人間とAIがタッグを組む

1.デジタル革命の影~グレート・デカップリング

塔が高ければ高いほど、その後ろにひく影は遠く、深い。世紀をまたぐあたりから始まった情報革命にも同様のことが言えそうです。

蒸気機関の発明により我々は「筋力」を得て、肉体労働から解放されました。当初はラッダイト運動のような現象もありましたが、現在、内燃機関を否定し、たとえば車のない社会を構想する人はいません。少なくともそれは「成長」に寄与したし、決して全体として雇用を奪うものではなかった、との認識が人々の共通理解でしょう。

ところが現在のデジタル技術の進展、情報社会の到来は、我々に「知力」を与え、知識労働を肩代わりし、その生産性を飛躍的に伸ばしてきものの、雇用が伸びず大多数の人間の富が増えないという現実を突きつけています。『機械との競争』の共著者であるアンドリュー・マカフィーはこの状況を「グレート・デカップリング」と名付けました(境祐司『人工知能と商業デザイン知識カード101)。生産性の伸びと雇用の伸びが結びつかないのです。

 

2.人工知能を巡る悲観論

ここに近時、「シンギュラリティ」の用語に象徴される人工知能を巡る議論が悲観論に油を注いでいます。曰く、人工知能が進化すると労働が人工知能に取って代わられる。仕事を奪われる。また映画ターミネーターのスカイネットに象徴される、コンピュータが人間を支配するという社会構造への懸念など。(境祐司『人工知能と商業デザイン知識カード91

代表的な書籍はたとえば、国内ですと、井上智洋氏の『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』。

海外からはレイ・カーツワイル氏の『シンギュラリティは近い[エッセンス版] 人類が生命を超越するとき』があります。

 

3.人間にできてAIにできないこと。

たしかに深層学習を含めたAIの進展で、人間の知覚能力、認知的な仕事が劇的に機械にサポートされるようになる。我々は歴史的な変曲点に立っている可能性が高いとみるのは正しい。

ただ、いかにこれまでにない変化が起きているといっても、AIは知性のすべてをカバーするわけではありません。AIの全体像を把握するには、AIができないことを認識することから始めてみましょう。列挙すると、
1.AIには意思がない
2.AIは人間のように知覚できない
3.AIは事例が少ないと対応できない
4.AIは問いを生み出せない
5.AIは枠組みのデザインができない
6.AIにはヒラメキがない
7.AIには人を動かす力、リーダーシップがない
(出典:『ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2015年 11 月号~人工知能~』)

 

4.人間とAIがタッグを組んでイノベーションを起こすAI資本主義

郵便場馬車をいくつ並べようが、そこから鉄道は生まれない」。

シューペンターが「イノベーション」を語った時使ったフレーズです。彼が指したと同じ現象、根本的な変化が21世紀の現在起きています。

馬車の改良を続けてもより安定し、より速い馬車ができあがるだけです。ここで鉄道を生み出すには、馬と車輪という従来型の組み合わせではなく、石炭と蒸気機関という新しい組み合わせを構想することが必要。つまり技術革新の前には、必ず発想革新が必要なのです。これを立ち位置を変えて眺めると、世界で最初に鉄道が走った場所は、人の頭の中だったといっていいでしょう。

人工知能と何を組み合わせ、何を実現するか、ここに人間の脳、自然脳の出番が確実にあります。(『人工知能と商業デザイン知識カード92
またDIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文を集めた『オーグメンテーション:人工知能と共存する方法』)

そして人間とAIの違いは「制限とバイアスとイマジネーション」にあります。

一見奇妙に聞こえるかもしれませんが、制限のあるところからこそ人間のイマジネーションは生まれます。「何も制限がない状態で想像力を働かせることは人間にとって至難の技なんですね。やはりクリエイティブな作業には”筋の良い制限”が欠かせない(出典:「ヒトとロボットが”共創”する未来」上編 https://www.ibm.com/think/jp-ja/watson/robot-x-watson-pepper/  )」のです。

他方機械、つまりコンピュータ、最近でいえば人工知能はフラットにしかものを見ることができない。つまりバイアスの有無が人間と人工知能との発想の違い。

ということは、人間のバイアスを取り除き、新たな創造を助ける存在が人工知能、そういう相互依存の関係があるのではないでしょうか。人間とAIがタッグを組んでイノベーションを起こすAI資本主義をこそ目指すべきでしょう。

もっとも「AI資本主義」の時代、高度な自律性を持つAIやロボットが出現すれば、責任や意識、創造などに関する根源的な問いに誰しもが直面せざるを得なくなります。つまり「AI資本主義」の時代は人文社会系の学問復興が期待される時代でもあります。そしてこの分野にもAIがさまざまな学問の紐帯となる、触媒の働きをする可能性が秘められています。

 


◎境祐司氏の電子書籍。会社でAIを担当するよう命じられ途方に暮れている人のための入門書。はじめてAIを本格的に勉強しようとする人のためのガイダンス。デザインの要素知識から始まって、AIの本質論へ迫っていく、ミニ辞典。

■『人工知能と商業デザイン』の参考文献リスト https://society-zero.com/reference/005.html

◎ゲームの中で動いているキャラクターAIに関する、AIの本質論の書。そもそも知能とは環境と人間のインタラクティブな関係、相互作用から生まれたもの。サイエンスとエンジニアリングと哲学を駆使し、AIそして知能に迫る。著者:三宅陽一郎。

■『人工知能と人工知性』の参考文献リスト https://society-zero.com/reference/006.html

◎AIはコンピュータからの産物。電気信号で動いています。ところが人間の知能も実は、神経回路の「発火作用」で動いているのです。「神経回路」から「脳」を理解し、「知能」を解明し、AIとの違いにも迫ります。池谷裕二先生のもとで博士号を取得され、神経科学の第一線で活躍されている佐々木拓哉先生の著書。

■『脳と情報』の参考文献リスト https://society-zero.com/reference/007.html