EDUPUBの位置づけ

デジタル化

デジタル化は知の生成と流通に大きな変化をもたらしている。つまりデジタル化で空間軸から時間軸への、知識循環の再編成が生じている。

知識循環、知識の再生産プロセスは500年前の、活版印刷の西洋における普及を通じて確立された、リアル世界の<生産→流通→消費>の空間軸での組織化をベースにした仕組みから、ネット空間に登場したGoogleの検索窓、日々の検索行動が日常化したことを通じて一般化した、<蓄積→検索→再利用>の時間軸による組織化をベースにした仕組みへと転換しつつある。

500年前、活版印刷技術を前提に、知識はそれまでの口承、口伝を中心にした生成・流通から、紙という媒体・コンテナに依存する生成・流通への、構造転換を経験した。現在、あるいは20世紀まではといったほうがよいかもしれないが、知識は「生産(紙に記録・著述)→(コンテナである書籍の)流通(が知識の流通を支える)→消費(書籍を読み、必要な意思決定をする、あるいは次の知識の生産を行う)>の空間軸での組織化が主流だった。書籍の運搬を通じた、空間を行き来する流通なしには、知識の伝搬、再生産はなかった。

これがデジタル化技術により、記録・著述のデジタル・アーカイブ化、そのデジタル・データがネット世界へオープンになることにより、Googleが提供するサービスのもとでまずインデックス化され、Googleが構築するアルゴリズムによりユーザーの検索ニーズにフィットしたものの提示、という<蓄積→検索→再利用>の、時間軸による組織化が主流になろうとしている。空間の制約が取り払われようとしている。同時に紙で蓄積されていることより、デジタル・データで蓄積されていることが、再利用(意思決定に使われる、あるいは次の知の生成に使われる)に際して重要になってきている。

空間軸での知識のエコシステムと、時間軸での知識エコシステムはしばらく共存するだろう。しかしちょうどネアンデルタール人がクロマニョン人(現在の私たちに連なるヒト属の一種)が目にする風景からいつの間にかいなくなっていったように、活版印刷と紙、そしてその運搬をベースにした知識エコシステムは風化していくのかもしれない。

いやなにも数万年前のヒト属の種の交代劇まで持ち出さなくても、100年前、「明治20年問題」として析出されている、和本の消滅に象徴される構造的変化にいま、出版業界は直面している。

 

「明治20年問題」

活版印刷は機械でプレスして「刷」る。江戸時代の木版印刷はパレットで人が「摺る」、人力が基本。

大量印刷には機械プレスが向いていて、明治という時代、文明開化は大量印刷を要求していた。「摺る」和本は、20年かけて衰退していき、明治二十年は洋本(印刷本)の点数が和本(摺り本)の点数を上回る年となった。

同時に和本は、板木という目に見えるモノを支えに精緻に組み上げられた制度の上に花開いた。一方当時、活版は文字を印刷のたびにほどきなおした。だから「版」がモノとして残らない。それを和本文化は嫌がり、変化に追随しようとはしなかったので、出版業界では「人」が技術とともにそっくり入れ替わり、新時代へとシフトしたのだった。

とはいえ、同じ「紙」というコンテナを媒体に使いながらの「擦る」から「刷る」への転換と異なり、今回は全く異次元のコンテナである、「プログラム」「デジタル・データ」をコンテナとするエコシステムの構築。だから知の生成と流通のための技術としてはまだまだ解決すべき課題が多い。課題解決の主戦場が、デジタルドキュメントの「規格」ということになる。

 

EPUBとEDUPUB

EPUBはネット世界の知の生成と流通のための媒体・コンテナの制作仕様で、いまや世界的な標準規格といっていいだろう。

世界標準となったのには理由がある。EPUBはさまざまな「書き物」をネット世界、Webで使われるHTML(仕様・規格)を用いて、「構造化された文書」として表現する方法を選んだ点。つまりPDFなど、紙面のレイアウトを再現する方法はとらなかった。しかしそのことで「オープン性とロイヤルティーフリー」を実現することに成功し、同時に「多様な閲覧環境への適応」、そして「アクセシビリティ」へ道を拓くことになった。

EDUPUBはEPUBの仕様、標準規格をさらに、学習、研究のためにブラッシュアップするための活動を指す。Webの規格を管理するW3Cと、EPUBを管理するIDPFが、eラーニングの領域でノウハウを積み上げたIMS Global Learninとともに作業を続けている。

 


◆関連クリップ

●EDUPUB | 詩想舎|ちえのたね http://society-zero.com/chienotane/edupub

●デジタル時代における知識循環型社会の価値創造基盤 https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/56/8/56_491/_pdf

●明治二十年問題  和本が滅びた年 http://www.mmjp.or.jp/seishindo/essay/essay-wahon14.pdf

●EPUB標準化関連活動のアップトゥデイト
http://blog.cas-ub.com/?p=6159

●EPUB概説:電子出版物とWeb標準 https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/57/9/57_618/_pdf

●セミナー備忘録:電子教科書のドリルをどうする!? https://societyzero.wordpress.com/2014/07/28/00-40/

●セミナー備忘録:電子教科書のドリルをどうする!?(2)~「教育の再設計」とEDUPUB https://societyzero.wordpress.com/2014/08/04/00-48/

●「読書」を変える、EDUPUB・オープンアノテーション https://societyzero.wordpress.com/2014/09/04/00-82/

電子教科書の規格標準化の意義~【セミナー備忘録】EDUPUB TOKYO 2014 公開セミナー https://societyzero.wordpress.com/2014/09/20/00-90/

●電子教科書の規格とEDUPUBの現状 https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/57/11/57_791/_pdf
「電子教科書」の定義は話し手による振幅が大きい。(1)紙媒体の教科書を電子メディア化したもの、(2)(1)に参考書や辞書などを加えたもの(「教科書・教材」ともいう)、(3)(2)に外部の教材や問題,ノート,LMS(Learning Management System)上の情報を含めたもの、(4)(3)に学務情報管理,認証,学習履歴分析などの各種サービスを加えた電子教科書のサービス全体。