IDPFボルドー会議とDigiCon@BEA報告【セミナー備忘録】

■概 要

EPUB 3.1、IDPFとW3Cの統合など、電子出版の国際標準フォーマット「EPUB」についての最新情報。
http://www.jepa.or.jp/sem/20160601/

日時:6 月1日(水) 15:00-17:30

講師
村田 真氏(JEPA CTO)
吉井 順一氏(IDPF理事、講談社/豊国印刷)

1.IDPFボルドー会議報告(村田氏)
~2016年4月6~8日にフランスボルドーで開催された会議とその後の動向について。
・EPUB 3.1の最新動向:HTML構文、Browser-Friendly Format(BFF)
・EPUB Summit(4/7, 8)報告
・EDRLab(Europian Digital Reading Lab.:EPUB制作センター)
・DRM:Lightweight Content Protection など
プレゼン資料:Idpfボルドー会議報告 http://www.slideshare.net/JEPAslide/idpf-62642924
参考:EPUB 3.1 WG及びEPUB Summit出張報告 https://docs.google.com/document/d/10ShoYsb8TE7x_CEBhNmCMcXbRjDQvyuKSjN0KMqcGyg/edit#

2.DigiCon@BEA報告(吉井氏)
2016年5月10、11日にシカゴで開催されたBook Expo America内でIDPFが主催するDigiConコンファレンスについて。
プレゼン資料:Idpfとw3 cの統合案ついて http://www.slideshare.net/eijyo/idpfw3-c
参考:W3CとIDPFが両組織の統合を検討中 https://www.w3.org/2016/05/digpub.html.ja
W3CとIDPFは統合したほうが良いか? http://www.jepa.or.jp/w3c-idpf/


 

安倍首相が消費税率引き上げの先送りを発表した2016年6月1日、東京、飯田橋にある研究社英語センターでは、JEPA CTOである村田真氏から、EDUPUB作業結果のEPUB次回改定への反映が事実上、すべて先送りされたとの報告があった。

■すべては先送りされた

これまでのJEPAセミナーで得た知識をあらためて整理すると、EDUPUB、すなわち教育目的の機能を電子書籍規格の世界標準となったEPUBに盛り込むための活動において、これまでに主に議論されてきたのは次の10項目であった。

1.EDUPUB Profile=タグ付け

教科書の本文における、
・章節見出し
・注釈
・目次
・学習目標
・演習問題
・ヒント
・解答
・フィードバック

2.Multiple Rendition Publications
3.アノテーション
4.EPUB Scriptable Components(対話的コンテンツのAPI仕様)
5.PUB Scriptable Components Packaging and Integration(対話的コンテンツのパッケージングの仕様)
6.IDPF ePub Widget Framework(対話的コンテンツの構造やメタデータ)
7.Distributable Objects(流通する(分解/再統合/変換される)素材)
8.外部の教材やアプリとの連携 LTI
9.QTI(テスト実施と採点)
10.学習記録データ Caliper
(各項目の簡単な説明:デジタル教科書の国際標準「EDUPUB」 第5回 【セミナー備忘録】 http://society-zero.com/chienotane/archives/435 http://society-zero.com/chienotane/archives/474


これが規格化という意味ではすべて先送りされた。EPUB3.1には盛り込まれないことになった。

 

■弱いDRM

「すべてが先送り」される中で、「弱いDRM」だけはIDPFボルドー会議で現実味を帯びた議論がなされた、とのこと。

ちなみにボルドー会議を主催したのは、ヨーロッパにおけるIDPFとReadium Foundationの支部であるEDRLab(EUROPEAN DIGITAL READING LAB)。

今回のEPUB Summitの開催と、そこで説明されたLightweight Content Protectionの推進とが、EDRLabの初仕事。ReadiumについてはReadium関係者をEDRLabは雇用しており、彼らがLightweight Content Protectionの実装をReadiumに組み込んでいく。

さてそれではDRMを今一度おさらいしよう。

「音楽、映像、ゲームや書籍など、デジタルコンテンツの違法コピーや無制限な利用を防ぎ、著作権を保護するためのデジタル著作権管理の技術を、Digital Rights Management(DRM)という。映画など映像のストリーミング市場において多くのシェアを持つWindows Media DRMや、iTunes Storeで導入されたFairPlay、電子書籍向けのAdobe DRMなどが一例である」。
(出典:JEPA| DRMとは? http://www.jepa.or.jp/ebookpedia/201510_2621/

デジタルコンテンツは何度コピーしても、どんな遠くに送信しても品質が劣化せず、同じものを簡単かつ大量に複製可能であることから、いわゆる海賊版が出回り、コンテンツホルダーに得べかりし利益の侵害が起きる、可能性がある。

これを防ぐのにふたつの方法がありうる。

(出典:Idpfのepub lcpとは何か  http://www.slideshare.net/TohruSampei/idpfepub-lcp

ひとつは、法制に頼るもの(泥棒は法律で裁いてもらおう)だが、事後的な恨みが残る。
もうひとつは、事前に盗まれないようカギをかけておくもの。

DRMは後者の考え方で作られる。しかし錠前を軽々と空けてしまう泥棒がいるように、後者では技術の競争、イタチごっこはなくならない。

さらに、
・標準DRM がないと、市場が細分化し、 DRM間の非互換性によって、ユーザーは端末やアプリにしばられてしまう。
・標準フォーマットとしての EPUB の発展 ( 成功 ) が、 阻害される可能性がある。
といったユーザーフレンドリーでない、という弊害がある。

(出典:Idpfのepub lcpとは何か  http://www.slideshare.net/TohruSampei/idpfepub-lcp

これに対し今回、このふたつの中間策として、Lightweight Content Protection(LCP)がEDRLabにより提案された。

 

Lightweight Content Protection(LCP)

Lightweight Content Protection(LCP)は上のふたつの弊害を発生させないDRMという意味で、「弱いDRM」。ただし、これを破った、という法制上の刑罰の構成要件を提供することができる。つまり前者の考え方で作られる「法制」を技術で補完するという性格を有する施策だ。

本格的な「強いDRM」ですらやすやすとこれをかいくぐる者が必ず登場する。ならば、「弱いDRM」でよいではないか。悪さをする「読者」の排除は「法制」で行う、その法制の運用を助けつつ、通常の読者の不便を未然に防ぐのが「弱いDRM」、Lightweight Content Protection(LCP)だ。

具体的な仕様シーンでの運用は次のような具合になる。

<購入の場合>

 

これなら、Portable Web Publications for the Open Web Platformの理念(セミナー後半の吉井氏から発表される内容)に棹差すことがない。

特に法制化という点では、今回会議の主催者EDRLabが、「欧州」と銘打ちながら実態としてはフランスがリード、かつフランス政府(文化・通信省、経済省、フランス国立図書センター)が後援していることから実装などの現実味はかなり高い、とのことだった。

さらに詳しい解説は
・Idpfのepub lcpとは何か  http://www.slideshare.net/TohruSampei/idpfepub-lcp
を参照されたい。

 

■日本企業(出版社やEPUB制作関連会社)が留意すべき点

村田氏は2点をあげたが、詳しい内容は
EPUB 3.1 WG及びEPUB Summit出張報告 https://docs.google.com/document/d/10ShoYsb8TE7x_CEBhNmCMcXbRjDQvyuKSjN0KMqcGyg/edit#
を参照されたい。

 

・漢字の読み情報のrefinesによる表現

日本国内のEPUB出版物では、電書協のガイドラインに基づいて作られており、電子取次業者もこのガイドラインに則っていない電子書籍は原則受け付けないが、次のような記述がなされる。

<dc:title id="title">作品名1</dc:title>
<meta refines="#title" property="file-as">セイレツヨウサクヒンメイカナ01</meta>

このうち、漢字の読み情報のrefinesによる表現は変更する必要が将来出てくるかもしれない。

 

・パッケージ文書のversion属性

version=”3.0”をEPUB 3.0/3.0.1コンテンツは指定している。EPUB 3.1では、この値を”3.1”に置き換える可能性がある。つまり既存のEPUB 3.0/3.0.1コンテンツは変換しない限り、EPUB 3.1に適合しないことになる。

 

■IDPFとW3Cの統合

これについては、吉井氏の解説、村田氏の質疑応答時のコメント、それに事前配布の文書(:Idpfとw3 cの統合案ついて http://www.slideshare.net/eijyo/idpfw3-c
W3CとIDPFは統合したほうが良いか? http://www.jepa.or.jp/w3c-idpf/
)をベースに簡単スケッチを試みよう。

1.W3Cは以前から出版産業へのサポートに力を入れるべく、組織的な対応を強化してきていた。

・W3C Digital Publishing Activity https://www.w3.org/dpub/

・Digital Publishing Interest Group https://www.w3.org/2015/09/digpubig

・W3C Web Annotation Working Group https://www.w3.org/annotation/

2.それと並行して、「EPUB+Web」構想が膨らみはじめていた。
Portable Web Publiations(http://w3c.github.io/dpub-pwp/)

3.この構想を実現する電子書籍規格として「EPUB4」が計画された。

4.一方、IDPFは教育目的の機能をEPUBにもたせるべくEDUPUBの活動を始め、その活動を通じW3Cとの組織間連携の実績が積み重なってきていた。

5.この間、IDPFは規格策定作業における、規格書のドキュメンテーション能力、あるいはそのためのリソースについて自身に弱点があることを痛感。

6.ここに、EDUPUBを実装を前提にした活動にするためには、W3Cのリソースやドキュメンテーションのためのノウハウを活用するのがベストとの判断が働いた。

7.そのため、EDUPUBのここまでの議論の成果を「EPUB3.X」に反映することは一旦断念。組織統合の作業を優先することになった。

8.しかしこのことでEDUPUBの活動が具体化するか(電子書籍フォーマット、EPUBへ教育機能が付与されるか)について、一挙に不透明感がでてくることになった。

9.理由1:W3Cのドキュメンテーションのノウハウが優れているとは言え、それは、テストとレビューの厳密化を意味し、時間がかかる恨みが残る。しかし、日本に即して言えば、2020年にはデジタル教科書の導入が決まっている。間に合わない。すると、EDUPUBで将来規格化される内容と異なる、somethingで2020年のデジタル教科書導入を具体化せざるを得ない。

10.理由2:そもそも、EPUB4にEDUPUBの成果がすべて盛り込まれるかも判然としない。なぜなら「4」はあくまで、オンラインとオフラインをシームレスに、というビジョン(Portable Web Publications for the Open Web Platform)の下にあるから。EDUPUBの成果とビジョンと間には当然折り合わない部分もあるだろう。

11.しかも「4」には「3」と、完全な下位互換性を持たせない、という。

 

◎ということで、一方で、電子書籍が「オープンアクセス」と「本はWebの一級市民であるべき」といった理念を実現する方向へ舵を切った、という明るい展望と、他方、でもEDUPUBはこれからどうなるの、という不安感。両方の印象を残すセミナーとなった。

◎なお、「先送り後」の新仕様、EPUB3.1の日本語訳が公開されている。
・EPUB 3 仕様書および関連文書の日本語訳 http://imagedrive.github.io/spec/index.xhtml