示が担当教官から出たケースなどで、結局、電子版ならではの特性が発揮されない(たとえばブログ記事は大勢が一時期に読むことが可能)ことになる。

この解決策としては従量制の導入、「都度課金型」がある。「都度課金型」とは、貸出の都度、支払いが発生するもの(通常、価格(料金)は、紙の本体価格よりはるかに安い)。

そこで、電子図書館市場に後発で出てきたLibrariE(ライブラリエ)は、「ワンコピー/ワンユーザー型」と「都度課金型」のセットとして価格体系を構築している。さらに同時アクセスについて「1」ではなく「複数」となる形態も用意している。




(Jepaセミナー資料 jdls 20150318 https://www.slideshare.net/JEPAslide/jepa-jdls-20150318

ワンコピー/ワンユーザー型の価格は「出版社には底本の1.5倍から2.0倍を推奨」。一方都度課金型の価格は「ワンコピー/ワンユーザ型の26分の1」である。

図書館はまず、「ワンコピー/ワンユーザー型」である書籍の「アクセス権」、アクセスサービスに対する対価を支払う。この支払いで、ひとつの書籍を2年間または「52回まで」貸出することができるようになる(価格は「底本の1.5倍から2.0倍」)。

この「2年間または「52回まで」」が終った時点で、再度「ワンコピー/ワンユーザー型」を選ぶか、「都度課金型(価格は「ワンコピー/ワンユーザ型の26分の1」)」に移行するかを選ぶ。
(選書・蔵書のお悩み解決「都度課金型」モデル 公共図書館 | ちえのたね|詩想舎 http://society-zero.com/chienotane/archives/630

 

2.「読み放題」の仕入れ価格体系は企業秘密

もう一度確認しよう。所有と利用に関し、

・所有権:コンテンツ単品単位ベースの取引 買い切り/売り切り
・利用権:コンテンツのマスベースの取引  サブスクリプション(コンテンツを利用した期間に応じて料金を支払う方式)

の関係がある。

そして出版者と読者の間に立ち、「貸出サービス」を提供する図書館にとって、電子図書館

所有権:コンテンツ単品単位ベースの取引 買い切り/売り切り [選書・購入=有償
利用権:コンテンツのマスベースの取引            [貸出=無償

という構図となる。

これに対し、出版者と読者の間に立ち、「読み放題サービス」を提供するプラットフォーマーにとって、「読み放題」は

利用権:コンテンツのマスベースの取引    ?      [選書・仕入れ=有償]
利用権:コンテンツのマスベースの取引 サブスクリプション [読み放題=有償]

という構図となる。

ここで「読み放題」の「利用権」の仕入れ価格体系は企業秘密で厳密にはよくわからない。

だが、「書籍コンテンツの仕入れ価格体系と、サービス価格体系との組み合わせの工夫」が最大の難所であるのは容易に察せられるところ。

なぜなら、

・「本と読者のマッチング」効率を「売り」にし、「潜在読者の掘り起こし」を果たし「売り上げ」を大きくするには、豊富な品揃えが必要。
・同時に、ユーザーが
所有権:コンテンツ単品単位ベースの取引 買い切り/売り切り
から
利用権:コンテンツのマスベースの取引 サブスクリプション
へ移行してもらうためには、「お得感」のある安い価格設定が必要。
・他方、豊富な品揃を実現するには、出版社が納得する価格体系を提供する必要がある。当然、出版社側はより高い価格設定を求める

からだ。

・なお上記をコントールするのに、「従量制」がプラットフォーマーにとって便利。

この「書籍コンテンツの仕入れ価格体系と、サービス価格体系との組み合わせの工夫」がいかに難易度の高い判断になるかは、アマゾンが「読み放題」サービスを導入した、スタート時の失敗事例が如実に著わしている。

売れ筋(=よく読まれている書籍コンテンツ)を「読み放題」対象本からいったん引き上げる、という珍事件がおきたのだ。

「所有権」ベースの取引なら、売れ筋を引き上げるのは奇異。いかにも、「利用権」ベースの取引ならではの事象。コンテンツの仕入れとサービス提供のバランスをどうとるかがいかに難しいかを表している。

複数の出版社によると、アマゾンは一部の出版社を対象に、年内に限って規定の配分に上乗せして利用料を支払う契約を結び、書籍の提供を促したという。

ところが、サービス開始から1週間ほどで漫画やグラビア系の写真集など人気の高い本が読み放題サービスのラインアップから外れ始め、アマゾン側から「想定以上のダウンロードがあり、出版社に支払う予算が不足した」「このままではビジネスの継続が困難」などの説明があったとしている。
(アマゾン読み放題炎上から学ぶ、放題サービスの落とし穴 https://www.huffingtonpost.jp/taichi-kakinuma/amazon_service_b_12327946.html

日米市場での、マンガの位置づけの違いに当初アマゾンがしっかり把握していなかったことが上述の背景にあるのかもしれない。

その1」で述べたように、プラットフォーマーはジャンルごとの生態系をしっかり把握し、そのうえに、デジタル化を通した潜在読者の掘り起こしとマッチングを実現する必要があるのだ(「絵本ナビ」はその成功事例といえるか)。


■関連URL
・LibrariE(ライブラリエ) 電子図書館の新しいモデル | ちえのたね|詩想舎 http://society-zero.com/chienotane/archives/568

・電子図書館サービス(図書館ツール)|株式会社図書館流通センター(TRC) https://www.trc.co.jp/information/pdf/20171002_trcdl.pdf

・アマゾン読み放題炎上から学ぶ、放題サービスの落とし穴 https://www.huffingtonpost.jp/taichi-kakinuma/amazon_service_b_12327946.html


◎「読み放題モデルってどうなのよ」手元メモ

その1:注意したいこと http://society-zero.com/chienotane/archives/7720

その2:Baasあるいは「出版」からの解放 http://society-zero.com/chienotane/archives/7732

その3:読み放題ってそもそも何なのだろう http://society-zero.com/chienotane/archives/7742

その4 :電子図書館と「読み放題」 http://society-zero.com/chienotane/archives/7757